理系くんの実証実験

けしごム

理系くんの実証実験


ただす けいくんの実証実験




「今度の土曜日、もし良かったら僕が立てた仮説の実証実験の手伝いをしてもらえないかな?

どうしても助手が必要でね。

ああ、場所は物理室でやる予定なんだけど。」


ある金曜日、同じクラスの男の子になんとも奇妙なお誘いを受けた。

ちなみに言っておくと、今度の土曜日とはおそらく明日のことだと思う。

ずいぶんと急な話である。

しかし、目の前の男の子は特にそれを気にしてはなさそうで、私の目を銀縁眼鏡越しに真っ直ぐ見たまま静止している。

こんな、高校生にしては地味で楽しくなさそうなお誘いに乗るJKなんて存在するとでも思っているのだろうか?

・・・どうやら彼の様子からして、存在すると信じて疑っていないらしい。

彼のJKに対するイメージはいったいどうなっているんだか。



だが、なんということであろうか、そんなJKは存在するのだ。

・・・ここに。


「うん、いいよ。

何時に行けばいいかな?」


私の返事を聞くと、ふにゃりと男の子が笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私に、実証実験の助手とやらのお願いをしてきたこの変わったクラスメイトは、

ただす けいくん。

名前のとおり、ガッチガチの理系男子。

口を開いたかと思えば出てくる言葉は非常に論理的で私なんかには2割も理解できないものばかり。

よく似合った銀縁眼鏡をいつも鼻の上に乗せて喋る彼は、もはや大学教授のよう。

まあ、そのせいで彼には友達が少ないのだけれど。

嫌われてる訳じゃなくて、なんか話しかけづらいというか会話が成り立たないというかそんな感じだからみんな近寄ってこないだけ。


・・・だから、そんな状況は私にとってちょっぴり有利だったりする。

なんせ、私は彼に片想いをしているのだから。

とは言っても、彼は恋愛なんかにはきっと欠片も興味がないと思う。多分。

物理とか化学とか数学とかが恋人みたいな。

・・・いや、こういう人に限って意外と彼女がいたりするものなのかもしれないけど。


そういうわけだから、私が彼のお願いを即座にOKしたのは決して善意からではない。

彼とお近づきになりたいという下心からだ。

それから、きっと彼女がいないんだろうなと思ったから嬉しいのもある。

だって彼女がいたら、きっと彼女に頼むでしょ?

私は、私が知る限りは彼と1番仲が良い女子――いや、男子を含めても多分私が彼と1番仲が良い――だと思う。多分。そうだと願う。


彼を好きになったキッカケは、特にない。

ただ、私は人とはちょっと変わった人にすごく興味を持ってしまう性格だから、彼とはじめて話したとき、この人のことをもっと知りたいと思ったことがキッカケと言えばキッカケかもしれない。

残念ながら、初めて彼と交わした会話は覚えてないけれどずいぶんとヘンなことを彼は言っていた気がする。

それから、私はたまーに彼に話しかけるようにしていたら彼もすっごくたまーに私に話しかけてくれるようになって、だんだん仲が良くなった。

でも勘違いしないでほしい。

仲が良いと言っても、決して恋愛関係に発展できるような仲の良さではない。

ただ、ほとんど誰とも言葉を交わさない彼にとっては唯一、毎日少し会話をする相手が私であるというだけだ。


それでまあ、私は、彼の優しいところとかベラベラと難しい言葉で自分の好きなことを延々と語るところとか、普段はクールなのに笑顔が可愛いところとか、実は気遣いがすごくできる人であるところとかに―――会話を易しくしようとする気遣い以外―――惹かれてしまった。

