120.昼下がりの冒険者ギルド

 昼食を終え、宗谷とシャミルが冒険者ギルドに足を運ぶと、受付にはルイーズが入っていた。

 リンゲンの時の冒険者の装いではなく、ギルドの制服を身に纏い、薄化粧を施している。普段の記憶にあるルイーズを目にした宗谷は、日常に戻ってきた事を改めて実感していた。


「ソウヤさん、こんにちは。……あら、皆一緒だったのね。リンゲンの事で何かあったのかしら?」


 一緒に隣の冒険者の酒場で昼食を取っていた、セイレンとフィリスも宗谷たちに付いてきた。この場にセランが居れば、リンゲン探索を行ったメンバーが全員集う事になる。

 セイレンはシャミルの冒険者登録が終わったら、そのまま連れていくつもりらしい。今後のパーティーについて話し合いなどをするつもりだろう。

 

「こんにちは、ルイーズさん。……申し訳ない。どうやらシャミルがお世話になっているようで」

「いいえ。エミリーの事で、こちらこそ助かっています。……あれから調子はどうですか?」


 ルイーズに調子を聞かれ、宗谷は一瞬、言葉に詰まった。

 リンゲン探索の疲れは残っているが体調はそれほど悪くない。つい先程、シャーロットとの逢瀬を終えて来たばかりである。宗谷はシャーロットの蠱惑的な姿を想像しかけたが、黒眼鏡を指で押さえた後、両手を広げた。


「……特に問題は。次の仕事もミアくんとメリルゥくん次第で行えると思います。赤角レッドホーンについても独自に対策を考えていこうかと」

「それは助かりますね。……赤角レッドホーンについては、イルシュタットの各ギルドでも対応の動きが出ています。リンゲンの事があって、ようやくです」


 その強い物言いからして、今まで議題に上がっても軽視されてきたという事が容易に想像が付いた。

 だが今回滅ぼされたリンゲンはあまりに近く、そしてイルシュタットとも関りが深かった。忌々しき問題と理解したのだろう。


「対策というわけではないが、今日はシャミルの冒険者登録に。……猫妖精ケットシーが冒険者になる事は可能ですか」


 宗谷の質問に、ルイーズはほんの少しの間、思考を巡らせていたが、すぐに応対した。


「前例はないですが、これだけの言語能力があれば、まず問題ないと思いますね。……猫妖精ケットシーの冒険者は初めてだと思うわ。王都にも居ないんじゃないかしら。……ソウヤさんのパーティーの四人目に?」


 猫妖精ケットシーは、実態としては非常に珍しい幻獣と呼ばれる分類に該当する。本来ならば人里に現れ、正体を明かす事は滅多にない。

 イスカールの隠者に使魔ファミリアとして仕えていたシャミルは例外的な存在と言えた。


「いいや、コイツは既に予約が入ってる。私達のパーティーに入る事になったんだよ。ソウヤの使魔ファミリアだから、レンタルって事になるが」

「セイレンとフィリスと組むの? ……それなら無理はしないようにね。貴方に何かあったらエミリーが悲しむわ」


 この事は意外だったのか、ルイーズがシャミルに心配そうに言った。


「おい、ルイーズ。私に何か問題があるような言い方だな」


 セイレンが歯軋りしながらルイーズを睨んだが、ルイーズも動じる事無く応じている。睨み合う姿は御互いに迫力があった。

 二人はイルシュタットの冒険者ギルドで新人だった頃からの顔見知りであり、共に抜けた高い才能を持つ良いライバル、そして何度も冒険を共にした仲でもあるようだった。

 今も一見すると一発触発のような喧嘩腰ではあるが、どうやら気心が知れているライバルだからこその物言いらしい。


「貴方に問題があるなんて言ってないわよ。依頼難易度的にハードになるだろうから心配したの。……セイレン、そういう粗野な処、直した方がいいわよ」


 ルイーズは溜息をつくと、引き出しから白紙級ホワイトの登録用紙を取り出し、シャミルに手渡した。


「この枠線の中を記入して欲しいのだけど、シャミル、読み書きは大丈夫?」

「ええ。問題ないかと思います。人が使う共通語については勉強していましたので」


 冒険者の中には生まれ育った環境によって、共通語が書けなかったり読めなかったりする者も多い。

 そういった場合はルイーズが代筆していく形になるが、シャミルはイスカールの隠者と呼ばれる者から使魔ファミリアとして教育を受けていたようで、基本的な教養は叩き込まれているようだった。


「シャミルには僕が記入の仕方を教えよう。ルイーズさんは業務に戻っていただければ」

「わかりました。ソウヤさんにお願いします。それにしても、セイレンとフィリスのパーティーにねえ。中々三人目以降が定着しないのよ。白金級プラチナの二人についていくというのは大変だと思うわ」

「セイレンくんが、優れた魔術師マジシャンを探していたようなのでお試しに。継続して組むかはシャミルの実力や相性次第という事で。僕としては悪くない契約を交わしたので、ついていってくれると嬉しいが」

「くれぐれも喧嘩なんかはしないで欲しいわね。三人ともイルシュタットの貴重な戦力なんだから。……誰一人欠ける事のないようにお願いします」


 ルイーズは赤角レッドホーンを強く意識しているのだろう。宗谷もそうだった。

 赤角レッドホーンと再び相対するまで、そして赤角レッドホーンを、この場に居る誰一人として欠ける事なく、仕留めたいと思っていた。

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