第344話 ……ないの?

 故郷を離れてみて気付くことってたくさんあるわけですよ。


 標準語だと思ってた言葉が通じないとか、

 全国でどこにでもあると思っていたコンビニがないとか、

 こんなんどこでも売ってるべ、って思ってたものが売ってないとか。


 確かにね、『なまらとても』はさすがにわかってました。方言だって。そんなトリッキーな標準語はないだろうってね。


 でもさ、『たごまる』は標準語じゃん? って思ってたっていうか。これが方言なら、じゃあ『長袖のインナーの上からちょっとぴったり目のカットソーを着た時にインナーの袖部分が二の腕辺りでクシャってなってる状態』をどう言い表せば良いのよ。『たごまる』でしょうよ! 「わい、シャツたごまってるじゃ」でしょうよ! じゃあ、真夏のお風呂上りにキャミソールを着ようとしたけど背中の上辺りでくるくるくるーってなっちゃって引っ張ろうにも汗でなかなかうまくいかなくて、身体も固くて届かねぇしで「ちょ、ちょっと、キャミたごまってるの直してけれじゃ」って、何て言い換えれば良いのよ。ああ、丸まってるから直して、で良いのか。それは良いのか。


 いや、それは良いんですけど。


 地元で当たり前に食べてたものが当たり前すぎて別にレア食材だと思ってないっていうのは、その土地あるあるだと思うんですけど、例えば、お店だと高級品扱いだけど、地元では普通に食べます、とかならまだわかるんですよ。カニがどーんと出てくるとか、いくらとか実家だと使い回しのコーヒー用ミルクの瓶にたっぷり入ってて、惜しげもなくどんぶり飯にじゃばじゃばかけてたりとかね。そういうのはある程度大きくなってから「どうやらいくらは高いらしい」ってわかるんですよ。「嘘だろ、あいつら鮭の卵だぞ? ただの」ってこっちとしては思うわけですけど、実家を離れるとまぁ納得。ただの卵じゃねぇわ、あいつら。


 だけど、まさかこいつが? って食材も実はレア食材だったんですよ。ただそれが高級品扱いかというと謎なんです。知られざる――っていうか、ほとんどの人は知らないんじゃないかな。トリュフとかツバメの巣とかそういうのは『食べたことない/お目にかかったことない=高級食材』の図式が成り立つけど、『食べたこともないし見たこともない、何なら聞いたこともない』食材となりますと、それは最早地元以外の人間にとっては『存在しない食材』だったりするわけで。


 みみのり、っていう海藻なんです。

 正式には銀杏草っていうのかな。仏の耳とも呼ばれるらしいです。ウチではみみのりと言ってました。

 色は赤茶色みたいな感じで、形はわかめに近いかな。ウチではお味噌汁に入れるんですけど、火が通るととろりとするところと、ちょっとコリっとするところがあって、もうめちゃくちゃ美味しいんですよ。海藻系が大好きなもので、いまでもたまに食べたくなるんですけど、売ってなくてですね。ああ、不漁なのかな、なんてずーっと思ってたんですが、調べてみると『北海道の日本海側でしかとれない』って……。


 ないの?!

 こっちも一応日本海側なんですけど、駄目? 東北じゃ駄目なの?! 大して離れてないじゃん! 頑張って、みみのり! 東北にも来て!!!


 だから、実家に帰ると必ずリクエストしますわ。

 そんな焼き肉食べに行くとかマジで良いから。肉なんて内地でも食えるから。

 みみのりを食わせろ、みみのりを。そんで後で冷凍のやつ送ってください。

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