前途多難の恋。

1年以上あとに控えた卒業式に告白でもしようかと思ったり思わなかったり。


でも、少しは前進した気がする。

彼に何かを誘われたことはこれが初めてだから。

私が彼を何かに誘ったことは1度もないんだけどね。

でも少し後悔した。

私は理系科目は全然できないから彼の足を引っ張る気しかしない・・・。

うわあああ、コイツ馬鹿だって思われるかも。

嫌われちゃうかも。

うわあああ、どうしようどうしよう。

ただすくんは、すごく頭が良い。

物理、化学、数学はいつも満点。

でも、この前は物理が95点だったらしく、何を間違えたのか聞いてみたら答えに単位をつけ忘れたらしい。

なんだかしょぼんとして落ち込んでいたからそんなのほとんど満点なんだから十分すごいよ、と言ったら、ミスも実力のうちだから。と言っていてなんだかさらに好きになった。

ただすくんは、こんなに頭が良いのに決しておごらない。鼻にかけない。天狗にならない。そんなところも好きだ、くそぅ。


顔はカッコイイとは言えないと思う。

でも私にはすごくカッコよく見える。銀縁眼鏡がよくにあう。

背はおそらく180センチはある。

勉強ばっかりしてるだろうになぜそんなに高いんだ。なぞだ。

ほっそりした体でスタイルもよくて長いすらりとした手足がイイ。

思わず触りたくなる。撫でたくなる。

・・・変態じゃないもん。


ちなみに私の名前は川瀬 今日子。

よろしくね。


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次の日、物理室に入ると誰もいなかった。

おかしいな、約束の時間なのに。

ただすくんは時間とかはきっちり守る人なのに。

寝坊したとか?


不思議に思いながら何気なく教卓の方に目をやると紙がおいてあった。

【申し訳ない。○○駅で待ってます。理】

え?なんだこりゃ。

いきなりの場所変更?

たしかに、私とただすくんは連絡先を交換してないから事前に私に連絡をするということができないのだろうけれど。

なんだか違和感を感じながらも私は素直に○○駅に向かった。

だってただすくんと初めて休日に会えるんだもん。



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「ごめん。ほんとごめん。

1523.3メートルも無駄に歩かせてごめん。」


○○駅に着くと、すでに理くんはいて、私に何度も謝ってきた。

・・・きっと、私が学校に寄るために無駄に歩いた距離が1523.3メートルだったんたと思う。

理くんは私服だったから、きっとここで待ち合わせするつもりで来たんだろう。

チェックのシャツに黒いズボン。あったかそうな黒いマフラーにグレーのロングコート。

・・・カッコイイ。


「いや、いいよ。」

不思議なことに、好きな人の失態というものはあっさり許せてしまうものである。


「あの、俺の服、変だったりしない?

正方形の一辺があと0.5ミリ狭い方が良かったりとかする?

あ、あと格子点が多すぎたりとか・・・」

なんだかソワソワしながら聞いてくる理くんにさらに違和感を感じる。

こんな理くん、はじめて見る。

理くんは、服装を気にするような人ではない。

それに、一人称はいつも、僕なのに。

俺、なんていう理くんははじめてだ。

・・・あとの変なせりふはいつも通りなんだけどね。

ちなみに正方形だの格子点だのは、チェックのシャツのこと。のはず。

「え、変じゃないよ。大丈夫だよ。」

戸惑いながらも一応、返事をしておく。

「そ、そっか。ありがとう。」

視線をうようよさせながら困ったように頭をかく理くん。

なんだか気まずい空気を感じて咄嗟に話題を変える。

なんだなんだ、何が起こってるんだ。


「あ、今日は私は何をすればいいの?」


「うーん、特になにも。」


「へ?仮説の実証実験するんじゃないの?」


「それはするんだけど・・・、川瀬さんはいるだけで、大丈夫だから。特になにもしなくていいよ。」


「そ、そっか。

えっと、じゃあ、あの、仮説ってなに?どんな仮説立てたの?」


「えっ?あ、えっと、それは言えないんだ。ごめん。」


「そ、そうなんだ。

じゃあ、実験はどんなことするの?いくつかやるの?」


「うーん、ごめん、実験の内容は秘密なんだ。1つではないかな。2以上の自然数個だ。」


「そ、そうなんだ。なんかすごそうだね。じや、じゃあ早速、最初の実験やるよね?」


「最初の実験はもう終わったんだ。

ふたつめも3つ目も。」


「えっ?はやっ、」


「ま、まあ。大したことじゃないから。

あのー、これから水族館に行きたいんだけどいい?」


「水族館?う、うん。いいよ。」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



先程からも思っていたが、今日の理くんはおかしい。おかしすぎる。理くんじゃない。

水族館でクマノミをぼんやり見ながら隣の理くんのことを考える。

理くんもどこか上の空で、実験というものをしているそぶりがない。

実験の内容は教えてくれないし。

なんだろう?そんなに重大な仮説をたててしまったのか?




