第3章 古砦と勇者達

29.イルシュタットへの帰還

 スレイルの森からイルシュタットまでの帰り道は、行き道のような怪物モンスターの強襲も無く、平穏無事であった。一日と少しの行程を終え、宗谷、ミア、メリルゥの三名は、無事、イルシュタットの東門まで到着した。


「ソウヤさん、メリルゥさん、お疲れ様です。……野外活動には慣れてるつもりでしたが、少し疲れました。数日はゆっくり休息を取りたいですね」


 ミアが少し眠たそうにまなここすった。彼女にもたらしている疲労は、高位の神聖術、救済サルベイションの行使が大きく影響しているだろう。魔力枯渇マナバーストに伴う魔力痛マジックペイン。それに加えて三日間、野外で過ごしている事もある。しばらくの間はイルシュタットで疲労回復に努めるべきだろう。


「数日間は休養するとしよう。次の仕事はおいおいと。僕はまだ、白紙級ペーパーを卒業出来ないだろうから、ミアくんには、また同行を願いたい処だね」

「それは、はい、私なんかで良ければ是非。今回の道中は殆どお役に立てませんでした。ソウヤさんは本当に実力ありますから、青銅級ブロンズを取ったら、引く手あまたでしょうね……」


 ミアは遠慮がちに宗谷に言った。彼女はナイトグラスの採集とは別のところで、幽霊ゴーストの救済という思いがけぬ大仕事を成し遂げたが、負傷者の治療という、神官クレリックの役割を一度も行う機会が無く、旅が終わった事を気にしているのかもしれない。


(おやおや、随分と、自己評価が低いのだな。……あの幽霊ゴーストを成仏させた祈りは、僕に新鮮な驚きを与えてくれたというのに)


 とはいえ宗谷も、あの祈りを見るまで、ミアという神官クレリックの少女を過小評価していたのは間違いない。専業の神官クレリックは冒険者としては貴重ではあったが、ただそれだけの事で、神官クレリックとしては平均的な能力の持ち主だと思っていた。

 

(君は凄い才能の持ち主と伝えてやりたいが。……とはいえ、あれは例外中の例外であるし、その事で励ますのは考え物だろうか)


「……ソウヤさん、何か考え事ですか?」


 ミアが沈黙したままの宗谷を見て、不思議そうに尋ねた。


「いえ、何でも。僕とミアくんは、これから冒険者ギルドで、ナイトグラスと報酬の受け渡しをしますが、メリルゥくんは?」

「……一応、挨拶しておくか。本当に久々だしな」

「では、メリルゥくんも、冒険者として復帰ですかね」

「まあ、気が向いたらな。……わたしは食っていくだけなら、オカリナの演奏で何とかなるから。心配はいらないぜ」


 メリルゥは不敵に笑うと、オカリナを指でくるくると回した。



「あら、お帰りなさい。その表情からすると、採集は上手くいったのかしら?」


 冒険者ギルドの入り口を潜ると、宗谷達に気づいた、受付嬢のルイーズがにこやかに話しかけてきた。


「ええ。お陰様で」


 宗谷はカウンターに近寄ると、三二束のナイトグラスが入った布袋を、広げて置いた。


「どれどれ、数えてみるわね…………うん、三二束。……あら、二束多い」

「それは不慮の事態に備えての予備です。依頼人にでもサービスして下さい。その分の報酬は不要です」

「あら、準備がいいのね。では、そう伝えておくわ。少し色付けて貰うよう、交渉してみるけど?」

「いえ、お構い無く」


 わざわざ、二束分の見返りを求める事は無いだろう。後々の事を考えれば、少しばかり親切にしておいた方が良いという、宗谷の打算が働いた。


「わかったわ。……えっと、報酬は金貨三〇枚ね。どの通貨でお支払いしましょうか」

「では、金貨一〇枚と銀貨二〇〇枚で。ミアくんには、かれこれ銀貨一五〇枚分以上の借りがあるな。……全部ここで返してしまおうか」

 冒険道具を揃えるのに銀貨六〇枚。さらに手鏡で六〇枚。羊皮紙製のノートで銀貨三〇枚の借りがあり、さらに分けて貰った食糧や、宿代を含めると、全ての返済は不可能だった。これから数日の待機時間の生活費や、青銅級ブロンズになった時の登録費用も必要になる。


「ソウヤさん、渡したお金の事は忘れて貰って構いませんから」


「そうはいかないよ。ただ、返済はもう少し待って貰えると助かる。では、青銅級ブロンズになったら返済する。それでいいかね」


 宗谷の提案に対し、ミアは若干不服そうにしたが、渋々といった感じでうなずいた。世話焼きなのだろう。だが、立場上、甘える訳にはいかなかった。矜持プライドという物があるし、何より宗谷は本当の意味では初心者ではない。


