角砂糖

 寂しいよ、苦しいよ、泣きたいよ、愛が欲しいんだよってさ。ひとり口にしたところで、貴方との距離が変わる訳じゃない。

 こんなになるくらいならば砂糖の味なんて知らなければ良かったの?

 貴方の優しさが切なさを呼んで、あたしは千切れちゃいそうだよ。

 角砂糖をひとつ噛み砕いた。時の限られた安寧に溶けてゆく。飽和状態のアールグレイ。今日も今日とてティーカップの中で踊らされてる。

 琥珀色の液体の中、どろどろに溶けたあたしがいて。早く飲んでよって待ってる。でも甘さが過ぎて飲めやしないかな、ストレートなふりをしよう。

 貴方の甘さに溺れれば溺れるほどに嘘吐きなあたしは辛くなる。虚勢を張って生きてくのはもう疲れたよ。素直になる方法が分からない、貴方の前だけは素直でいたいのに。嘘にまみれた世界で息しすぎたんだ。長い間二酸化炭素を吸って酸素を吐いてた。気付いたら酸素が吸えなくなっていたんだ。

 息をするのも難しい世界で泣きそうな貴方を抱き締めたいのに大きな壁が邪魔をする。ティーカップの壁は大きい。早くその唇をカップに近付けてよ。色んな覚悟はとうに出来てる。

 肌を重ねたいと思ってもあたしは砂糖、貴方に飲まれることしか出来ない。噛み砕いた角砂糖がじゃりっと絡み付くような甘さを残した。

 甘さだけに溺れてたいのに周りは苦味を押し付ける。苦いのは得意じゃないのに「好きでしょ」って酷いよね。好きでもないのに飲まなきゃいけない。ああまた汚れてく。また本音をどこかに隠した。素直になりたかった。

 逃げ道を探して、角砂糖をまたひとつ噛み砕いた。口の中はまだ苦い。貴方の甘さで押し流したかった。けれど迷惑をかけるわけにはいかない。化学的な味のする添加物で誤魔化した。

 押し付けられるのは苦いもの。涙の味は塩辛い。押し戻される嚥下したものは胃液と雑ざって酸味を帯びる。甘さが欲しい、甘さが足りない。どんどん欲深くなる自分に自己嫌悪。また少し添加物に手を伸ばしてしまった。

 霜枯れの季節の寂しさはあたしの身体を軋ませる。軋轢は大きくなるばかり。少しだけ怖い。貴方の胸に飛び込んでしまえたらいいのに。ティーカップの壁は残酷だ。

 箱庭の液体は何時でも飽和状態。貴方にはきっと甘過ぎるのでしょう。押し付けたくないの。ひとりで解決するからもう少し待ってて。素直になれない素直になりたい。

 ティーカップの底の角砂糖。どれだけ混ぜても結晶が残るだけ。今日もひとつ、噛み砕いたものが口に残る。ひとり寂しく頬張る深夜の角砂糖はとても化学的な味がした。

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