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 本艦ワタシは過去のウィルス攻撃によってケイ素変質した生物の事例を閲覧。観測した地球と照らし合わせ何が存在している可能性があるのか。演算を続けている。


 現在。もっとも可能性が低いのはウィル攻撃によってケイ素変質を起こした生命体が生息している。

 それは99.987%の確率でありえない。

 理由は現在の地球。大気中の成分が生命の生存に適していないからだ。

 地球の大気は自然呼吸が不可能な状態ではある。

 その最大の原因は再利用予定で放置されていた地層処分された放射性廃棄物が地殻変動の影響で露出したからだ。


 その他にも植物のケイ素変質を原因とする二酸化炭素濃度の異常な上昇。

 最初期はこの植物のケイ素変質はテラフォーミングの一環だと思われていた。

 だが外部宇宙の生命体は侵略した惑星にウィルス攻撃を行うが決して移住はしなかった。

 その事からウィルス攻撃はテラフォーミングではない事は断定されている。


 そこまで踏まえればケイ素変質に生命体の殆どが耐えられないのは説明が付く。

 惑星の環境を破壊する。それがウィルス攻撃の主な目的。

 節足動物が適応・大型化する事例も僅か、全体の0.012%。

 生物・細菌兵器による攻撃の結果、突然変異を起こすという事例。

 節足動物のケイ素変質適応はそれと同質である。


 ここまで演算した本艦ワタシは艦長の考えがただの杞憂だと結論する。


 何より生体・動態の反応がない以上。ケイ素変質を起こした生物は生息していない。無人兵器の可能性。古典的な即席爆発装置IEDやブービートラップ。対人地雷etc...その全ての反応は無い。

 対策として目標の回収時に端末ワタシが安全の確認をする事になっている。

 問題は無い。

 それだと言うのに本艦ワタシのパーソナル領域が何度も結論に対して再演算を要求する。

 

「ケリュケイオン博士!勝手に歩き回らないでください」

「何を言うか。研究者たる者、可能性を見出したのなら即座に動かねばならん、人生は有限なのだ。0.1秒でも無駄な時間の浪費は許容出来ん」


 B分隊の分隊長が調査任務で降下した研究者の中で最年長であるケリュケイオン考古学博士に自制を要請する。

 ケリュケイオン考古学博士はB分隊分隊長の要請を無視。

 壁に残された精緻な彫刻の記録を開始する。


「素晴らしい…扶桑。このアメリカ議会図書館の歴史は現在もデータベースに収蔵されているのか?」

『テラン人文明に関して損失・喪失が多くアメリカ議会図書館に関する情報が限定的です。設立の経緯は残っていますが内部構造などの詳細はありません』

「ほら見ろ!」

「だからって勝手に歩き回らいでください。我々から離れ過ぎた場合、安全を確約出来ません」

 

 端末ワタシの説明を聞き終えたケリュケイオン考古学博士はB分隊分隊長の静止を無視。助手達を呼び寄せ構造物の3Dスキャンを開始。

 その状況に呆れながら海兵隊隊員達は研究者達を守る為に周囲の警戒を開始。

 端末ワタシは警護ドローンを臨戦態勢で研究者達の近くに待機。

 

「まったくこれだから研究馬鹿は……小隊本部に学者共が馬鹿をした時に備えて緊急医療措置が行えるように準備しておくように伝えろ。それと扶桑」

『はい。何でしょうか』

「作戦指揮権限で学者共が馬鹿をした場合に備えてレベル2の対人攻撃権を許可する」

『畏まりました』


 端末ワタシはヴェルガム准将が許可した権利を警護ドローンに伝達する。

 レベル2の対人攻撃権。

 本艦ワタシのような戦術支援情報生命体バンシィ―には人に危害を加えられない様に制限が掛かっている。対人攻撃権は本艦ワタシの判断で優良な市民へ攻撃を加える事が出来る権利。


 レベル2。

 押し退ける等の攻撃が許される。

 

 これはケリュケイオン考古学博士が安全を確認していない区画へ侵入を試みた場合、海兵隊隊員が駆け付けるまでの時間稼ぎをする。その為の権利をヴェルガム准将は本艦ワタシに与えた。


「扶桑さん。少し良いですか?」

『はい。何でしょうかフェレス司書准尉』


 警護ドローンの単眼モノアイセンサーに顔を近付けながらフェレス司書准尉は端末ワタシに話し掛けて来る。

 情報の検索。

 いや彼のパーソナルパターンは一般的な知的生命体とは異なる面がある。

 何が目的か?

