10光年先の王子と付き従う者

有原ハリアー

本編

熱の後に企む者

 ぎしり、ぎしりと、きしむ音が部屋に響く。

 濃厚な熱と感情を伴い、互いの体を絡み合わせている男女は、せり上がる快感に酔いしれていた。

 繋がりはそのままに、二人は互いの舌を絡めたり、離したりしている。

 二人はそれぞれ、狼の耳と尻尾、そしてうさぎの耳と尻尾を有していた。




 ややあっての事。

「………………ッ!」

「~ッ!」

 二人はしばし陶然とうぜんとしながら、互いの舌を絡めていた。

「ふふっ」

「どうされたのですか、アルブレヒト様?」

 狼の獣人――アルブレヒト・ファルヴェード・ハーラルト――が微笑むと、うさぎの獣人が問いかける。

「いやあ、“光速を超えた”気分になってね。良かったよ」

「光栄ですわ」

 兎の獣人は髪を前へと垂らし、下着の如く、自らの豊かな胸を覆い隠す。

「ところで、アルブレヒト様……。あちらにある猫耳と猫尻尾ですが、あれは一体?」

「ああ、あれね。アレクサンダーに頼んでる、“”の“リンク装置”にするつもりさ。この後、君に預けるつもりだったんだ」

「ふふっ、『お父様に渡してくれ』と?」

「ご名答」

 アルブレヒトは、兎の獣人――アルブレヒトの“親密な仲の女性”――に猫耳と猫尻尾を手渡すと、ゆったりと服を纏い始めた。

「あぁ、アルブレヒト様。もう、行かれるのですね」

「悪いね。君とはずっとシてたいんだけど、何分なにぶん戦時中だから仕事があってね。

 それじゃ、頼んだよ」

「ええ、行ってらっしゃいませ。うふふ」

 兎の獣人は微笑みながら、アルブレヒトを見送った。


     *


「さて、僕が思い焦がれている二人でも見るか……」

 アルブレヒトが緩く笑いながら、机の引き出しを開けて二枚の写真を並べる。



 彼が「有原ハリアー」の時に思い焦がれた女性、「黒田くろだ星子せいこ」と「綾川あやかわ知子ともこ」の写真だった。



 と、控え目なノックの音が響く。

 アルブレヒトは写真を仕舞うと、ノックの主に問うた。

「誰だい?」

わたくしですわ」

「いらっしゃい」

 アルブレヒトは相手の正体を察すると、部屋へ招き入れる。

 つい数時間まで愛を交わしあった、兎の獣人であった。

「よく来たね。頼み事はこなしてくれたかい?」

「ええ」

「なら良かった。そうだ、君の慈悲深さを見込んで、話がある」

「何でしょうか?」

 アルブレヒトは一度深呼吸すると、ゆっくりと切り出した。

「知っての通り、このファルヴェード王国は一夫多妻制、または一妻多夫制だ」

「存じております」

「それに、僕が本気を出せば、君でも壊れる。どういう意味か、わかるだろう?」

「ええ。一度壊されそうになって、失神いたしましたわ」

「ふふ。まあ流石にあの時はヤりすぎたけどさ、つまりはそういう事になるよ」

わたくしの他にも、妻として迎え入れられるのですね」

「ご名答」

 アルブレヒトは理解のあるパートナーの様子に微笑むと、先ほどの二枚の写真を見せる。



「この二人が、僕の求めている妻さ。無論君が正室なんだけどね」



 兎の獣人は、一瞬だけ二人――「黒田星子」と「綾川知子」――の容姿に驚愕したが、すぐに冷静さを取り戻す。

「ふふっ。確かにこのお二方でしたら、アルブレヒト様が求められるのも無理はございませんわ」

「あっさり受け入れてくれて助かるよ。いい機会だから、紹介だけでもしておこうかと思ってね」

「うふふっ。無事に迎え入れられる事を、祈っております」

 兎の獣人は嫉妬の欠片も見せず、自らと立場を同じくするであろう者達の為に祈った。


     *


 それから一週間後。

 アルブレヒトは、ある工房へと足を運んでいた。

「いらっしゃいますかね、ミュンテフェーリング卿」

「アルブレヒト様! お待ちしておりました、ついにご依頼の機体を……」



 茶髪と狐の耳、それに尻尾を纏った男が、見事な45度の礼をしてアルブレヒトの来訪を喜ぶ。



「楽にしてください、ミュンテフェーリング卿。

 では、見せていただきましょうか。色のファルヴェードを!」

 アルブレヒトの要望を聞き届けるや否や、狐の獣人――兎の獣人が言う『お父様』――が合図を送る。

 と、白い覆いがバサリと落ちた。



 そこには、アルブレヒトが注文した通りのファルヴェード……ファルヴェード・カワサキが仁王立ちしていた。



「ふふっ、見事な手並みだよミュンテフェーリング卿」

「恐れ入ります。どうぞこれからも、我が娘を……」

「わかってるよ(まあ一途では、ないんだけどね)」

 ファルヴェード・カワサキを見たアルブレヒトは、しばし悦に浸っていた。


     *


「それじゃ、行くよ。ファルヴェード・リントヴルムにファルヴェード・カワサキ」

 機体を受領して二日後、早くも星子と知子の学校にロボットを向かわせた。



「綾川知子さん! 君にはこのライムグリーン色の機体、ファルヴェード・カワサキに乗ってもらう!」



 到着と同時に、熱烈な勧誘ラブコールを行うアルブレヒト。


 なお2機のファルヴェードが地球に行くまでに、ファルヴェード・リントヴルムの鍵もとい腕時計は、僅かに秒針を一度動かしたのみであった……。

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