ほとんど理くんと会話をしないまま、気づいたら水族館を出ていた。

会話のときも、理くんの言ってたことはイマイチ理解できなかった。


「実験、できた?」


「うん。一応。」

なにもしていなかったかのように見えて、実は実証実験とやらをしていたらしい。


「どうだった?」


「失敗、かな。」


「そっか。今度は成功するといいね。」


残念そうに少し笑っている理くんを見て、なんだか罪悪感がわいてきた。

私じゃなくて他の人を連れてきていたら実験とやらは成功していたんじゃないかって。

まあ、私はなにもしていないからなんとも言えないんだけれど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



次に連れてこられたのは原宿だった。


え、なぜ?

理くんにはまったく縁がなさそうなところなのに。

実験とやらは、いったいなんなんだろう。

にしても人がものすごく多い。

主に若い女の子たちだけど。

まわりの景色が見えないくらいに人がたくさんいる。

もはや満員電車くらいぎゅうぎゅうしてて、理くんが背が高くなかったらとっくに見失ってたと思う。

ときどきチラチラ私の方を確認しながら歩いてくれる理くん。

もっと好きになっちゃうじゃないか、このやろう。

あー、にしても、人混みすごい。暑い。冬とは思えない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



原宿でも実験とやらはしていたみたいで、失敗だったらしい。

実験の内容はいまだに教えてくれない。


「川瀬さん、今日は何時まで大丈夫?」


昼食をとりながらぽつぽつと理くんと会話する。

理くんは男の子らしくハンバーグセット。こういうところは普通の男の子だなあ、なんて思ってなぜか思わずにやけそうになる。いけないいけない。

私はパスタセット。

え?女の子らしい?ありがとーう。

はー、理くんと向かい合って、それも私服の理くんとふたりでレストランで休日に昼食をとっているなんて夢みたいだ。

おかげで食事を味わう余裕がない。

多分美味しい気がする。


「えっと、17時くらいまで、かな。明るいうちに帰りたいし。」

いいえ、本当は何時でも大丈夫なんですけどね。

実験が失敗しているのが私のせいなんじゃないかと思って、早めに切り上げたいと思っているだけ。

私のせいで実験が失敗しまくって嫌われでもしたら大変だ。最悪だ。


「そっか。わかった。じゃあそれくらいの時間には解散しよう。」



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次に連れてこられたのは、遊園地に設置されている屋外の冬限定のスケートリンク。

え?って感じだよね。

というか私、滑れない。スケートリンクのまわりの壁みたいなのに触りながらじゃないと無理。

1年間で1番嫌いな行事が体育祭であるくらいには私は運動音痴だ。

氷の上は摩擦とか地上に比べてかなり少ないから本格的な実験とやらをするのかな、なんて思っていたけれどそうではないらしい。

荷物は全部ロッカーにいれて、手ぶらで理くんは私の隣を滑っている。悠々と。

なんだコイツ、運動神経よかったのか。


「手、離してみたら?」


「む、むりむりむり!転ぶ!けがする!むり!」


「大丈夫だって。怖がってるからだよ。心的要因は体に影響を及ぼすんだよ。」


「む、むりだってば!」


「ほら、こうすれば、」


そういって、空いている方の私の手を握って引っ張ってきた。

え、理くん、こんな人だったっけ。

女の人に気軽に触っちゃうような。



「むむりむりむり」


慌てて私は理くんの手を振り切る。


「ごめん。」


あんまり申し訳なさそうに言うから、なんだかいたたまれなくなった。

私こそ、ごめん。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


なんだか今日はとってもレアな日だ。

水族館にいる理くんを見るだけでもレアなのに、原宿にいる理くんとか激レアだ。

スケートしてる理くんなんてもう一生見れないんじゃない?

すごく貴重な日だ。

・・・そんなレア理くんを盗撮したい衝動を抑えるので必死だった。ふう。


何が1番レアだったかなあ。

やっぱりスケート?

