23.深い森の崖の上

「おや、友達に会って欲しいとは。……その友達は君と同じ、森妖精ウッドエルフかね?」


 宗谷はメリルゥに尋ねた。


「違う。森妖精ウッドエルフじゃない。つーか、こんな森で生活してる森妖精ウッドエルフは、多分わたしくらいだよ。ここの座標は生命樹の制約ギアス・オブ・ユグドラシルから外れてるからな」

「……それは、確かに。それで、その友達とは、一緒に行動はしていないのかな」


 宗谷の質問に対し、メリルゥは静かに頷く。


「友達は、動けないんだ。だから、ここには来れない。……それでな、ミアなら、もしかしたら、何とか出来るんじゃないかと思ってな。……いや、無理かな」


 メリルゥは、俯き加減で、焚き火の揺らめく炎を見つめていた。


「ふむ。いずれにしろ、こちらから会いに行く必要があると。……ミアくん、君の力が必要かもしれないそうですが」


 宗谷は顎に指を当て、わざとらしく、考え込むような仕草をしながら、ミアに意見を求めた。


「あの、私に出来る事であれば、メリルゥさんに協力したいです。……今晩の食事と焚き火の、お世話になりましたし、ナイトグラスの採集の事もありますから」


 宗谷は目を閉じ思案した。メリルゥは嘘は言って無さそうだが、友達の素性について、語りたがっていないように思えた。その場から動けないという事も含め、何かの事情・・・・・があるのだろう。


(まあ、その何かの事情・・・・・は、見てのお楽しみとさせて貰おうか)


「……では、メリルゥくん、君の友達に会おう。その友達がいる場所には、丁度ナイトグラスの群生地がある。間違いないね」

「ああ、それで間違いない。ただ、そこに行くまでの道中、森歩きに慣れてないとちょっと大変かもな。……覚悟しておいてくれよ」




 その夜、狼の襲撃の後は、特に何事も無く、三人は十分な睡眠を取る事が出来た。


「おはよう。いや、よく眠れたね。……おや、寝癖になってしまったか」


 宗谷は手鏡で確認しながら、濡れた布を使い、寝癖を整えてたが、相当強く癖がついてしまったようで、抑えてもすぐに元通りに跳ねてしまった。


「あっ、ソウヤさん、可愛いです」

「いや、可愛くはないだろう」


 ミアが微笑むと、宗谷は不満そうに寝癖を抑え続けた。


「ソーヤの寝癖、なんかツノみたいになってるぞ。イジワルが過ぎて本当にオニになってしまったわけだな。……それはともかく、わたしが、先頭に立って案内するから。ソーヤとミアは後ろから付いてきてくれ」


 メリルゥは緑色の髪を結って、昨日と同じく、左右対称のおさげを作ると、大きめの外套マントを身に着け、背丈の半分程ある大きい背負い鞄リュックサックを背負った。昨日は少し沈んだ表情を浮かべていたが、今は大分、元気を取り戻しているように見えた。


「凄い荷物だね。メリルゥくんは、見かけ以上に体力がありそうだ」

「……まあ、この半年、ほとんどをスレイルの森で暮らしてたからな。生活道具含めて全部これに入ってる。……それより、ソーヤは手ぶらなのか。森歩きでそれはそれで凄いと思うぜ」


