06 俺が言ってやろう

「どうしてゼレット様といるとこうして話題がずれるんですか!」

「それは、俺のせいか?」

「間違いありませんね」

 エイルがぴしゃりと言うとゼレットは仕方なさそうに口をつぐんだ。

「シーヴはクラーナ……その先輩と一緒です。だから、シーヴを探せばいいと思った。なのに、見つからない」

「探す。魔術の手妻だな」

 ゼレットは少し嫌そうにしたが、手を振ってそんな自分自身を打ち消すようにした。

「どこにいるかは、判っておるのか?」

「フラス、だと聞いたんですけど……もうそこにはいないのかもしれない」

 少年は先に感じた不安をゼレットに語った。

「まさか、レンに向かうなんて馬鹿げた真似はしないと思うけど……」

「動玉とか言ったな」

 ゼレットは言った。

「それが、レンの手に渡っていたらどうだ。シーヴは追うのではないか」

 エイルは嫌な顔をした。

「どうして、俺がいちばん怖れてることをそう簡単に口にしちまうんです」

 少年は苛々と卓を叩いた。

「あの、馬鹿。いくら俺が動玉を追ってくれと言ったからって。リ・ガンが〈鍵〉に引きずられることはあっても、逆はないってのに」

「何の話だ」

 ゼレットは面白そうに言った。

「彼はお前に惚れておるのだから、お前の願いを叶えてやりたいと思うのは当然だろう」

「だから、そういう話はやめてくださいってば」

 エイルは顔をしかめた。伯爵は片眉を上げる。

「話をしようと思ったもうひとつは、それだ。だがまさか気づいておらんのではあるまいな。彼がお前に向けておる熱い視線を」

「馬鹿言わんでくださいって。俺とあいつの間にあるのはリ・ガンと〈鍵〉の絆。ちょっと長いこと一緒に旅をしてるから、あいつは勘違いしかけてるかもしれないけど……判ります。シーヴは、これを勘違いするのがすごく嫌なんだ」

 だから、あいつが「エイラ」に抱いてるのはそういう思いじゃありません、とエイル。

「何と。いいや、判っておらんぞ、青少年」

 ゼレットはにやりとした。

「恋と言うのは、勘違いからはじまるものだ」

 エイルは嘆息し、伯爵は見咎める。

「そうだな、お前は知らぬものな。――攫われたエイラ嬢を救おうとするシーヴ青年がどれだけ、鬼気迫っておったか」

「そりゃ……だからそれは、リ・ガンと〈鍵〉の……」

「はじまりはそれでもよい、と言っておろう」

 ゼレットは嬉しそうに言った。エイルは判らない。この閣下は、エイル少年を陥としたいのではないのだろうか?

「はじめさせないでくださいよ、言ったでしょう。あいつは知らないんです。この……エイルの姿のこと」

「それが、何だ」

 気軽く、ゼレットは言う。

「何の問題がある」

「普通は、あります」

「そうか?」

 ゼレットは顎に手をやった。

「問題、なかろう。お前が主張するように、彼との間にあるのがリ・ガンと〈鍵〉の絆だけならば」

 エイルはきょとんとする。

「どういう、意味ですか」

「お前がそのように姿を変えられると知れば、彼が気味悪く思ってお前を避けると思うのか? まさか、彼は度胸も度量も持つ男だ。たとえエイラ嬢が男ではなくテュラスに変わると言い出したところで、最後にはそれを受け入れるだろうよ」

「そう、かな、そうかも……しれませんけど……」

 エイルは眉をひそめた。ゼレットは何を言おうとしているのだろう。

「ならば、お前が案ずるのは何だ? シーヴ青年が女として愛するエイラ嬢の正体がエイル少年だと知れば、彼を傷つけると思っているのではないのか? つまり、お前は知っているのだ、彼の気持ちを。そして口で言うようには……悔しいことに、俺の求愛よりもそれを嫌がっておらん」