スケートか原宿なんだけど。

まあでも、トリプルアクセルでも跳ぼうならスケートがレア度ぶっちぎりの一位だけどただ滑ってただけだから原宿と同率一位かな。




スケートリンクからの帰り、人通りの少ない路地裏で理くんがはたと立ち止まった。


空はもう、赤く染まっていた。


スケートリンクでも、私には理くんはただ滑っていただけにみえたけれど、(私の予想では静止摩擦係数やら動摩擦係数やらを調べだすのかと思っていたけれど)、実験とやらはしていたらしく失敗だったと言う。

私が滑れなかったせいだったらどうしよう。

どうしよう、本当に。


「実験はもう終わりなんだ。ありがとう。

それから、ごめん。

お詫びに、なにか川瀬さん、ほしいものとかない?僕、女性の好みとかよくわからないから何をあげればいいのかわからなくて。ただでさえ、僕の好みはなんか人と比べてちょっと変わってるみたいだし。

ほら、素数定規とかビーカーとかいらないでしょ?

だから、なにか川瀬さんに今、買って渡せたらいいなって思うんだけど。」


お詫びにプレゼント買ってあげるよ、っていう意味ですかね?

それは申し訳なさすぎます。

だって、水族館の入館料とかスケートリンクの入場料とか全部、理くんが払ってくれちゃったんだもん。

いや、私だって、自分で払うって理くんを説得させようとしたけど。

理くんは頑として聞いてくれなかった。

振り回しちゃってるからって言って。


「いいよいいよ、今日は理くんにたくさんお金使わせちゃったし。

私が理くんに何かプレゼントしたいくらいだよ。」


「でも。」


「それよりさ、仮説は実証できたの?」


「ああ、・・・。

仮説は、ダメだったみたい。」


「それってさ、私のせいだったりする?

あの、その、私が無能すぎて力になれなかったから失敗しちゃったとか、そういう感じだったりする?」


「え?・・・違う、川瀬さんのせいじゃない。

・・・・というより、川瀬さんじゃないといけなかったんだ。

それに失敗の理由は僕にあるから。

もう少し時間が経ってからもう一度やってみることにする。

まあ、どれだけ時間が経っても失敗するリスクは高いんだけどね。

でも、仮説が実証されれば、僕はすごく幸せだし前に勇気をもって進めるから。頑張ろうと思うよ。」


いつもの、物理とか化学について目を輝かせながら語る理くんと違って、しょぼんとした元気のない理くん。

というか、私じゃないとダメ、ってどういうこと?私、なんにもしてないけど。

私以外に友達という友達が理くんにはいないから、頼める人がほかにいないってことかな。

仮説が実証されれば理くんが幸せになれるって、どういうことだろう?

むむむ?さらにわけがわからない。



「そうなん、だ。

次は成功できるといいね。

でも、本当に、あの、なにか買ってくれたりとかしなくていいからね。」


「いや、それは買わせて?お願い。」


「でも。」


真っ直ぐに私を見つめる理くんには、何を言ってもダメそうだった。


「じゃあ、理くんにひとつ、お願いしてもいい?その、プレゼントの代わりに。」


「いいよ。なんなりとどうぞ。」


「あの、ね。」


「うん。」


「私、わたし、


理くんが好きなの。

で、でも!

その、理くんが私のことなんとも思ってないなんてわかってるから、あの、付き合ってほしいとは言わないから、だから、えっと、その、それだけ、です。ハイ。

いや、あと、あの、これだけじゃなくて、えっと、こんなこと言っちゃったけど、これからも仲良くしてください、ハイ。

これがお願い、です、、。」



言い切ってから一気に顔が熱くなるのを感じた。

うわ、恥ずかしい。

恥ずかしすぎる。

大丈夫かな、さすがにこんなお願いは聞いてくれないかな。 

私の気持ちだけでも知っておいてほしくて、自分の胸に秘めておくだけではもう足りないくらい気持ちが大きくなってて、こんなお願いをしちゃったわけだけど。

こうすれば、告白したあとの気まずい雰囲気とかは回避できてこれからも仲良くできるんじゃないかなと思ったわけだけど。


しばらくして理くんが口を開いた。

「ねえそれ、ほんと、なの?」


それ、というのがどれを指すのかわからなかったけど、多分、私が理くんを好きだという部分だと私は勝手に解釈した。


「うん、ほんとの本気、です。」


日本語がめちゃくちゃだ、なんて思っていたら私は大きな温もりに包まれた。

ショートした脳みそでなんとかその意味を私が理解した頃に、耳元でぼそっと声がした。




「仮説は、実証された。」



              (おしまい)

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