第290話

『ここは危険だ。早く逃げなさい。そっちの外国人女性は君の友人かい? そっちの女は怪しいな。あれ? 僕は何でこんなところに居るんだ? 無性にタバコが吸いたい……』


 武器を振るう手を休め、棒立ちになっているオジさん。

 次々に人形達が襲い掛かるが、ハエでも払うように刀を持っていない方の手で人形達を叩き落としている。


「アイ、油断しないで……ムオーデルに取り込まれた人間は来られない」


「でも……話が通じそうだよ?」


「よく聞いてて。そのうち破綻する筈よ」


『そちらのお嬢さんも日本語が堪能なんですね。やけにスタイルの良い女だ。モデルか何かか? ここは危険ですので、お二人とも避難して下さい。行くな。モンスターの大軍の進行ルート上であることが予想されています。行かないでくれ。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、ずっと身体中が痛いんだ! 何でお前達は僕らを死地に追いやっておきながら涼しい顔をしている!? 足の裏が痒いな』


「……ね」


「うん、確かにおかしいね」


 魔法の杖を持った女の人はケタケタと笑いはじめ、冷凍ガスを噴射し続けている男の人は悲しげな顔のまま言葉にならない雄叫びをあげはじめた。

 日本刀のオジさんは血の涙を流しながら、ブツブツと呟きはじめた。


『……おかしいだろ。ドラゴンて何だ、ドラゴンて。僕が死ぬなんてそんな結末は認められない。あれ? でも今、僕は何で生きている? いや、死んだ筈だろ。生きたままドラゴンに焼かれた。覚えている。カレーうどんが食べたいな。熱い。痛い。苦しい。いや、トマトは嫌いだ。痛い。息が出来ない。あぁ、トイレットペーパーな……分かってる。とにかく任務を遂行するんだ! 最近、釣りしてないなぁ』


 ……何だろう。

 とても悲しくなってきた。

 自衛隊の人が戦うのって、私もどこかで当たり前だと思ってしまっていた。

 当然だけど、この人達にも仕事以外の時間が有って、その時は私達と何も変わらない普通の人だったんだよね。

 自ら進んでモンスターと戦って、結果的に犠牲になった人と、ただただモンスターに襲われて亡くなった人とを、自分の中で分けて考えていたのかもしれない。


「アイ、駄目よ! 彼に同調しないで! 戦わなくちゃ駄目! 私達が間に合わなかったら、ヒデが死ぬわよ!?」


 ……ヒデちゃんが死ぬ?

 ヤだ!

 それだけはヤだ。

 そうだ……犠牲になった人達のことはたしかに心が痛むけど、私が戦っているのはヒデちゃんと壮ちゃんを守るため。

 ヒデちゃんを『ひとりぼっち』にしないために私はずっと追いかけている。

 それを忘れちゃダメだ。


「カタリナ、ゴメン! この人達を解放してあげよう。命がけで守ろうとしたものを亡くなってから、今度は壊すために戦わせられてるんだもん。あんまりだよ……」


「アイ、ヒデのことを口に出したのは悪かったわ。でも、そうでもしないと貴方が危うく見えたの。そうね、解き放ってあげましょう。良いように操られて……見ていられないわ」


『いつもそうだ! やってられない。僕が死んだのはコイツらのせいだ。ライターどこいった? 蝿がうるさい。僕ってこんなに強かったかな? 君達、まだ居たのか? 斬り刻んでやる。早く逃げろ! 俺に民間人を殺せというのか!? うがぁぁぁぁあ!!』


 残っていた人形を次々に斬っていくオジさん。

 いつの間にか、冷凍ガス担当の男の人は居なくなっていた。

 人形達にやられたみたい。


「アイ、もうそんなにもたないわよ! 杖持ちの女は私が倒すから、貴方はを何とか止めて! すぐに援護するわ!」


「うん!」


 人形達はまだ少しだけ残っているけど……カタリナがそうさせたのか、すごく複雑な動きをし始めてオジさんの日本刀の間合いの外を猛スピードで飛び回っている。

 攻撃より、人形がやられないことを優先しているみたい。

 それを横目に前に出た私は、オジさんにまっすぐ斬り掛かる。

 初擊は受け止められてしまった。

 カタリナが魔法を次々に放つ。

 女の人は狂ったように笑ったまま消えていく。

 オジさんはギリギリのところで魔法をかわして、私に斬り掛かって来た。


 速い!


 小手をねらうと見せ掛けての胴撃ち。

 この連擊を何とかかわした私は、いったん下がって薙刀の間合いを確保する。

 オジさんの剣技のベースは、剣道かもしれない。

 懐に入られてしまったら無事では済まなそう。

 日本刀の間合いでは私が不利だ。

 このオジさん……凄く強い。


 でも……ゴメンね。

 今はお互いの技を較べる試合の時間じゃない。


 カタリナの放った魔法は、今にもオジさんを捕まえようとしている。

 たしか……アストラルバインドとかいう名前の魔法だったと思う。

 幽霊や妖精みたいに実体の無いモンスターを捕まえるための魔法。

 今までカタリナが何回も使っている魔法。

 エネアやトリアの方が、同じ系統の魔法は得意らしいけど……カタリナだって私から見たら十分にスゴい。

 ここしかないっていうタイミングで放たれたアストラルバインドを、オジさんは日本刀で斬り裂こうとしている。

 さすがにムリだろうと思っていたら、信じられないことにオジさんは、魔法の鎖を真っ二つにしてしまった。


 本当にスゴい。

 ムオーデルになって強くなったのかもしれないけど、それでも魔法を斬り裂くなんて思ってもみなかったよ。

 思ってなかったから……私は薙刀をオジさんに向かって真っすぐに振り降ろしている最中だった。

 銀色の光を全身にまとって……。


 結局、オジさんが魔法を真っ二つにした次の瞬間、私の薙刀がオジさんを真っ二つに斬り裂いた。


 白い光に包まれて消えていくオジさんの顔は、何だか満足げで…………。

 あぁ、オジさんは呪いみたいな運命から解放されたんだなって、素直にそう思えた。


「アイ……これ、良かったら使って」


「ありがとう……って、え? あれ? なんでだろ?」


 カタリナから渡されたのは、カタリナのお気に入りのハンカチ。

 お義母さんが縫ってくれた、可愛いネコの肉球マーク入り。

 お揃いの物を私、マチルダ、エネア、トリア、沙奈良ちゃんが持っている。


 私の涙のせいで、カタリナのハンカチは少し湿ってしまった。

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