 メリルゥはスーツに外套マントを纏っただけの軽装の宗谷を見て、呆れたように言った。


「メリルゥさん。ソウヤさんは魔術師マジシャンですから。荷物を見えない場所に隠し持ってるんですよ」

「ほーう、そうなのか。魔術師マジシャンというより、手品師マジシャンみたいだな」

「また分かりづらい事を。さて、準備が出来たので、メリルゥくん、案内を頼みます」


 三人はキャンプ場を出発し、しばらくの間、林道を進んでいたが、ある地点でメリルゥは立ち止まり、道外れの森の中に分け入った。


「ここを真っすぐだ。少し暗くてぬかるんでるから、足を滑らせないように気をつけてくれよ」


 メリルゥは木々をすり抜けて、軽快に進んでいく。森妖精ウッドエルフの森林適正による賜物なのか、森歩きには相当慣れてる様子だった。


「こんな道があるとは。……ミアくん、大丈夫かね」

「大丈夫です。こう見えてもアウトドア慣れしてますから。……ですが、これほどの獣道を進んだ記憶は無いですね」


 森林の匂いが漂う中、草木をかき分けて進むメリルゥを、宗谷とミアは追った。獣道を小一時間ほど歩いた後、ようやくメリルゥが足を止めた。


「ここを登れば、到着だよ。もう少しだぜ」


 メリルゥが指差した先、目の前には、緩やかながら高い崖がそびえ立っていた。


「おや、ここを登るのか。それなりに高さがあるね」

「慣れてないとキツイかもな。わたしが先に登って、上からサポートに回ってやるよ」


 メリルゥは鉤付きのロープをリュックサックから取り出すと、崖上にある木に引っ掛け、それを補助にしながら、斜面をゆっくりと登って行った。


「わあ、メリルゥさんすごいです」


 ミアはメリルゥの登攀を眺めながら、棒読み気味に呟いた。


「ミアくん、どうだね。この崖は」

「あの、すみません。アウトドア慣れしてるとは言いましたが……登攀は経験がありません」


 ミアは真顔になって、固まっていた。崖の高さは一〇メートル程、登攀に失敗した場合、大怪我をする可能性もありそうだった。


「経験が無いならば、止めておいた方がいい。万が一、転倒して大怪我でもしたら大変だ。誰も君を治す事が出来ない」

「……ですが、ここを登らないと、メリルゥさんの友達に会えません」


 ミアが困惑した表情で崖を見上げると、先に登ったメリルゥは既に崖上まで到着しそうだった。


「心配は要らない。魔術で解決出来るよ。方法は二つ。一つは僕が先に登って物質転移アポートで、君を空間転移させる。こないだ君を野盗から救出する時に使ったアレだ。……だが、あれは魔力の消耗が大きくてね。僕も崖を登攀しないといけないのは正直しんどい。それで、もう一つの方法で行きたいのだが」


「えっと、もう一つとは、どんな方法ですか?」


 宗谷はミアの耳元に近づき、囁いた。


「……あ、あの、それも、ソウヤさんが大変なのでは?」

物質転移アポートを使うよりは楽だよ」

「そうですか……それでは、お願いします。予め言っておきます。ごめんなさい」


 宗谷は膝を着くと、両手でミアを抱きかかえ、お姫様だっこをした。


「……崖を登り終わるまで、ずっと抱きかかえるんですよね、重くないですか?」

「ノーコメントで」

「あの、ソウヤさん、重いのは、きっと荷物ですから。そんなに、重くないはずです……私、小柄ですし……」


 たどたどしい言葉を呟くミアは、両手で顔を抑えていた。


「――魔よ、天駆ける翼と成れ。『浮遊』レビテーション


 宗谷が詠唱を終えると、ミアをお姫様だっこした体勢のまま、宙に浮かび上がり、登り終えたメリルゥが待っている、崖の上まで一気に飛躍した。


「おお、ソーヤの魔術で来たのか。ロープの用意要らなかったな」


 呟くメリルゥを横目に、宗谷は崖上に着地すると、ミアの身体をゆっくりと降ろした。

 

「……あの、すいませんね、ソウヤさん。重くて」

「僕は、重いとは一言も言ってないよ。浮遊レビテーションが発動している間は、殆ど重力を感じないのだから」


 宗谷は、直りが悪い寝癖を指で触れると、薄く笑った。


「なんだ、二人してイチャついてやがる。……ほら、ついたぜ。二人とも、見てみろよ」


 崖の上で、メリルゥが指さした先には、美しい湖畔が広がっていた。

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