「異形の神」

院長が何かを口にした途端、

スミ子は自分のうなじの毛が逆立つのを感じた。


同時に部屋の中に風が吹き荒れ、

部屋の広さが何十倍にもなるのを感じる。


埃っぽく、乾いた風。

それは大量の砂塵を含んでいた。


暴風とともに舞う砂けむり。


向かいに座る院長はおろか、

隣に座っているはずのユウキや曽根崎の姿も搔き消える。


耳に聞こえるのは凄まじい風の音だけ。


服ははためき、上下の感覚さえあやふやになりかけ、

自分が立っているのか座っているのかさえわからなくなる。


…どうしよう。どうしたらいい。

スミ子がそう焦った時だ。


ジャラン


何か金属製のものが

大量にこすれあうような音が辺りに響いた。


ジャラン


再び金属の鳴る音。

かすかな震動が伝わって来る。


周囲で吹き荒れる風の音の中で、

なぜかその音だけがはっきりと聞こえる。


その時、スミ子は気づく。


…これは、自分の頭の中で鳴っているのではないのか?

耳ではなく、直接音が頭の中に響いているのではないのか?


ジャラン


再び音が近づく。

それも、前よりもより明瞭に。


スミ子は確信する。

何かが音を響かせながらこちらへと来ている。


ジャラン


砂塵の中で、

巨大な影が見えた。


遠くに見えるそれは、

スミ子の背などはるかに追い越すような影。


巨人のような影。


無数の細やかな光を反射させ、

巨大な何かがこちらへと向かってくる。


ジャラン


その時、スミ子は自分が震えていることに気がついた。

寒くはない。むしろ、暑いくらいの場所なのに。

だが、歯の根は合わず全身がカタカタと震える。


なぜ震えるのか。

なぜ、自分は目の前のものに怯えているのか。


ジャラン


スミ子は目の前の存在に

言い知れぬ恐怖を覚えているのだとようやく気がついた。


ジャラン


…とにかく、とにかく今すぐここから離れないと。


だが、体が動かない。

その場に貼り付けられたかのように動かない。


ジャラン


音は、ますます近づく。

砂塵の向こうの影は圧力と存在感を増していく。


ジャラン


圧迫される感覚に押しつぶされそうになりながら、

スミ子は必死に重い体を動かそうとする。


ジャラン


その時、何とか自分の腕…

赤い毛糸のミサンガのはめられた腕が動くのを感じた。


『腕ノ紐ハ大事ニシテネ。

 ソレガアル限リ、君ノ安全ハ保障サレルンダカラ…』


それは、マザー・ヴンダーの言葉だったか…


スミ子はとっさに大きく手を動かし、

空中を掻いた。


そうだ、この場所は

もともと空間の異変があった場所。


院長が引き込んだこの場所も空間であるならば、

スミ子が動けば何か変化が起こるに違い無い。


…運が良ければ、

別の場所につながるかもしれない。


そして、スミ子の読みはある意味で当たった。


砂塵の中、スミ子が手をかざすと、

薄い膜をはがすように何かが剥がれる感触がした。


スミ子はその先を見るために顔を上げ

…息を、飲む。


巨大な目玉。


それにスミ子は見覚えがあった。

空間委員会で見た巨大な目。


周りにぬめる羽毛のようなものが

びっしりと生えていた毒々しいまでの赤い瞳。


空間に穴を開ける『鳥』


それが、スミ子を凝視したと感じた瞬間、

ぎょろりと巨大な目玉が動き…


次の瞬間、砂塵の吹き荒れる空から、

金属製のプレートが大量に降り注いできた。

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