「では、ルイーズさん。僕とミアくんで、二等分で用意して頂けると助かります」


 通貨のレートは金貨1:銀貨10:銅貨100であり、銀貨が主要通貨かつ基準通貨とされている。ただ、枚数が増えるとかさ張る為、必要分の銀貨以外は、金貨や換金用の宝石として持つのが基本となっていた。

 他にも白金プラチナ貨という金貨一○枚相当に当たる硬貨も存在するが、ぱっと見の色が銀貨と紛らわしい上、大陸の中心部である王都以外ではあまり通用しない事もあり、それほど人気は無かったが、手持ち金が増えた時、長期に動かす予定が無い時の保存用としては適していた。


「はい。お疲れ様。二人分に分けておいたわ。……ソウヤさん、初めての冒険はどうだった? 簡単だったかしら」

「ええ。採集自体はどうという事は無かったです。恐狼ダイアーウルフに強襲された事に目をつぶれば」

「……はいっ?」


 宗谷の思いがけない言葉に、ルイーズが調子外れた声を出し、呆気にとられた表情を浮かべた。

 

「……あの、ソウヤさん、恐狼ダイアーウルフなんて、スレイルの森なんかじゃ滅多に見れない超レアモンスター……って、月齢は大丈夫だったの?」

「ええ。丁度満月でした。少してこずりましたが、彼女のお陰で、何とか無傷で」


 宗谷はメリルゥを紹介するかのように、手のひらをかざした。


「……あら、メリルゥじゃない。久しぶり!」

「よぉ、ルイーズ。冒険者に復帰する事にしたぜ。ま、よろしくな……」


 ルイーズはメリルゥに近寄ると、長い両耳を指でそっと撫でた。


「おおい、それ止めろって前に言っただろ! くすぐったいな!」

「あら、ごめんなさい。メリルゥに会えたのがつい嬉しくて。スレイルの森に居たのね? 何かあったの?」

「まあ、本当に色々あってな……ソーヤとミアに助けて貰ったんだよ」

「……へぇ。ソウヤさん。ミアに続いて、メリルゥまで冒険者に復帰させて。それに恐狼ダイアーウルフ……やはり貴方、何か持ってるとしか思えないわ」


 ルイーズが興味深そうに呟いた。


「偶然ですよ。それに、メリルゥくんの手助けの事なら、殆どミアくんのお陰です。……まあ、何があったかは三人の秘密ですが」


 宗谷は指を口元にあてた。神官クレリックであるミアが、幽霊ゴーストを成仏させたのは、教義では禁止行為にあたる。あまりそれを広めない方が良いだろう。


「何かしら、気になるけど。言いたくない事なら聞かない方がいいわね。それより恐狼ダイアーウルフの毛皮は高く売れるのよ、多分今回の報酬より高くつくんじゃないかしら」

「それはそうですが、皮剥ぎスキニングの技能なんて無いので。狼は埋葬してきました」

「あらまあ。狩人ハンターだったら、垂涎ものの怪物モンスターなのに」


 残念がるルイーズを横目に、宗谷は仕分けされた報酬の中から、金貨を1枚抜き取り、メリルゥに渡した。


「少ないですが、美味しい物でも食べてください」 

「……なんだよ、ソーヤ。一体、どういうつもりだ?」

「メリルゥくんに手助けして貰ったので、ほんの少しですがお礼です。遠慮無く」

「お前たちが受けた依頼だろ。……ナイトグラスの採集は手伝ってないし、恩があるのは、わたしの方だ」

「では、素晴らしいオカリナ演奏に対してのチップです。また、聴かせてください」


 宗谷は薄く微笑むと、やや強引に、メリルゥの手に金貨を握らせた。


「ふん……そこまで言うなら、貰っておく。ありがとな。……けどな、あまり、わたしに優しくするな。……じゃあな」


 メリルゥは宗谷から金貨を受け取ると、少し照れたように、そそくさと冒険者ギルドから退出した。


「メリルゥさん、また会いましょうね」


 やわらかく微笑むミアに、メリルゥは振り向かず、ひらひらと手を振った。


「……ソウヤさん、やるわねぇ」

「他意は無かったのですが。まあ、彼女と多少、縁を作っておきたいというのはあります。良い精霊術の腕なので」


 感心したように目を細めるルイーズに、宗谷は何という事もないように言った。

 その時だった。


「――さて。みんな、お疲れさま。すぐにでも祝杯を上げるとしようじゃないか! ルイーズさん、今回も依頼は無事成功したよ」


 突然、張りのある男の美声が、冒険者ギルドの入り口に響く。

 メリルゥが退出してすぐ、新たに入口から現れたのは四人の冒険者の一団だった。

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