第5章 猫妖精と護衛者達

69.わずかな変化について

 野外活動の適性。冒険者にとって大事な資質の一つである。

 街の外に行かず、街中を歩き回って依頼を完了させる、街専門で活動を行う冒険者はそう多くない。

 探し物。尋ね人。身辺調査。揉め事の仲裁。その他様々な事件の解決。それだけで食べていけるのは、表社会は当然の事、裏社会にも顔が利き、優れた情報網を持つ、街盗賊シティシーフだけだろう。


 宗谷は休暇中、街の依頼で頼る事があるかもしれない、盗賊シーフの知り合いが何人か出来たが、いずれも一癖ある人物ばかりであった。

 眼帯の盗賊シーフジャッカルは、陰湿な性格で、油断のならない人物であったし、冒険者ギルドの第二受付嬢にして盗賊魔術師シーフマジシャンであるシャーロットは、友好的であったが、必要以上の関係を築かない方が良い相手に思えた。ジャッカルの手下である盗賊シーフのラットは、街で何かを頼れそうなレベルに達していなかった。


 街を中心とした依頼は、現状、依頼の成功率が高いとは言えず、今は外回りの依頼を積極的に受けるべきなのだろう。

 宗谷は長旅に耐え得る体力作りを行う必要性を感じ、ここ三日間は、積極的にイルシュタットの街の散策を行い、運動ウォーキングを怠らないようにしていた。今後、依頼で関わる可能性もある街の地理にも詳しくなるし、何より歩くだけならただ・・である。

 年齢と共に、少しずつ体力が衰えてきていたが、紳士を気取る大人の男性として、情けない姿を見せる訳にはいかなかった。


 それでも現状では、大きな荷物を背負い、一日や二日は平気な顔で歩く、彼女たちの方が体力においては上かもしれない。

 ドーガの鍛冶工房の強盗騒ぎから三日程して、スレイルの森に森林浴に出掛けた、ミアとメリルゥの二人組が、イルシュタットに帰還した。


「……やあ。ミアくん、メリルゥくん。おかえり。森林浴で息抜きは出来たかね?」


 休暇中、宗谷が継続して借りている、冒険者の宿の個室に姿を現した、二人の少女を宗谷は出迎えた。


「おう。楽しかったぜ。……なぁ、ミア」

「ただいま、ソウヤさん。メリルゥさんの言う通り、天気にも恵まれて、ゆっくりと自然を楽しむ事が出来ました」


 二人とも特に疲れた様子も無く、日頃から外歩きの旅に慣れている様子がうかがえた。このバイタリティは、宗谷としても見習いたい処であり、今回は街で冒険の準備もあったので辞退させて貰ったが、またの機会があれば、彼女達と一緒に森林浴を楽しむのも良いかもしれない。


「それは何より。今日の夕餉ゆうげは、僕が君達に奢るとしよう。思わぬ処で臨時収入があってね」


 宗谷は鍛冶師のドーガから受けた強盗撃退の依頼により、金貨二〇枚の報酬を手にしていた。

 鍛冶師にして、斧の扱いにも長けた戦士であるドーガなら、強盗達は一人で対処出来る相手だったかもしれないが、その場に居合わせた、三名の冒険者への依頼としてくれた好意に預かることにした。

 さらに魔銀ミスリル洋刀サーベルを、高級ウィスキー一本分でレンタルさせて貰っている立場で、ドーガに対して借りが先行しすぎている気はするが、また折を見て、御礼に好物の高級酒でも持参しようと宗谷は考えていた。


「臨時収入? ……ソーヤ、副業で稼げるような芸なんて持ってたのかよ。お得意の魔術は、街中じゃ使い辛いんだろ?」


 メリルゥはオカリナの演奏、ミアは大地母神ミカエラの神殿の奉仕により、日々の生活費となるお金を稼ぐ事が出来たが、宗谷はそういった副業に向く特技は無かった。メリルゥの言う通り、魔術でお金を稼ぐような活動は、魔術師ギルドが幅を利かせている、このイルシュタットでは難しい。

 需要さえあれば、先日、ミアに基礎的な算術を教えたように、教師のような事は出来なくはないが、そういった仕事は、イルシュタットで早々見つかるものではなく、あったとしても、魔術師ギルドの学院アカデミーの学生たち、あるいは知識神ラスターの神殿の者の領分であった。

 

(そう言えば、シャーロットくんに、魔術の指導をする事になってたな。……これは、魔術の副業に当たるのか?)


