124.ロロアの街へ

 ロロアからの依頼人は、ゴードンと呼ばれる四〇代の男性だった。

 その物言いからすると、魔将殺しデーモンスレイヤーとしての宗谷を知っているのかもしれない。


「僕を御存知でしたか。もしかしたら受付嬢から称号の事を伺ったのかもしれませんが」

「いえ。存じておりました。ロロアでも一部の情報通は知っているかと。立地柄、王都とイルシュタット双方の情報が入りますから」

「なるほど。悪魔殺しデーモンスレイヤーの名に恥じぬ仕事をしたいと思います。……本当に白銀の魔将シルバーデーモンが収穫祭に姿を現したら大惨事ですが」

「はっはっはっ、流石にそんな事はないでしょうが、万が一があってもソウヤさんが居れば安心という訳ですな」

 

 安心な筈がない。古砦の白銀の魔将シルバーデーモンとの死闘を想起し、宗谷は顔がひきつりそうになった。

 そして冗談のつもりだったが、今まで戦う羽目になった悪魔も全て想定したものではなかった事に気付き、フラグめいた会話は今後自重しようと思った。

 今まで順調に終える事が出来た依頼は、ルイーズとセランの二人と協力してドーガの工房を襲った強盗団を始末した事くらいである。

 今回の依頼は平穏無事に終わって欲しい。そう願うばかりだった。


「ゴードンさん。わたしはメリルゥだ。とりあえず帰り道の心配はいらないよ。戦闘に長けた手練れが二人も居るからな」

「よろしくお願いします。森妖精ウッドエルフのお嬢さんですね。風精霊シルフの召喚を行う精霊術の達人と伺っています。とても頼りになりそうですね」


 続けてメリルゥがゴードンに挨拶し、握手をかわした。

 彼女は昨日のテンションとは打って代わって、冒険者らしい振る舞いである。その辺りはしっかり弁えているようだった。

  

「ミアと申します。ゴードンさん、よろしくお願いします」

「ミアさんは治療と解毒が行える大地母神ミカエラ神官クレリックですね。ありがたい事です。もし祭りで怪我人が出たら治療を、それと悪酔いの解毒をお願いするかもしれません。……毎年出るんですよ。酔うとどうしても気が大きくなりますからね」 

「わかりました。怪我人が居ない事が最善ですが、もし必要であれば大地母神ミカエラの力をお借りします」 


 最後にミアが挨拶を終える。依頼人から回復役の指定はなかったが、やはりありがたい存在のようだった。

 ミアは特に解毒治療キュアポイズンでアルコールを解毒する事も可能である。戦闘がなければ一番活躍するのはミアという事になるだろう。

 三人とも依頼人のお気に召したようで、とりあえず幸先は良さそうである。後は王都から派遣された冒険者だけが気がかりだった。

 

     ◇


 王都ドルドベルクへと続く大街道の往来は非常に多く、何組もの旅人、商人、馬車、はたまた見知ったイルシュタット所属の冒険者ともすれ違う事もあった。

 おそらくは依頼の帰りでありその表情は明るい。仕事が上手く行ったのだろう。移動中である為、お互いに軽く挨拶をかわし先に進む。


 やがて夕日が西の空に落ちて、移動初日の夜を迎えた。


「今日はここで野営をしましょう。すみません、帰りは経費節減としたいもので……」

「いや、わたしたち冒険者は野営には慣れてるから大丈夫だよ。ゴードンさんはゆっくり休んでていいから。……って事で三交代だな。見張りの順番を決めようぜ」


 依頼人のゴードンの提案に、リーダー役を務めるメリルゥが応じた。

 主要街道沿いには旅人をターゲットとした宿が一定距離ごとに存在するが、当然宿泊費がかかるし、この立地にある宿は街より高値である。宿泊場所は依頼人の意向に従う必要があるだろう。

 共同のキャンプ場では既に何組かの旅人が野営を行っていた。怪物や野生動物に襲われても比較的安全である。


 依頼人のゴードンには当然休んで貰い、三交代制で見張りを行う。

 話し合いの結果、最初はミア、二番目に宗谷、三番目にメリルゥとなった。


     ◇


「……ソウヤさん。交代の時間です」


 ミアに身体を揺すられて、宗谷は目を覚ました。

 ビジネススーツの内ポケットにしまっていた眼鏡を装着すると、ミアの顔が映った。少し眠たそうである。


「もう時間か……あっという間に感じるな。ミアくん、お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」

「すみません。二番目の見張りは熟睡し辛いですよね」

「ミアくんが気にすることはないよ。損な役回りは大人の仕事という事にしておいて欲しいな」


 宗谷は薄く笑うと焚き火に近づいた。

 辺りは静まり返り、虫の鳴き声と草木のそよぐ音が響いている。秋も深まり、大分夜の冷え込みは強まってきているように感じた。

 これから先は暖に気を付けなければ風邪を引く事になるかもしれない。


「……ミアくん、眠らないのか」


 宗谷は焚き火の側で立ちすくむミアに話かけた。

 

「あの……ソウヤさん、もう少しだけ起きていたいのですが」

「このまま一緒に見張り、という訳にはいかないよ。……ただ、少しだけなら。まとまった睡眠は必ずとるように」

「はい、わかりました。……ソウヤさん、隣に座ってもいいですか?」

「勿論。皆、寝静まっている。何かあるなら小声で話そう」


 ミアは遠慮がちに宗谷の隣に座り、暫くの間、二人して無言のまま焚き火に当たっていた。

 先ほどから何かを言おうとしているのを思い留めていたミアだったが、ようやく言葉を紡ぎ始めた。


「ソウヤさん、ごめんなさい」

「どの事かな」

「……あの、今までの事。……いえ、とくに昨日からの事です」


 しばしの間、沈黙が生まれた。

 揺らめく炎を見つめながら、宗谷は申し訳なさそうに首を振った。


「……いや。僕が誰にでもいい顔をしたいからだろう。悪い大人なんだ。ミアくんは悪くないよ」

「そんな事はありません。私の勝手な思いによるものです。……ソウヤさんは私の命の恩人ですから。……いつか恩返ししなくてはと思っています」


 ミアは再び何かを言いたげにしていた。恩返しは冒険での神聖術によって返されているようなものである。

 何か特別な事を強く考えているならば、思いとどまって欲しいと思った。


「ミアくん」

「はい」

「その恩は貸しっぱなしでいいんだ。僕がミアくんから借りているお金を返さないのと同じ事だよ。……もしかしたら恩返しに、赤角レッドホーンとの戦いや、こないだ伝えた神憑の事を考えているかもしれないが。返さなくては、なんて強く思わなくてもいい」


 伝え終えると、宗谷はミアの手を取って、その場を立った。


「さあ、今日はもう寝るといい。夜更かしは身体に毒だ」

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