第6話
集落には、一週間滞在した。
数えていないがこの『小さい者』の集落の人口は100人にもみたないだろう。おそらく全員と顔見知りになれたはずだ。
ルドが言うには「集落は基本的に単一の人種で形成されている」らしい。
彼らは人間と比べると少し寿命が長く、成長する速度は少し遅い。赤ん坊の大きさは人間と同じで、ゆっくりと成長し二十代後半で成長が止まり三十歳で成人とされる。「この集落とは違う小さい者達の街があるんだけど、そこだと成人として認められるのは確か三十三歳だった」同じ人種でも、住む場所で微妙に文化が違うそうだ。
彼等とは上手くやっていけた。
会えば挨拶を交わし、ちょっとした手伝いもした。薪割りや狩猟の手伝い、刈り取った大麦を発芽させて麦芽を作るなんて仕事も手伝わせてもらった。
そして夜は一緒に煙草を燻らせながら酒を酌み交わす。少しでも多くの事に触れておきたかった。
部屋で一人になると、鏡に映る記憶喪失の男の姿を見ながら――お前は誰だ? と問い掛けそうになった。
滞在している間、住人以外の者を見ることは無かった。
ここを訪れる者は滅多にいない。「ここに寄る者は大抵、物好きな変わり者だ」酒を飲みながら朗らかに彼等は言う。
遥か昔、この集落はもっと大きな町だったそうだ。だがある日、森の一部が灰になり死者の汀と呼ばれるようになると皆、町を捨て遠くへと旅立ってしまったそうだ。
「残った者達は何故一緒に行かなかったんだ?」最初に出迎えてくれた男に尋ねた。
「旅についていけない者、一緒に残った者。色んな理由があったらしい。ここは旅立てなかった者達の場所だった。そんな場所だが、私はここで生まれて良かったと思う」
「旨い酒と煙草があるしな」
「あぁその通りだ。それにな、たまにだが同胞が訪ねてくるんだ」
「……それは出て行った者達の?」
「そうだ。彼らに初めましてと言った後、お帰りなさいと言うのがいいんだ」
「そうか。それは悪くないな」
出て行った者達はもういない。それでも様々な理由でここへ帰って来る者達がいるのだろう。自分達のルーツへと。
滞在している間、彼等と交流していただけではない。
必要な物質の調達、そしてこの世界についてルドとエッダから様々な事を教わった。ちなみにアヴァリスはあの夜以降、また寡黙な男へと戻っている。
全ての話が新鮮でいて重要だった。幻想的でかつ死活問題でもある話を聞くのは、奇妙な心地だった。
想像してほしい。友人とサンタクロースやフィクションの話をしているにも拘わらず、聞き逃したら現実に死ぬかもしれない。絶妙な緊張感だ。
その中でも特に魅力的だったのは、ルドから教わる魔法の話だろうか。
想像していたより自由でいて、扱いが難しいようだ。
「魔力を感じる事はできるのか?」
「普通は練習しないとできない。魔力というか魔法を教えるのは、呼吸を教える様なものなんだ」
「呼吸?」
「呼吸の仕組みは教えられても、肺の動かし方や感覚なんてものは伝えられない」
感覚的なところが多く、センスが重要らしい。だから出来る奴は直ぐ出来るし出来ない奴は一生できない。
魔法の癖に神の加護とか、できる奴が特別な存在という訳でもなく、センスのあるなしというのが面白かった。
「心臓と血液に例える人もいるかな……まぁできなくてもいいし気楽にいこう」
そしてこの楽しかった魔法の話とは違う、より重要でそれでいて最低な話がこの集落での最後の夜にあった。
「次は人間の街に向かうみたい」ルドとアヴァリスが決めた次の目的地を昼間、エッダが一足先に教えてくれた。
だがその言葉がいまいち理解できず、数秒の間を置いてから聞き返した。
「人間の街? この集落の人は人間じゃないのか?」
「彼等は人だけど人間じゃないわ」その一言は余計混乱させたが、エッダに色々と質問してやっと理解できた。
話を纏めると、この世界では俺の元の世界と同じ人種は人間と呼ばれ、それ以外の人種は人と呼ばれている。
たったそれだけの事だったが、この人種の話題というのは今の俺が抱える問題と関わってしまう。
「それなら……俺は一体何になるんだ?」
「どういう事?」
この世界で目覚めてから、記憶喪失だけでは片付かない事があった。自分の身体を見ても他人の様に感じてしまう。身体能力も不自然に高い。
「それにこんな顔じゃないはずだ。耳は長くない、髪の色だって銀じゃない、黒かったはずなんだ」
水面に映った影、鏡に映る顔は明らかに自分の顔ではなかった。記憶は無くても知識が、魂が自分を受け入れなかった。
「俺の世界でこんな人種はいないはずだ」
「ごめんなさい。私じゃ力になれないわ……貴方さえよければ、ルドに聞いてみましょう」
エッダとの会話の後、リビングで夕食を摂りながら次の目的地の話をルドから聞いた。聞いたつもりではいるが、頭にしっかりと入ってくれただろうか。
そして夕食の後、全員揃っている間にルドへエッダにしたのと同じ質問をした。
「まず、住んでいた世界が違うんだ。知らない人種が来る事もあるし、この世界の人種に似ていてもそれだけで同じ人種とは言えない」
見た目が似ていても、世界が違うなら流れる血は違うだろう。
この話はエッダからも聞いていた。
「ただ、今の話を踏まえて聞いてほしい。テラの姿は僕の同胞の様に見える。……見えるどころか、同胞の可能性すらあるんじゃないかと思っている」
「何を……言っているんだ?」
「この数日、君を見ていて思った。君は、君の身体は目覚めたばかりのこの世界で順応し過ぎているんだ」
住んでいた世界が違う。世界が違うのだから、世界を構成しているものも違う。だから程度の差はあれ、違う世界から来た者は体調を崩す。中には順応できず死んでしまう者もいる。
今まで確認されているナガレが世界に順応するまでの期間は、どれだけ早くても二ヶ月は掛かっているらしい。
その話は足元を、支えを崩す様な威力を持っていた。
「待ってくれ!俺はこことは違う世界から来た!嘘じゃない!」
「不安にさせてごめん。勿論、君を疑っている訳ではないんだ。だから、良かったら話を最後まで聞いてほしいと思う」
「……すまない。話を続けてくれ」一言謝り、促した話の続きはしかし、先の話よりも大きな破壊力を持って襲いかかってきた。
「気にするな。なぁテラ、君は記憶がないだろ? その記憶を無くしたのは一体、いつなんだ? そして君はどの記憶を無くしたのかわかるか?」
何を言っているのかわからなかった。
衝撃にただ言葉が出なかった。だがゆっくりとルドの言葉を飲み込み、考えても答えは出なかった。
「わからない」
「テラ、君が何者なのかは正直僕にはわからない。だから君がもし自分の世界へ帰る方法を見つけても、帰る前に記憶を取り戻した方が僕はいいと思う。考えてみてくれ」
この話はここで終わった。
この後、それぞれの部屋へと向かった。
ルドがリビングを出るとアヴァリスが後を追い、残ったエッダと暫く会話をした後、一緒にリビングを出た。
部屋へ帰ると、暗い中でも存在を主張している鏡がどうしても目に入った。
ふと、鏡が写すものは真実だけなのだろうか等と考える。
「お前は誰だ?」遂に口に出して問い掛けてみると
―お前こそ誰だ?―
そう責められた気がした。
そして眠れないまま夜が明け、集落を後にした。
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