第3章 古砦と勇者達
29.イルシュタットへの帰還
スレイルの森からイルシュタットまでの帰り道は、行き道のような
「ソウヤさん、メリルゥさん、お疲れ様です。……野外活動には慣れてるつもりでしたが、少し疲れました。数日はゆっくり休息を取りたいですね」
ミアが少し眠たそうに
「数日間は休養するとしよう。次の仕事はおいおいと。僕はまだ、
「それは、はい、私なんかで良ければ是非。今回の道中は殆どお役に立てませんでした。ソウヤさんは本当に実力ありますから、
ミアは遠慮がちに宗谷に言った。彼女はナイトグラスの採集とは別のところで、
(おやおや、随分と、自己評価が低いのだな。……あの
とはいえ宗谷も、あの祈りを見るまで、ミアという
(君は凄い才能の持ち主と伝えてやりたいが。……とはいえ、あれは例外中の例外であるし、その事で励ますのは考え物だろうか)
「……ソウヤさん、何か考え事ですか?」
ミアが沈黙したままの宗谷を見て、不思議そうに尋ねた。
「いえ、何でも。僕とミアくんは、これから冒険者ギルドで、ナイトグラスと報酬の受け渡しをしますが、メリルゥくんは?」
「……一応、挨拶しておくか。本当に久々だしな」
「では、メリルゥくんも、冒険者として復帰ですかね」
「まあ、気が向いたらな。……わたしは食っていくだけなら、オカリナの演奏で何とかなるから。心配はいらないぜ」
メリルゥは不敵に笑うと、オカリナを指でくるくると回した。
「あら、お帰りなさい。その表情からすると、採集は上手くいったのかしら?」
冒険者ギルドの入り口を潜ると、宗谷達に気づいた、受付嬢のルイーズがにこやかに話しかけてきた。
「ええ。お陰様で」
宗谷はカウンターに近寄ると、三二束のナイトグラスが入った布袋を、広げて置いた。
「どれどれ、数えてみるわね…………うん、三二束。……あら、二束多い」
「それは不慮の事態に備えての予備です。依頼人にでもサービスして下さい。その分の報酬は不要です」
「あら、準備がいいのね。では、そう伝えておくわ。少し色付けて貰うよう、交渉してみるけど?」
「いえ、お構い無く」
わざわざ、二束分の見返りを求める事は無いだろう。後々の事を考えれば、少しばかり親切にしておいた方が良いという、宗谷の打算が働いた。
「わかったわ。……えっと、報酬は金貨三〇枚ね。どの通貨でお支払いしましょうか」
「では、金貨一〇枚と銀貨二〇〇枚で。ミアくんには、かれこれ銀貨一五〇枚分以上の借りがあるな。……全部ここで返してしまおうか」
冒険道具を揃えるのに銀貨六〇枚。さらに手鏡で六〇枚。羊皮紙製のノートで銀貨三〇枚の借りがあり、さらに分けて貰った食糧や、宿代を含めると、全ての返済は不可能だった。これから数日の待機時間の生活費や、
「ソウヤさん、渡したお金の事は忘れて貰って構いませんから」
「そうはいかないよ。ただ、返済はもう少し待って貰えると助かる。では、
宗谷の提案に対し、ミアは若干不服そうにしたが、渋々といった感じで
「では、ルイーズさん。僕とミアくんで、二等分で用意して頂けると助かります」
通貨のレートは金貨1:銀貨10:銅貨100であり、銀貨が主要通貨かつ基準通貨とされている。ただ、枚数が増えるとかさ張る為、必要分の銀貨以外は、金貨や換金用の宝石として持つのが基本となっていた。
他にも
「はい。お疲れ様。二人分に分けておいたわ。……ソウヤさん、初めての冒険はどうだった? 簡単だったかしら」
「ええ。採集自体はどうという事は無かったです。
「……はいっ?」
宗谷の思いがけない言葉に、ルイーズが調子外れた声を出し、呆気にとられた表情を浮かべた。
「……あの、ソウヤさん、
「ええ。丁度満月でした。少してこずりましたが、彼女のお陰で、何とか無傷で」
宗谷はメリルゥを紹介するかのように、手のひらをかざした。
「……あら、メリルゥじゃない。久しぶり!」
「よぉ、ルイーズ。冒険者に復帰する事にしたぜ。ま、よろしくな……」
ルイーズはメリルゥに近寄ると、長い両耳を指でそっと撫でた。
「おおい、それ止めろって前に言っただろ! くすぐったいな!」
「あら、ごめんなさい。メリルゥに会えたのがつい嬉しくて。スレイルの森に居たのね? 何かあったの?」
「まあ、本当に色々あってな……ソーヤとミアに助けて貰ったんだよ」
「……へぇ。ソウヤさん。ミアに続いて、メリルゥまで冒険者に復帰させて。それに
ルイーズが興味深そうに呟いた。
「偶然ですよ。それに、メリルゥくんの手助けの事なら、殆どミアくんのお陰です。……まあ、何があったかは三人の秘密ですが」
宗谷は指を口元にあてた。
「何かしら、気になるけど。言いたくない事なら聞かない方がいいわね。それより
「それはそうですが、
「あらまあ。
残念がるルイーズを横目に、宗谷は仕分けされた報酬の中から、金貨を1枚抜き取り、メリルゥに渡した。
「少ないですが、美味しい物でも食べてください」
「……なんだよ、ソーヤ。一体、どういうつもりだ?」
「メリルゥくんに手助けして貰ったので、ほんの少しですがお礼です。遠慮無く」
「お前たちが受けた依頼だろ。……ナイトグラスの採集は手伝ってないし、恩があるのは、わたしの方だ」
「では、素晴らしいオカリナ演奏に対してのチップです。また、聴かせてください」
宗谷は薄く微笑むと、やや強引に、メリルゥの手に金貨を握らせた。
「ふん……そこまで言うなら、貰っておく。ありがとな。……けどな、あまり、わたしに優しくするな。……じゃあな」
メリルゥは宗谷から金貨を受け取ると、少し照れたように、そそくさと冒険者ギルドから退出した。
「メリルゥさん、また会いましょうね」
やわらかく微笑むミアに、メリルゥは振り向かず、ひらひらと手を振った。
「……ソウヤさん、やるわねぇ」
「他意は無かったのですが。まあ、彼女と多少、縁を作っておきたいというのはあります。良い精霊術の腕なので」
感心したように目を細めるルイーズに、宗谷は何という事もないように言った。
その時だった。
「――さて。みんな、お疲れさま。すぐにでも祝杯を上げるとしようじゃないか! ルイーズさん、今回も依頼は無事成功したよ」
突然、張りのある男の美声が、冒険者ギルドの入り口に響く。
メリルゥが退出してすぐ、新たに入口から現れたのは四人の冒険者の一団だった。
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