第36話 僕とメイドと女神様は再びお父様とお母様を救出するために王国の地下牢へ向かう




  *




 それから数日が経過した。


 スプリング王国の王都の門の前に到着した僕たちは地下牢へ潜入するための準備を始めた。


(さて……ここからが本番だな……)


 気持ちを引き締めて、透明になる魔法を僕、メイ、ソフィアに発動させる。


(インビジブル……!)


 心の中で唱えると三人は一瞬にして姿を消した。


(よし……!)


 うまくいったことを確認したところで僕はメイに声をかけた。


「それじゃあ、みんな行くよ……!」


 その言葉に三人は頷き返してきたので早速、行動を開始した。


(すぐに地下牢へ向かおう……!)


 そう思いながら僕は、みんなが頷くのを確認してから魔法を発動させた。


(テレポーテーション……!!)


 地下牢の場所は頭の中に記憶してあったので、それを元に、その場所まで転移するための魔法を実行した。


 ただし、その魔法は連続して発動できないが……。


 テレポーテーションを唱えた瞬間、視界が切り替わったかと思うと目の前には鉄格子が見えた。


(ここが牢屋か……思っていたよりも広いんだな……)


 辺りを見渡している僕にメイが言った。


「ゴーシュ様、こっちです」


 彼女に案内されるがままについていくと小さな部屋に到着した。


 そこは簡易的なベッドやテーブルなどが置いてあるだけの簡素な造りになっていた。


「ここで待っていてください」


 そう言って部屋の奥へと入って行ったメイを見送ったあと、残された僕たちは近くにあった椅子に腰を下ろした。


(それにしても見張りがいないな……)


 そのことを疑問に思った僕が首を傾げているとソフィアが話しかけてきた。


「どうやらここには誰もいないようね」


 その言葉を聞いた僕は再び首を傾げた後で問いかけた。


「どうしてわかるんですか?」


 その問いに彼女はこう答えた。


「簡単よ、人の気配が全く感じられないもの」


 言われてみれば確かにその通りだと思った。


 いくら王国の兵士がいないからといってここまで静かなものなのか?


 そんなことを考えていると奥から戻ってきたメイが言った。


「お待たせしました」


 彼女の手には鍵束のようなものを持っていた。


 それを見てすぐに察した僕は彼女に向かって尋ねた。


「もしかして、この中に?」


 するとメイは頷いてから答えてくれた。


「はい、そうです」


 そう答えるなり彼女は手にした鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。


 カチャッという音と共に扉が開かれると薄暗い廊下が続いていた。


「――行きましょう」


 メイの言葉に頷くと僕とソフィアは彼女の後について行く形で歩き出した。


(いよいよだ……)


 緊張しながらも足を進めていくと程なくして地下牢へとたどり着いた。


「ここです……」


 そう言いながら扉を開けるとそこには数人の人影があった。


(――いた!!)


 その中に見知った顔を見つけた僕は急いで駆け寄った。


「お父様!! お母様!!」


 呼びかけるも反応がない――というよりも意識がないようだった。


 よく見ると手足には枷のようなものが取り付けられており、そこから伸びた鎖が壁に固定されていた。


(これは一体……?)


 不審に思っていると隣にやってきたソフィアが小声で説明してくれた。


「おそらくだけど、魔力を封じられる特殊な拘束具でしょうね」


「……魔力封じの道具ですか?」


 確認するように尋ねると彼女は静かに頷いたあとで続けた。


「ええ、間違いないと思うわ」


 そんな彼女の言葉を聞きながら改めて二人の様子を窺うと顔色が悪いように見えた。


(それになんだか苦しそうだな……)


 そう思った僕は二人に向けて回復魔法を発動した。


(ヒール……!!)


 すると二人はゆっくりと目を開いた後で驚いた表情を浮かべた後で僕の顔を見た。


 そして――。


『――――』


 何かを伝えようと口を動かしていたが声は出なかった。


 そんな二人を安心させようと僕は微笑みかけながら言った。


「助けに来ました」


 しかし、やはりと言うべきか返事はなかった。


 それどころか僕の顔を認識できていない様子だった。


(やっぱり駄目か……)


 わかっていたこととはいえ、少し落ち込んでいると後ろから声をかけられた。


「ゴーシュ様? お二人ともどうかされたのですか?」


 振り返ると心配そうにこちらを見つめてくるメイの姿があった。


 そんな彼女に向かって僕は言った。


「――どうやら今の二人には僕のことが見えていないようだね……」


 それを聞いて彼女は小さく息を飲んだあとで申し訳なさそうに言った。


「すみません……」


「いや、謝る必要はないよ……」


 落ち込む彼女を慰めてから改めて僕は目の前の両親に目を向けた。


(どうにかしてこの二人を救いたいところだけど……どうすれば――)


