第284話
『トム、そっちのトカゲお願い!』
『承りましたニャー!』
「トリア、また頼む!」
「ヒデ、無茶しないで! 今はまだ早い!」
もう、てんやわんやだ。
アジ・ダハーカは悠然と構えていながらも厄介なことに、支援魔法で蛇王や眷族たる漆黒のモンスターを強化しオレ達を襲わせ、自らは高みの見物を決め込んでいる。
代わりに積極的な姿勢で戦線に加わった蛇王が強いのなんの……魔法だけではなくタルワールという長大な曲刀を使わせても超一流だった。
オマケにムチのように襲い来る肩の蛇もいる。
タルワール、両肩の蛇を自在に操り、魔法をも放ってくる蛇王は、今までに相対したどんなモンスターよりも完成された強さを誇る強者だ。
しかも傷付いても配下のモンスターが増えるだけだし、本人(?)の傷は即座に癒える。
捨て身の攻撃という言葉が有るが、文字通り防御を完全に捨てて、果敢に攻め立てて来るのだから堪らない。
それなら傷を負わせず拘束魔法で縛れば良いと思うかもしれないが、今まではどんな魔法も取り敢えず迎撃して無効化していた蛇王が選んで迎撃するようになっていた。
自らを傷付ける類いの魔法には全く頓着せず、縛る類いの魔法や魔力を奪うマギスティールなどの特殊な魔法のみ防ぐスタイルに変容している。
むしろ防御より攻撃に魔法を多く使って来るのだが、それがまた厄介だ。
各種の属性魔法に加えて精霊魔法も使いこなすうえ、今までに見たことも聞いたことも無いような魔法が次々に飛び出してくる。
自然、蛇王の相手はトリアの援護を受けながらオレが務め、漆黒のモンスター達の相手はマチルダとトムに任せきりになってしまっていた。
アジ・ダハーカの魔法で強化された眷族の魔物達は、全ての能力が今までとは段違いに強化されていて、先ほどまでは効いていたような魔法さえもまた効かなくなっている。
時折、後方に控えたトリアが大規模な魔法で一掃してくれているから良いようなものの、そうでなければ今ごろはトムかマチルダのどちらかは倒れていた可能性すら有るだろう。
『さすがにキツいね。トム、大丈夫?』
『とっくにヤバいですニャー。どっちみち頑張るしか無いのですけどニャ』
マチルダもトムも何度も傷を負い、その都度むしろ攻勢に出ては敵を押し返し、魔法で傷を癒しながら戦っている。
魔力や体力はともかく、精神的にキツい局面が続いていることだろう。
「トリア、悪い。助かった」
「悪いと思うなら無茶しないでよ。敵の親玉が本格的に参戦してくる前に……ってのは分かるけどさ」
オレも何度も窮地をトリアに救ってもらっている。
蛇王の多彩な魔法をまともに食らわずに済んでいるのは、トリアの援護が有ってこそだ。
今は各地の状況を【遠隔視】で確認しながら戦う余裕などは無くなってしまっているが、時折オレの力がグンと伸びる瞬間が有って、それは兄や亜衣達が余所で大物を仕留めたということなのだろう。
オレの【ロード】は既にスキルレベルが7に到達している。
兄達が、いわゆる『配下』になってから長いが、今まではオレの能力の伸びが『配下』に影響を与えていただけだった。
ところが、スキルレベルが7に到達してからは『配下』の能力の伸びに伴ってオレも強化されるようになったのだ。
オレが強くなれば皆が強くなるし、皆が強くなればオレも強くなれる。
欲を言うなら、もう少し早くこの恩恵が受けられるようになっていれば、あるいは今これほど苦労している戦闘も、もっと楽に戦えていたかもしれないのに……というところだろうか。
しかし【ロード】のスキルレベルが上がったのは、クリストフォルスの居た青葉城址のダンジョンを踏破した翌日、柏木兄妹がその日の最後に攻略したダンジョンが支配下に収まった時のことだったから、それは欲張り過ぎというものなのは分かっている。
1週間前、沙奈良ちゃんの提案で3チームにパーティを分けていなかったら、そもそも有り得なかった恩恵なのだ。
今日の防衛戦に間に合っただけでも良しとすべきだろう。
蛇王の相手をしているオレにチャンスが訪れるのは、そうした瞬間的な成長が起きた時や、マチルダやトムが加勢してくるタイミングに限られていた。
あるいはトリアが大規模な魔法を使って、無理やりにトムとマチルダと対峙しているモンスターを排除した時ぐらいだ。
それ以外は殆ど守勢に回っている。
全力を振り絞ればオレ単独でも攻勢に移ることは可能なのだが、それをしてしまうとアジ・ダハーカが本格参戦してきた場合に全く対処が出来ない。
オレが残している余力とは即ち、いまだ余裕綽々の態度を崩さない三頭の蛇龍に備えるためのものなのだ。
アジ・ダハーカが本気を出したら、取り敢えず1回は全員で転移し、態勢を整え直す必要があるだろう。
転移と言っても、底意地の悪い三頭の蛇龍が張り巡らせたドーム状の『檻』の中での話だが、緊急待避という意味では確実に有効な筈だ。
もしかすると、アジ・ダハーカが本格的な参戦をしないのは、その『檻』を維持しているためなのではないかとも思うのだが、思い込みがいかに危険かは嫌というほど痛感したばかりなのだし、そうした仮定はあくまで仮定として頭の片隅にでも置いておくぐらいが丁度良い。
オレ達がどうにか戦えているトリックは、蛇王もアジ・ダハーカも完全には分かっていないようだ。
蛇の様な狡猾さ、用心深さが、今のところはオレ達に利しているのかもしれない。
実際、ヤツらの計算は崩され続けていることだろう。
蛇王が焦っているような表情を浮かべ始めた。
崇拝する主の前での不手際。
さぞかし、不本意なことに違いない。
いや、ブラフということも有り得るな。
腰を据えて掛かろう。
……オレがそう思った矢先、転機は思わぬ形でやって来た。
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