第273話昔話に花が咲く
この吟遊詩人、名前をシャライというそうだ。町をでてシャライとした事は確認だ。俺の情報をどの程度把握しているか、これが何より重要だ。
機密事項が多すぎる、出来るだけ知らない事を祈ったが、無駄だったようだ。武器に始まり俺の特殊魔術。転移符、念話符。賽の神との話。当然楽園についてもだ。
ばれている物を出し惜しんでも仕方ない。辺境伯領の端の砦まで転移符で移動する。
シャライは実際に転移を体感して酷く動揺している。まぁそうだわな、元の世界にだってこればかりは魔術師を除いて無理だ。
「この魔術は教わる事は出来ないのでしょうか?」
「俺は教わる立場で教える事は無い、それにこれはルイの魔術だ。俺が勝手に教えるのは道理に反する」
「そうですよね」
あからさまに落ち込む。
「だが、可能性はゼロではないさ。俺に歌を教えて欲しい。吟遊詩人の歌とはまた違うだろうが発声の基礎等をお願いしたい、代わりに駄目元でルイに教えて欲しいと言っていた程度の事を伝える」
歌、それはアリアの名前の元にもなった。彼は歌いながら戦う事がある。時に指揮者の様に自分の人形を動かし、時に相手の魔術にウイルスの様に入り込み雲散させ、時には大禁呪を成す為の鍵であったり。
正直難易度が本当に高い。だが、使えるなら強力なアドバンテージに変わりない。
「聞いてもらえるだけありがたいです。歌でよければ教えますよ、これでも音大生でしたから」
それは心強い。それから旅路で色々話した。殆んどが前の世界での事だ、残酷なくらい楽しかった。最早戻りようの無い現実を忘れてしまいそうになるくらいには。俺も彼女もやはり故郷への思い入れはある。しかし、この世界でその素振りを見せるリスクは大きい。
まして雑談で思い出話等持っての他だ。ここに来て早数年、初めてだ。彼女に関しては230年振りだそうだ。何歳か聞こうとしてやめた。口は災いのなんとやらだ。
彼女は転生したそうで、所謂赤子から始めるタイプだ。俺のように青年の姿で放り出された訳ではない。それはそれでの苦労は多かったらしく怒涛の如く話してくる。
俺自身彼女に気を許しかけた。同郷の人間でまとも、そして何より。共通の話題に餓えていた。俺はここに来てからの事を話そうとして踏みとどまった。そして己を叱咤した。
何を流されている。心が覚めていくのが分かる。だが、それで良い。俺は優先順位を間違う訳には行かないのだ。
それでも彼女を本当の意味で見極め、信頼の下、話せる日が来る事を願ってしまう。全くを持って度し難い、女々しいにも程がある。
「どうしたんですか? 難しい顔をして」俺の顔を覗き込みながら彼女は問う。
「課題曲の難易度に思わず考え込んでしまいました」
「私声楽専攻だったんです。おまかせ下さい、曲名はなんでしょうか?」
「魔笛です」
「は?」
至極当然の反応だ。
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