第16話 撃つ目――青菊の回想

 夢を見ていた。



 醜い私。

 無力な私。

 ちいさな私。


 星は遠く、真っ黒な夜の山。

 暗い。息が苦しい。道が見えない。

 運動は得意じゃなかった。楽しそうとも思わなかったし、得意な子だけがやればいいのにと思っていた。

 みんな自分の一番得意なものをやったらいい。きっとそれが、一番きれいだ。

 パパが映画や写真を撮るように。

 ママが無数の人を演じるように。

 お姉ちゃんがかっこよく雑誌に載るみたいに。


 ……私には。

 私には特に何もない――



 シャコン。空を切る。



 得意なものなんて。


『続けたら良いよ』


 だけど私に力なんてない。私はいつも、出来ない。


『あたしを撮らないで』


 いつも不快にさせる。それは、私が何も持たないからだ。



 ……シャコン、



 空は、でも。

 空は私なんかでは傷付かない。雲も星も船も、私のことなんか無視してくれる。

 空は孤独で、空は自由だ。

 とても強い。

 私が甘えても構わないくらい、強い。

 嬉しくて嬉しくて撮った天海の、雲から不意に浮かび上がった白い飛行機。まだ低い太陽の光が反射して。私はあの時なにも考えずにシャッタを切った。



――シャコン。光を撃つ。



 カメラは手から離れなかった。もう六年もの間、手放せなくて、光景を撃つのが気持ちよくて。

 そうだ、撃つんだ。

 帰っては来ない、何も見返りなんかない、ただ私は、私の好きなものを撃つ。

 もうそうするしかないし、それだけが好きだし、そういう私を空は迎えてくれた。

 明けて焼けて、焼けて暮れて、撃っても撃っても空は強い。いつも変わらなくて、いつも違う顔。


『好きそうに撮るねえ』


 好きそうですか?


『何となくな。撮るのもカメラも、あんたは凄く好きそうだ』


 本当は怖かった。お姉ちゃんがそうだったように、変な写真を撮るなと言われそうで怖かった。

 あの日どうして勇気が出せたのか、今でも良く分からない。撮らないでと姉に言われた時、その背後にあったのと同じものが、その写真には写っていたのに。

 オリオーザ。前世代の飛行機。増岡さんのお庭に置いてあったプライヴェートジェットの色違いだと、その機が早朝の雲海に浮かび上がるのを見た時すぐに分かった。

 思わず撃った、それを……柴に見せた。

 柴は意外なくらい柔らかい表情で、笑った。そして言ったのだ。


『……これは、綺麗だな。俺のシップはこんな美人だったかねえ。撮る奴の目だな』


 私の目?

 あれをこういう風に見たのは、私だけなの?

 もしかしてそうなら、もしかして……写真にすることで、それを他の人にも見てもらえるのだろうか?

 ちかちかと焦げるような予感は不思議にとても嬉しくて、そして硝子の欠片のように、心の底で後悔がきらめいた。

 もしかしたらお姉ちゃんにも、写真をもっと見てもらえば良かったんだろうか。

 数秒で諦めずに、勇気を出して見てもらっていたなら、もしかして伝わっていたんだろうか。

 あのときお姉ちゃんが光みたいに綺麗だったからどうしても撮りたくて撮ったんだ、ということが。


 だから――あれを、どうしても写真集に載せたかったのだ。



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