 考えを巡らせていると不意にソフィアが口を開いた。


「……もしかしたら、何とかなるかもしれないわ」


 その言葉に僕とメイが視線を向けるとソフィアは真剣な表情を浮かべながら話を続けた。


「あくまで可能性の話なんだけど、一つだけ方法があるの――」


 そこまで言うと彼女は一呼吸おいてからさらに言葉を続けた。


「――それは私の力を使って彼らの精神世界に干渉するのよ」


 それを聞いた瞬間、僕は驚きのあまり言葉を失ってしまった。


 なぜなら彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったからだ。


(でも、よく考えてみれば確かに彼女は女神様だし、もしかしたら可能かもしれない……)


 そんなことを思いながらもソフィアに視線を向けたままでいると彼女は僕の心を読んだかのように言った。


「安心してちょうだい、ゴーシュ様。貴方の考えていることは大体想像がつくわ」


 そこで一度言葉を区切ると彼女は僕の顔を見つめながら続けて言った。


「たしかに私ならお二人の精神世界に入ることができると思うし、そうすればきっと救えるはずよ」


 その話を聞いて僕は考えるよりも先に口を開いていた。


「それなら今すぐお願いします!」


「わかったわ。それじゃあ、さっそく始めましょうか」


 そう言った直後、ソフィアは、お父様とお母様の頭に手を当てて目を閉じた。


(頼むぞ……!)


 心の中で祈りつつ待っているとやがて彼女が目を開けたので声をかけた。


「どうですか……?」


 すると彼女は大きく頷いてから答えてくれた。


「大丈夫よ! 成功したわ!」


 その一言を聞いて僕は思わず安堵のため息を漏らしていた。


 こうして僕たちは無事に両親を助けることに成功したのだった――。




  *




 無事救出に成功した僕たちは早速、帝国にある僕の屋敷へ向かうことにした。


 移動手段は透明化の魔法を使用した状態なので、人目につくことなく進むことができた。


 今は馬車の中で揺られているところだが、そんな中でメイが尋ねてきた。


「お父様とお母様を無事に救出できてよかったですね」


「そうだね。これで、やっと心に平穏を取り戻せるよ。剣闘士競技大会で優勝して貴族に戻らなければ、金銭の問題で、お父様とお母様の救出は実現しなかっただろうから」


 そう言って笑いかけると彼女も笑顔で応えてくれた。


「そうですね、わたしも嬉しいです」


 そう言ってくれるメイを見ていると心が温かくなったような気がした。


(まあ、実際に暖かいんだけどね……)


 というのも彼女の手が僕の手の上に重ねられているからだった。


(まさか、こんな風に手を握ってくるなんて思わなかったな……)


 そんなことを考えながらも彼女を見つめていると視線に気づいたのかこちらを向いてきた。


 目が合うなりお互いに照れてしまい、気まずさを覚えた僕は咄嗟に視線を逸らしてしまった。


(あ、あれ……おかしいな……? なんで顔が熱くなるんだ……?)


 自分でもよくわからないまま動揺していると突然、メイが話しかけてきた。


「あの……ゴーシュ様……」


「――っ!? あ、うん、どうしたの!?」


 なんとか返事を返すことができて内心ホッとしていると彼女は続けて言った。


「わたし、ゴーシュ様のことが大好きです……!」


 その言葉を聞いた瞬間、心臓の鼓動が激しくなったのがわかった。


(ど、どうしたんだ、急に……!?)


 今まで感じたことのない感覚に戸惑っているとさらに彼女は続けた。


「だから、これからも、ずっと一緒にいてくださいね?」


 そう言って微笑む彼女の顔を見つめながら僕は思った。


(ああ、そうか……僕は、やっぱり、この子のことが好きなんだ……)


 そう思うと不思議と胸のつかえが取れたような感じがしたので素直に答えることにした。


「もちろんだよ、メイ! 僕も君のことが好きだ! もう離したくないくらいね!」


 するとメイは頬を赤く染めながらも嬉しそうな表情で頷いてくれた。


「――はい!!」


 彼女の微笑みが僕を幸せな気持ちにさせてくれた。


(この笑顔を守りたい……ずっと一緒にいたい……)


 そんなことを考えていると不意にソフィアが言った。


「私は二人のことを応援していますわよ」


 その言葉に僕とメイは思わず顔を見合わせて笑ってしまったのだった。

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