127.明日の方針など

 こっそりと笑い終えた宗谷はベッドから起き上がると、取り澄ました顔でミアとメリルゥに向き合った。


「……どうした、ソーヤ。腹痛か?」

「いや、気にしないでくれ。……それより、メリルゥくん。ベルモントくんの格好だが合理的ではあるんだよ。魔術を使うのであれば重装備は出来ないからね。彼はあのスタイルを選んだという事だろう」


 宗谷は彼が黒タイツを纏っている事に対する考察を述べた。

 魔術の使用には身体の細やかな動作も必要となる。魔術師がローブなどの軽装を好むのもその為だった。その為、魔術戦士は打たれ弱いという欠点を許容しながら戦わなくてはいけない。

 鎧を付けるとしたらせいぜい革鎧レザーアーマーが限界である。動きを大きく阻害する金属鎧を身に付けての魔術発動成功率は五割あれば良い方である。

 宗谷の女神エリス御謹製のビジネススーツもそうであるように、恐らくあのタイツはただのタイツではなく、優れた防護効果がある魔法装備なのだろう。いや、そうに違いない。


「なるほど。……それよりどう思う。あの赤い月レッドムーンのヤツらはよ。……あの闇妖精ダークエルフの女、なかなか煽ってきやがったな。わたしは謝って貰ったから許すけど、大分シビアな連中かもな」

「メリルゥくんの言う通り最初は侮られた気はするね。ただ、僕たちが実力者とわかってからは態度を変えた。実力主義者って事なら依頼においては、かえって安心かもしれない。……後は少し気になる事があったな」

「……気になる? 全身の黒タイツの事か?」

「それはひとまず置いておこう。今回の依頼とは直接関係ないが、彼は薔薇と組んだ事があるようだ。明日にでもベルモントくんと情報交換をしようと思う。王都の情報を仕入れる良い機会だ。彼もイルシュタットの情報を欲しがっていた。赤角レッドホーンの脅威を彼を通じて広めさせようと思う」


 宗谷が気になったのは二点。薔薇のロザリンドと組んだ事がある者という事。

 それと六英雄のうち行方不明者が三名と言っていた事だった。行方不明者の一人は白銀のレイで間違いないだろう。


(……黄金のアレス、白のファーネ、黒のブラド。この内の誰かの所在を知っているのか。それと、彼を通じてロザリンドと連絡を取れないだろうか)


 ベルモントは王都では名の知れた冒険者である。質の高い情報を持っているかもしれない。王都の情報を聞きつつ、こちらは彼がイルシュタットについて知りたがっている事や、赤角レッドホーンの詳細な情報を与える。

 もし王都ドルドベルクで赤角レッドホーンの情報が広まり、質の良い冒険者を誘導できれば一石二鳥である。


「薔薇……ロザリンド様の事か。超有名な冒険者だからな。獅子魔王殺しデーモンロードスレイヤー。六英雄物語の終盤に出てくるアレだよ」

「僕だってそれくらいは知っているさ。ベルモントくんに伝説上の冒険者と組んだ事の話を聞いてみたいと思ってね」

「なるほどな。……そういや、六英雄といえば、白銀のレイってヤツも魔術戦士じゃなかったか。……口が隠れるような黒いコートを纏った痛々しいヤツだったらしいな。……そういやソーヤの格好も妙だよな。魔術戦士っていうのは変わり者が多いんじゃないか」


 宗谷は何ともいえない面持ちのまま、それを聞いていた。妙な格好と思われるのは仕方ない。ビジネススーツは彼女にとって見慣れないものだろう。


(……口が隠れるような黒いコートは痛々しいだろうか)


 宗谷はその事を問いかけようと思ったが、メリルゥにはっきりと否定されそうな気がしたので結局黙っていた。


「ミアはどう思った?」

「えっと、白銀のレイの格好の事ですか?」

「いや、ミアは白銀のレイが推しって事は知ってるぜ。赤い月レッドムーンの連中だよ」

「……ええと、そうですね。……戦神ラガシア神官戦士モンクの女性の方が印象に残っています。あの場ではお互い話は出来ませんでしたが、仲良く出来ればいいのですが」

「ああ、あの黒髪の姉ちゃんか。ステラといったか。……教義の違いっていうのは色々面倒くさそうだな」


 以前ミアは風を経つ者達ウィンドブレイカーズに所属していた戦神ラガシア神官戦士モンクであるバドと揉めていた事があった。

 揉めたというより向こうが一方的に大地母神ミカエラを下に見ていただけなので、彼女に咎があるようには思えなかったが、その事がトラウマになっているのだろう。


「……とりあえず、腹が減ったし夕食でも食おうぜ。この宿に食堂があるみたいだし行ってみないか」 


     ◇


 メリルゥの提案に賛同するように、三人は水鳥亭の食堂で夕餉を簡単に済ませ、談笑をしていた。

 山の幸を活かした料理は中々の美味であり、イルシュタットの冒険者の酒場で食べ慣れていた宗谷は新鮮な気分で食事を終える事が出来た。これも旅先での醍醐味だろう。

 赤い月レッドムーンの三人は食堂に居なかった。既に夕餉を済ませていたか、あるいは宿の外にある別の店に出掛けているか。あるいはまだ部屋にいてこれからという可能性もある。

 宗谷は半分ほど開いた窓から外を見た。宿の外は既に黄昏時を過ぎ暗くなりつつある。今日これから出来る行動は限られているだろう。

  

「飯も食い終わったし、そろそろ部屋に帰ろうぜ。……っと、ソーヤは少し後で来てくれないか」

「メリルゥくん、何かあったかな」

「寝間着に着替えなきゃいけないだろ。ハダカが見たいならわたしは見せてやってもいいけど、ミアはどうかな。……いいモノ持ってるんだから見せてやれよ。シャーロットにだって負けてないだろ」


 メリルゥがニヤニヤと笑ると、ミアは少し怒った表情で、メリルゥの両頬をつねりあげた。

 

「失念していたよ。席を外そう。……ついでという訳ではないが、しばらく宿の周辺を散策をしようと思う。ただ、外は寒そうだし時間はかけるつもりはないからお早めに」

「いてて……ソーヤ、気を付けろよ、イルシュタットのように顔は利かないぜ」

「怪しい行動は控えるし、遠くにはいかないよ。夜風に当たりたいと思っただけさ」

「……季節柄、少し肌寒くなってきましたね。風も冷たいと思います。ソウヤさん、気を付けて下さい」

「ああ。もうじき冬用の外套マントが欲しくなる頃かもしれないな。……それでは、また後で」


 宗谷は二人に別れを告げると、椅子に掛けていた外套マントを羽織り、水鳥亭を後にした。

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