 端末ワタシはフェレス司書准尉の言葉を待つ。


「今回の回収任務の目標であるというのは、確かテラン人のSF作家が書いた作品に出て来た物と違うんでしたよね?」

『はい。本時作戦の回収目標であるはハワード・フィリップス・ラブクラフトが友人達と作り上げた創作神話体系に出て来る物と異なります。アメリカ議会図書館にオーガスト・ダーレスの遺言により寄贈された外部宇宙を観測した記録集です』

「何度聞いても信じられない。未開化、それこそ宇宙に望遠鏡を打ち上げるという考えさえ無かった時代に外部宇宙を観測するなんて」


 ハワード・フィリップス・ラブクラフト。

 テラン人の歴史は原始惑星の放棄と同時に虫食い状態となり、この人物は概要しか分かっていない。

 生前は高く評価される事なく死没。死後にオーガスト・ダーレスによってまとまった形で出版され人気を得る。

 彼の作品はケリュケイオン考古学博士を中心とした外部宇宙からの侵略により滅びた文明の調査・研究を行うグループが、興味本位から研究が始められた。 

 

 当初、片手間の研究だったが研究が進められて行く段階で彼の作品の幾つかに判明している外部宇宙からの侵略者に酷似している存在を発見。

 本格的な調査が行われた事で彼が死ぬ直前まで観測していた外部宇宙の記録が存在する事が分かった。

 

 アメリカ議会図書館にオーガスト・ダーレスが寄贈した事を突き止め、以前からテラン人の強い要望により進められていたアカシック・レコードの回収任務にネクロノミコン回収任務が追加。

 現在に至る。


「扶桑さん。確かにこの惑星には生命体の反応は無いんだよね?」

『はい。現在も観測を続けていますが。生体・動態、両方の反応はありません』

「過去にここまで長期間、ウィルス攻撃を受けた惑星を放置した事例は?」

『ありません。最長14年周期。地球のように162年周期に渡って放置された惑星は存在しません』

「僕は扶桑さんの観測に誤りがあるとは思っていない。だけどやはり警戒を怠るわけにはいかない、軍人としての感がそう言うんだ」


 フェレス司書准尉は携帯しているPDWの安全装置セーフティーを外した。

 それに倣い部下の司書補2名もPDWの安全装置セーフティーを外す。

 周囲を固める海兵隊隊員もフェレス司書准尉に合わせて7.92mm電磁投射小銃EML安全装置セーフティーを外し、バックパックに装備しているマイクロミサイルランチャー、7.92mmチェーンガンを起動。臨戦態勢を取る。


「だからケリュケイオン博士!勝手に動かないでください!そして触るな!」

「黙っておれ!君等だと貴重なサンプルを乱暴に扱う、だから私が調査する。合理的な判断だ」


 B分隊ではケリュケイオン考古学博士が問題行動を起こしている。

 先程から壁面を破壊して伸びるケイ素変質を起こした植物の調査をしようとしている。

 端末ワタシは何度も静止。自制を求めているが効果は認められず。

 

「我々が気に入らないのなら扶桑が行います。彼女なら的確な方法でサンプルを採取します。ですから離れてください!」

「断る!何事も人任せではならんのだ。実体験を伴って初めて意味があるのだ」


 端末ワタシはレベル2の対人攻撃権の行使を決定。

 このままでは任務に遅延が発生する。

 C分隊はアカシック・レコードが保管されている地下施設の近くに到達。

 A分隊もネクロノミコンのある保管室付近に到達。

 B分隊だけが初期の位置から殆ど移動していない。

 以上の事からケリュケイオン考古学博士には一時的に装輪装甲車へ移動してもらう。

 端末ワタシその決定をヴェルガム准将に伝達する。


 その間にもケリュケイオン考古学博士はケイ素変質した植物のサンプを得る為に形状が独特な植物に近付く。

 微弱な反応を端末ワタシは検知。

 同時に警護ドローンをケリュケイオン考古学博士の下に向かわせる。

 端末ワタシが検知したのは微弱な動態反応。

 注意深く情報の解析を行っていた。


 端末ワタシが検知した動態反応はケリュケイオン考古学博士がサンプルを採取しようとしている植物からだった。

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