第10ごみ拾い2

 佐々木に触れたら関係的に社会的にも終わる為、森林浴でもするように、目一杯深呼吸をする。――確実に僕の寿命は後五年は延びた。

「あ、閃いた!」佐々木は伏せていた顔をガバッと上げて僕から離れると、「ついてきて! 田中君」と言いキラキラ、スタスタと歩き出してしまう。

 名残おしくも返事をすると眩い佐々木の後を追いかけた。


 数十秒立たぬうちに、手招きして止まっていた佐々木に追い付く。僕が到着すると指先と目線で佐々木は向かい側の道路を指差した。なんだと思い目線を向けると、ポイ捨てされた中途半端に潰れた赤い空き缶が目に入る。

「ほんとに、よく捨てられてますよね、ここ」

 うんざりした顔で佐々木に視線を戻したら、静かにしろと言わんばかりに彼女は、自分の右手人差し指を一本突き立てて、それを尖らせた口に添えながら僕を見つめていた。つまり、かの有名な静かにして欲しい時にする「シー」のポーズだ。


 野鳥観察でもしているのかと思い、周りを見たが、ハスキーな鳴き声のカラスが一羽いるだけだった。

よくわからないが、尋ねない方が無難な気がして、そのまま佐々木に聞かず、視線を空き缶に再び戻した。

 そんなこんなで、佐々木に倣って謎の美術鑑賞を開始しする。


 外観は毒々しい程にベリーな赤黒い色をしている。製造された時や、商品として自販機などに並べられていた際は、その外見から多くの砂漠のように渇ききった人間達を虜にしていたに違いない。だが、潰れて打ち捨てられた今はもう、生前のような面影は確認できない。目視計測の結果、横たわる中途半端に潰された空き缶は約8cmというのが分かる。

「8cmか……」僕はたまらず呟いていた。

生きていれば彼、いや彼女は11cm少々とまともで綺麗な姿をしていたに違いない。それがたった一人の人間によって無残な姿に変えられてしまったなんて…………うん。もう、やめよう。頭がおかしくなりそうだ。


 動かない事により、寒さと頭痛を感じ始めた僕は、体感時間10分程に達した時、佐々木に一体全体何をやっているのか尋ねようとしたが、それよりも早く、彼女が口を開けた。

「さて、問題です。しばらく観察していた中で、空き缶ゴミの前を通り過ぎた通行人の数は何人だったでしょうか?」

 急に始まった佐々木真由香MCによるクイズ番組に戸惑いつつ問いを答える。「僕が、確認した中だったら、7人だったと思いますけど……」

「ブッブー不正解です。正解は7人プラス一匹のクロオオアリでした」

「え、アリ?」

「ピンと来てないようだから説明するね。クロオオアリとは、黒く大きな体をしていて主に乾燥地帯を好む、現存する中では国内最大を誇る――」

「アリの説明を求めていた訳ではないです! なんですかその引っ掛け問題! そもそも、佐々木さん。目が良すぎではないですか!? 今日の朝、ブルーベリーアイを死ぬほど食べてきたでしょ!」

「……え?」


「いや、あの聞き返すのやめてもらっていいですか、恥ずかしくなるんで」

「大丈夫だよ。私は嫌いじゃないよ。ブルーベリーアイ……」佐々木から優しい瞳で見つめられ、恥ずかしさでいたたまれなくなる。


「さて、ここからが本題です。目の前を通り過ぎて行った道行く人達はゴミに気づかず通り過ぎた人もいましたが、気付いて目線を向ける人もいました。――気付いてもゴミを拾わない人を見て田中君は何を感じましたか?」

「急に真面目で道徳的な問題に変わりましたね」考えるそぶりをする為一旦、腕を組んで首を捻る。正直な所通り過ぎていった人には何も感じる事はなかった。ポイ捨てされたゴミはその人達が捨てた訳ではなく、別の人が捨てたのだから、気付いたらなら拾えよと、責任を押し付けるのは間違ってる気がする。


 ただ……。佐々木を見ると神妙な顔付きで僕に目を向けていた。ここで、別に何も感じませんでしたとか、抜かしたら幻滅されるのではないか? なら、駄目だと思いますと優等生の答えを口にするか? しかし、それだとあまりに味がない気がしてならない。そんな答えを今の神妙な顔付きの佐々木が求めているは思えない。

