第267話
悩みながらも戦闘を続行する。
普通ならば、それは悪手だ。
しかし……この時ばかりは、それが最善手に化けた。
シャープタイプゴーレムの繰り出した鋭いフックを躱しながら、置き土産として放ったオレの一撃が、これまでの攻防でゴーレムの体表に生じていた亀裂と亀裂の、ちょうど中間にヒットしたのだ。
そしてその一撃で新しく生じた亀裂が、左右の亀裂をたまたま繋げた。
亀裂同士が繋がったことが原因なのだろう。
ボトっと鈍い音を立てて、地面に落ちたモノは、それまで散々にオレを悩ませたアダマンタイトの装甲のほんの一部に過ぎない。
過ぎないのだが……それはオレにとっては天啓と呼ぶべきだった。
露出したのだ。
アダマンタイトの分厚い装甲の下。
そこには、これも見覚えのある光沢を持つ幻想金属……ミスリルの地肌(?)が隠れていた。
つまり、このゴーレムがゴーレムたり得るのは、アダマンタイトでは無くミスリルをゴーレム化したからだ。
アダマンタイトをゴーレム化するなどという、理論上不可能なことを可能にしたわけではない。
ミスリルをゴーレム化したうえで、アダマンタイトを『貼り付け』防御性能を飛躍的に向上させただけだった。
タネが分かれば、もう怖くは無い。
このまま戦闘を続行しても、恐らく勝つこと自体は可能だろう。
これまでは特に意識せず、隙を見付け次第あちこち攻撃していたわけだが、ここから四肢の付け根や首元あたりに攻撃を集中させていき、アダマンタイトの装甲を剥がすことに集中すれば、いずれはその下に隠れているミスリル部分の手足や頸部を破壊出来る筈だ。
そこまでやって倒せなくても、文字通り手も足も出ない状況なら怖くも何ともない。
じっくりとトドメを刺せば良いだろう。
しかし……だ。
ここはやはり『文字』を消し去り、短時間で決着をつけた方が良いに決まっている。
このダンジョンが何階まで有るのかすら分からない状況なのだし、この先どれだけ強いモンスターが待ち構えているかも分からない。
時間は有限なのだから、せっかく弱点のある敵ならば、そこを突いて早く戦闘を終わらせるに限る。
文字が見当たらなかったタネも割れたのだ。
恐らくはアダマンタイト製の分厚い装甲の下。
つまりはゴーレムの本体部分に『文字』が隠されているのだろう。
そして、それを探す手段がオレには有る。
【遠隔視】だ。
【遠隔視】は厳密には魔法では無い。
魔法では無いのだから……よし、有った!
魔法では無いのからには、たとえアダマンタイト製の装甲の下に隠れていようが『文字』を見付け出すことなど容易い。
左の脇腹部分あたりに『文字』は有った。
残念ながら左脇腹は今までの戦闘でつけた傷が無い場所だが、既に装甲の割り方自体は把握している。
自我のあるタイプのモンスターなら弱点を庇うような動きをしそうなものだが、そもそもゴーレムはそんなタイプのモンスターでは無い。
たまに飛んで来るリビングドールには注意が必要だし、シャープタイプゴーレム自体も決して侮れない相手ではあるものの、オレが目的を果たしてゴーレムの弱点を突くまでに要した時間は、それほど長いものではなかった。
◆
「……そんなのアリなの?」
「……な。でも、実際こうして有ったんだから仕方ないよ」
首尾よくゴーレムの『文字』を発見、消去することが出来たおかげで、そこからの戦闘は完全にオレ達のペースで進んだ。
残っていた取り巻くモンスターの数は多かったが、もともとオレ以外の3人でほぼ完封出来ていたところにオレまで加わったのだから、残敵掃討も非常にスムーズだった。
山のような戦利品を拾い集め、トムとオレの『空間庫』に収納したオレ達は、そこでようやく一息をつく。
『……とんだペテンなのですニャー』
「……まったくね。まさか、そんな抜け道があるなんて思いもよらなかったわ」
「オレが気付けたのも偶然だしな」
苦戦が予想されていたボス戦が結果的に早く終わったことに驚いたのは、何もオレだけに限った話では無かった。
なんなら一番驚いていたのは、アダマンタイト製のゴーレムというものがどれほど有り得ないものであるかを、正確に理解していたトリアだったことだろう。
問題は……
「問題は、この仕掛けが何も今回のゴーレムだけに限らないかもしれないことよね……」
「あ、そっか! どうしよう? こんなのウジャウジャ出てきたら、ヒデちゃんしかまともに戦えないんじゃない?」
『援護に徹するにしても限界が有りますしニャー』
……そう、それが問題だ。
柏木さんには、アダマンタイト製の武具作製を急いで貰ってはいるが、今朝の時点ではまだ妻の分も、トムの分も完成していなかった。
曲がりなりにもアダマンタイト製の武器を持っているオレは後回しにしてもらっているため、言うに及ばず。
現状では例の杭剣でオレが亀裂や露出部分を作っていき、そこを3人に攻撃してもらうぐらいしかないだろう。
もしも、階層ボス以外の魔法生物系モンスターにまで同様の処理が為されていた場合、著しく探索に掛かる時間が伸びてしまうのは想像に難くない。
「まぁ、有るかもしれないけどさ……無いかもしれないんだよね。だったら進もうよ。壁は当たって砕いちゃおう」
「そうだな。あくまで可能性の話なんだし、ビクビクしてても何も始まらないよな」
『アイ様はたまに、とても凄いことを仰るのですニャー。我輩も精一杯に頑張りますのニャ』
「そうね。どのみち、この迷宮を踏破しないと竜や巨人の進軍を止められないもの。もし、それが起こったなら恐らく沢山の犠牲者が出ることは避けられないわ」
そう。オレ達がここに居る理由は、あくまでスタンピード時の被害を最小限にするためだ。
有るかもしれない脅威に怯えて、そこを忘れてしまったら本末転倒というものだろう。
誰からともなく、立ち上がり先へと続く扉を開いたオレ達に、先ほどまでの不安げな表情はいつの間にか消え失せていたのだった。
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