 宗谷は、魔術師ギルドで取り扱う魔石の調達を条件に、魔術の個別指導をするという、シャーロットとの約束事を唐突に思い出し、表情を曇らせた。

 よくよく考えてみると、魔術師ギルドを差し置いて魔術の個別指導というのは、好ましく無い事なのでは無いだろうか。

 ここ数日は、体力作りの為、街の散策に時間を費やしていたので、その約束事自体をすっかり失念していた。次の冒険に出る前に、一度、彼女と話をする必要があるかもしれない。


「……どうした、ソーヤ。考え事か?」

「失敬。……メリルゥくん、臨時収入については後で話します。君たちが森に出掛けてる間、色々あったので」

「色々? 気になるな……処でソーヤ、わたし達を見て、何か気付いた事は無いか?」


 メリルゥが据わった瞳で、宗谷に訪ねた。


(……気付いた事?)


 宗谷は彼女に促されるように、まずメリルゥを観察した。

 目の前の森妖精ウッドエルフの少女は、外套マントを身に纏い、普段通り、緑色の長い髪を、前で二個のお下げにしていた。見た目は特に変わったようには思えなかった。

 続けて、ミアの方を見る。白い大地母神ミカエラの神官衣に、右手には神官の杖クレリックスタッフ。長く艶やかな金髪。


 すると、ミアの長い髪の中にある三つ編みが、宗谷の目を引いた。束ね方が普段と違っている気がする。


「ミアくん。髪型を変えたのかね?」

「あっ……はい。気分転換にと。メリルゥさんの提案ですが」


 ミアが三つ編みになった部分を指で触れた。

 メリルゥの提案という事は、この髪型の事を指摘させようとしたのだろうか。宗谷がメリルゥを見ると、彼女は視線を外し、口笛を吹いていた。


「良いと思う。似合うのではないかな」


 宗谷は、控えめな誉め言葉を選び、ミアに告げた。

 三つ編み部分が、取り分け好みという事では無いが、彼女は見栄え自体が良いので、言葉に偽りは無く、この髪型も似合うのは間違いなかった。


「……だってよ。良かったな、ミア」


 メリルゥがニヤつきながら、ミアをからかうと、ミアは顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに、三つ編み部分を手で覆い隠した。

 そのミアの仕草に、宗谷は微笑ましさを感じたが、メリルゥの描いた思惑通りに、物事が進んだのが、どうにも面白くなかった。


「……ソーヤ、一人で寂しい思いをしてたんだろ? オマエもスレイルに来ればよかったんだよ」

「ええ。君が居なくて寂しかった。……それが理由ではありませんが、実は冒険者ギルドの依頼を一つこなしました」


 臨時収入の解答とも言えるつぶやきに対し、呆気にとられた表情を浮かべるメリルゥ。普段は据わっている事の多い両目が、大きく見開いていた。

 依頼の経緯を後回しにしたのは、先程のメリルゥに対する先程の仕返しも多少あったが、ここまで大袈裟な反応されると、宗谷は若干申し訳ない気分になった。

 ミアも少し落ち着かない様子で、宗谷が依頼を受けた理由を気にしているようだった。


「……ソーヤ……まさか、誰かに引き抜きを……まさか根暗野郎か?」

「メリルゥくん、君が心配してるような事は一切無い。その場で受けて、その場で終わる突発的な依頼だった。今から経緯を説明しよう」

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