 考えながら唸っていたら、なかなか、答えを出さない僕に業を煮やしたのか、佐々木が口を開けた。

「聞き方が悪かったわね、ごめんなさい。質問を変えるわ。田中君はあのゴミを見て何を感じる?」

「え、僕がですか?」

「ええ、考えてみれば他人をどうのこうのと論じるのはボランティアの説明をする上で間違っていたわ」


 先程の質問とは違い腕を組みながら迷いなく答える。「誰だか知らないですが、捨てた奴はけしからん!」

「ステキな感情表現ありがとう」萌え袖で音の立たない拍手をすると、佐々木は続いて言った。「それじゃあ、けしからんと思った田中君はゴミをどうするのかな?」

「拾って捨てます」

「田中君、それがボランティアよ」

 教卓に立ち授業を進行する教師のように、真面目な顔で講義を終えた佐々木に、僕は当たり前のことを告げた。

「えっとごめんなさい。全く分からないです」


「ストレートな感情表現ありがとう。その場の雰囲気と勢いで乗り切れる程、田中君の頭が悪くなかったと知れただけでも、収穫があった講義だと思うことにするわ」

「ひど――」佐々木が伸ばした掌で口を押さえられた事により、僕の発言が揉み消される。残念ながら手袋をしていた為、佐々木の柔らかいであろう、掌は感じることができない。

「やらされているという感覚ではなく、やろう。やりたい。やらなければ。と思う衝動的で抑えることができない、内なる感覚がボランティアの核になる部分なの。田中君が先程、落ちてるゴミは文句がありながら、拾おうと思ったと言ったわよね。――この発言に部活だから仕方なくなどの外部的な思いが含まれてなく、ただ純粋に自分自身がゴミを拾いたいから拾うと言ったのなら、それがボランティアってことなの」

 まるで質の悪いごわごわした羊の毛から口を離すと、顔をしかめながら、首を捻る。


 佐々木は僕の動きにミラーリングするかのように同じく首を捻ると、微笑みながら顔をしかめて言った。

「田中君。ボランティアでは内なる衝動が一番大事なことだけれど、それだけだと綻びが出てきてしまうの。それは、何かと言うと善意の押し売りや過干渉、行き過ぎたありがた迷惑な行為。自分が良かれと思っていても、相手にとってはよくない行為――これはどこまで行っても切り離すことができない難しい問題なんだけれど、これを減らすことができる魔法の行いがあるの。それは何かと言うと、時たま相手の気持ちに立って物事を捉えて考えること。言うは易く行うは難しで中々、実行するのは難しいと思うけれど、意識するだけでだいぶ変わるようになるわ。——田中君もボランティア部の一員として、この行いを頭に入れておいて欲しいと、私は思ってます。だから、田中君が今から言おうしている台詞は練習だと思って意識して慎重に発言して欲しいな?」

 笑顔を保ったまま、マシンガントークで佐々木が喋り終わると、僕に主導権を譲り渡すように、右手を差し出した。


「大変わかりやすい説明をありがとうございました」ほぼ脅しに近い要求をされて、まるで、幼稚園児のようにお礼を大袈裟に噛み締めながら言うと、僕は頭を下げた。

「あら、ありがとう田中君。私も大変優秀な子が入部してきて嬉しいわ」

 お互いに妙な口調で喋り終えると、佐々木がスマホを確認しながら時間を読み上げる。

 どうやら、いつの間にやら集合時間に近づいて来ていたようだ。どちらからともなく歩き出すと、二人して駅へと向かう。


 駅にはボランティア部の部員が何人か集まっており、その数は少人数であったが、皆学校指定のジャージに着替えていた為、よく目立ち、小さな子集団と化していた。

挨拶を交え、その輪に加わると、妙な興奮を覚えると同時に連帯感を感じる。これが各々の服装だったらこうはならなかったかもしれない。「一体感を高めると共に、地域に我が学校のアピールが大々的にできる」ボランティア部の部長がそう高々と宣言したことにより、今日のゴミ拾い運動参加部員達の服装は、学校指定ジャージになっていた。(寒いので上着は可とする)


 でも、もしも私服で今日の活動をするんだったら、佐々木の私服はさぞ可愛かったに違いない。部員と親しげに話す佐々木を目で追いながら、思わず、本音が漏れた。

服装についは始め、私服でやりたいとちらほら部活内で意見が上がっていた。私服を着た上で何か、富谷富山東南高校の活動だとわかる腕章や帽子などを被ればいいなど、わりかしまともな意見が上がりそのまま決定になるかと思われたが、それは願わず、学校指定ジャージ着用での活動になった……。

 少しづつでいい。佐々木の私服を拝めるように少しづつでいいから、距離を縮めていこう。

僕は自身の胸にしっかりと思いを刻みながら、その日ボランティア活動に勤しんだ。

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