「ばっ、馬鹿言わんで」

「そうか?」

 少年の悲鳴めいた声を遮って、ゼレットは肩をすくめる。

「ならば何故、彼に真実を告げない?」

 エイルは言葉に詰まった。

「俺のような魔術を嫌う者でも、お前との絆を疑わぬ。ましてや、彼はもっと強くお前につながっておるのだろう。お前を不気味な存在と忌むような真似は決してするまい。それはもう、とうに判っておるはずだ。なのにお前はその事実を彼に告げない。何故だ?」

「……言う暇が、なかったんですよ」

「……何とも説得力のある言い訳だ」

 伯爵は呆れたように返してきた。

「では、お前が言いたがらないことを俺が言ってやろう。お前は、シーヴが『エイラ』に向けている視線がなくなることを怖れておるのだ。お前は彼に思われることを喜んでおる。……馬鹿なことだとは、言わせぬぞ」

「言いますよっ」

 というのが少年の返答だった。

「ゼレット様はどうにかして俺がクジナ趣味を持つことにしたいのかもしれませんけど、違います! シーヴはリ・ガンである俺にとって大切な存在だけど、それ以上の感情はない。俺が……俺にだって、守りたいと思う女性はいるんですからね」

「……本当か?」

「どうしてそんなに、意外そうなんです」

 ゼレットが目を見開いたので、エイルは不満そうに言った。どんな女だ、と言われなかったのは幸いだったが。

「それは……少し意外だからだな」

「〈守護者〉だの〈鍵〉だのがたまたま男なだけで、それを大事だと思うのと女の子が好きなのは別ですっ」

 エイルは力説した。ゼレットは苦笑したのち、晴れやかに笑う。

「〈守護者〉は大事か。では俺もお前の大事な存在だな、エイル」

 女ならばその気がなくてもどきりとしそうな微笑みにもエイル少年は怯むことなく――正確には、怯みかけた自分を叱咤して――否定はしませんが調子に乗らないで下さいね、などと言った。

「ときに、エイル」

「何です」

「彼は何者だ」

「……は?」

 エイルは目をぱちくりとさせた。

「シーヴだ。彼は、何かしらの階級……地位を持っておるな」

 ゼレットの台詞に得心がいった。成程、シーヴはどんな「リャカラーダ王子」をゼレットに見せたものだろうか。

「まあ、それは俺が言うことじゃないっすから」

 エイルは頭をかいてそう言い、ゼレットの推測を認める形になった。ゼレットはしばらくそれを見てから、まあどうでもよいが、などと言う。どうでもいいなら訊かないでほしい、とはエイル少年は言わなかった。

「動玉は……レンに奪られたかもしれない。シーヴはレンに向かったのかもしれない。カティーラを捕まえるにはクラーナの力が必要なのかもしれない。想像ばっかりだ。なのに〈時〉の月は遠慮なく近づいてくる」

 エイルは嘆息して言った。ゼレットはずっと座ったままだった寝台からするりと降りる。

「順序立てろ。優先事項は、どれだ?」

「――難しいです」

 エイルは顔をしかめた。

「クラーナを見つけてここへ連れてくることと、シーヴがこれまで以上の馬鹿をやらかすかもしれないのを引き止めること。どっちが……重要かなんて」

 選べない、とは口に出せなかった。

「だが」

 ゼレットが口を挟んだ。

「そのふたりは一緒にいるのだろう」

「そのはず、ですけど」

 エイルはフラスの方角を見やった。

「俺がシーヴを見つけられないようじゃ」

「焦るな」

 ゼレットは気軽に言った。

「道というものは決して閉ざされん。行き止まりに見えても、必ず進む道はある」

「そうですかね……でも」

 エイルは肩をすくめた。

「やっぱり、そこに壁しかなかったら?」

「そうしたら」

 ゼレットは笑って言った。

「どうにかして登れ」

 エイルも笑いを誘われた。先の判らぬ運命に迷いがちな少年の心は、よくも悪くも楽観的なゼレットとどうやら相性がよかったが、エイルはそれには気づいていなかった。

 もし気づいたとしても、それがリ・ガンと〈守護者〉というつながりがもたらすものなのではないか、という不安は常に彼の内から抜けなかっただろうが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る