第305話

「当たったよ!」


 亜衣の放った銀光の斬擊が、上空を飛んでいたアジ・ダハーカの翼膜を切り裂く。

 一瞬だけ遅れてオレの【神語魔法】による魔法弾も命中したが、こちらの特性は打撃に近い。

 ダメージはそれなりに有るのだろうが、目に見える戦果という意味では亜衣の魔法の方が上回った。

 いくらアジ・ダハーカの飛行が魔法に近いものだと言っても、翼が何の役割も果たしていないとは考えにくい。

 実際、派手に翼膜を切り裂かれたアジ・ダハーカは大きくバランスを崩して、不時着と言った方が良さそうな恰好で地面へと降りていく。


「よし、落ちた場所も悪くないぞ! 一斉攻撃!」


「おう!」

「うん!」

『了解!』


 兄が最近すっかり気に入ったらしい火魔法を乱射すれば、亜衣も負けじと縦横に薙刀を振るい銀光を飛ばす。

 マチルダが次々に放った矢は、色とりどりの魔法光を宿している。

 下手な鉄砲も……というわけでは無いのだが、オレも含めて全員が速射性を重視した魔法で攻撃しているせいか、非常に命中している魔法の数が多い。

 それによってアジ・ダハーカの傷口から這い出して来た漆黒のモンスター達は、横合いからエネアとトリアが範囲魔法できっちり仕留めていく。

 オレ達の猛攻の前に、さしものアジダハーカも再び空へと逃げようとしているかに見えたが、上空にはクリストフォルスの操るシルバードラゴンが油断無く控えている。

 安易に飛び立つことが得策とは言いにくい状況だ。


 刹那の逡巡。


 そこを衝いたのが『子ダンジョン』から出てきたカタリナ達だった。

 アジ・ダハーカの背後から、ワイバーン型のリビングドールに乗って接近し、全員でマギスティール。

 カタリナ、トム、沙奈良ちゃんが『子ダンジョン』から出陣するタイミングを報せるための合図が、オレと亜衣の放った銀光……つまりは【神語魔法】特有の魔法光だったワケだ。

 千の魔法を操るというアジ・ダハーカと戦っている以上、他の魔法では合図になり得ない。

 アジ・ダハーカが知らないだろう魔法という意味では【無属性魔法】も有るが、何しろ無色透明の魔法なので目的にそぐわなかった。


 まともにマギスティールを連続で浴びせることに成功したカタリナ達は、深入りを避けてアジ・ダハーカから離れ、オレ達のいる方へと飛んで来る。

 アジ・ダハーカは暫く異常なほど苦しんでいたが、突如ピタリと動きを止めたかと思うと……次の瞬間、ガバッと上体を起こして地面から飛び立った。

 一瞬、虚を衝かれたかのように反応が遅れたクリストフォルスの人形竜が追いかけながらブレスを放つが届かない。

 怒りに燃えるアジ・ダハーカは、それまでが擬態だったのではと思うほど速かった。

 オレ達も魔法を放って妨害するが、被弾に構わずカタリナ達の乗るワイバーンを追って来る。

 カタリナ達も限界までワイバーンを急がせていたが、ついに追い付かれてしまう。

 カタリナが、トムが、沙奈良ちゃんが放つ魔法もお構い無しに、大きく口を開いたアジ・ダハーカ。

 そのままワイバーンごとカタリナ達を呑み込み…………次の瞬間、オレに連れられて転移した亜衣の薙刀と兄の刀とに切り裂かれて見事に真っ二つになった。


 上下に綺麗に真っ二つ。


 ここまでは完全に狙い通りだ。

 この瞬間をこそ待ち構えていたマチルダが、エネアが、トリアが、クリストフォルスの操るシルバードラゴンが、そして今度こそ子ダンジョンから姿を現したのカタリナが、トムが、沙奈良ちゃんが、一斉に攻撃を加えていく。

 アジ・ダハーカが先ほど呑み込んだのは、カタリナ達の姿を模したリビングドールだ。

 もちろんオレも、兄も、亜衣も手を休めない。

 次々に着弾する大魔法が皆の本気を窺わせた。

 そんな中、オレは自分の限界まで同時発動させたマギスティールを次から次に叩き込んでいく。

 そうした理由は自分でもハッキリとは分からない。

 何故だか、それが最も良い気がしたとしか言い様が無かった。


 そして……ついにアジ・ダハーカの姿も、眷族の魔物の姿も全て消え失せた其処そこ


「やったか!?」


 兄ちゃん……それ、言ったら駄目なヤツだ。


「お義兄ちゃん、まだだよ!」


 亜衣も気付いたか。

 何もかもが消え失せたかに見えた其処には既に小さな……本当に小さな『蛇』が3匹、初めから其処に居たかのように、とぐろを巻いていた。

 漆黒の蛇。

 再び攻撃を再開するオレ達だったが、魔法もブレスも矢もチャクラムも、全て眼に見えない壁に阻まれて、全く蛇を傷付けることが出来ないでいる。

 そうこうしているうちに蛇は巨大化を始めた。

 初めは緩やかだった巨大化も、徐々にその速度を上げていき、ついには元のアジ・ダハーカのサイズさえ優に超える漆黒の大蛇となった。

 相対的にクリストフォルスの操るシルバードラゴンが、子竜のようにさえ見えてしまう程だ。


 仲間達は皆、いつの間にかオレの周囲に集まっていた。

 攻撃が一時的に全く通用しなくなったことで善後策を講じるために集結したのだろう。


『主様、コレは何ニャのですかニャー?』


「ヴリトラ……かな? 多分だけどさ」


「ヴリトラ? それはさっきまで戦ってたのとは別のモンスターなの?」


「亜衣さん、ややこしい話なんですが、アジ・ダハーカとヴリトラは別の神話体系に属する魔物で有りながら、それでいて全く同じ魔物の別名とされているんです」


『何よ、それ。じゃあ、ここまで来て仕切り直しってこと?』


「マチルダ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。そうでしょ? ヒデ」


「あぁ、むしろ戦いやすくなったかもしれないぞ。それに……皆、感じるだろ?」


「そうだな。さっきまでとは桁違いの力が全身に満ち溢れている。今なら……」


「そうね。今なら一気に倒せるかもしれない」


「今の私達なら精霊の王と謳われる存在すら喚び寄せられると思うわ。そうよね、姉さん」


「火の精霊だけは相変わらず無理そうだけれどね」


『それなら代わりに我輩が挑戦してみますかニャ』


『……不思議だね。皆に言われてみればだけど、私にもアレはもう獲物にしか見えない』


「ヒデさん、絶対に勝てます! 私が保証しますよ」


「ヒデ、オレは右のを貰うな」


「じゃあ、私は左だね~」


「オレは真ん中、か。さぁ……終わらせるぞ、皆!」


 それぞれから力強く返って来る声を耳に、オレは自分が狩ることになった中央のヴリトラを見上げ、自らの得物を構えた。


 今まで必死に積み上げて来た力を、ここで全て出し尽くすつもりだ。

 護る。

 そのために高めて来た力を……。

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