第257話
さぁ、ここからが本番だ。
ジズが羽ばたく。
……よし!
アダマントの杭剣を残置した方の翼は、全くと言って良いほど動かせていない。
羽ばたき自体も攻撃となり得るのは、最初に見た通りだが、それが脅威になるのは両翼が揃っていてこそだ。
ジズ身体自体を盾にするべく、満足動かせていない翼の側に回り込み、そのまま槍を突き刺し吹き荒れる風の余波から身を守る。
それでもジズの身体は僅かに浮き上がったが、幸いそのまま空へと飛び立たれるようなことにはならなかった。
普段、両翼で推進力を得て巨体を空へと押し上げているのだろうから、それが急に片翼で出来るようなら苦労は無い。
もちろん翼の力だけでは無く、風の魔法の力も借りて飛翔しているのは、飛翔力学的にも間違い無いわけで、それをさせないためにもオレはある魔法を大量に撃ち続けている。
ジズを狙うのはやめた。
オレがアダマントの杭剣での奇襲と同時に放ち始めた魔法は『マギスティール』。
本来的には敵から魔力を奪うための魔法だが、今回のコレは応用だ。
先日【空間魔法】のスキルレベルが上がったことで使えるようになった『空間指定』を駆使して、ジズを狙うことを避けつつ周囲の魔素を……奪う。
これもある意味、ジズの片翼を
あの巨大過ぎるほどの身体を浮かび上がらせるために、ジズが体内魔力だけの力で飛翔しているのではなく、周辺の魔素を根こそぎ使っているだろうことは、ちょっと考えれば本来こうした分野の門外漢であるオレにもすぐに推測が出来るぐらいだ。
もちろん、こうして半分の飛行能力を奪ったぐらいでは、大空の象徴とまで言われているモンスターをいつまでも大地に留めておけると夢想するほど、オレも楽天家では無い。
ジズが次第に慣れて、最終的には完全に対応してくることをも想定している。
常に今よりオレに有利な状況を作り続けていきながらも、決して勝負を急がずに確実にジズの息の根を止めるために戦うつもりだ。
オレには最早、決定打になるような武器も魔法も無い。
いずれにせよ、コツコツとやるしか無い状況であるとも言えるわけだ。
ジズと地上で戦ううえで脅威となるのは、何も羽ばたきだけでは無い。
暴風の魔法もかくやと言わんばかりの羽ばたきだが、今や片手(翼?)落ち……むしろ警戒すべきは落雷の魔法をはじめとする各種の魔法と、鋭いクチバシ、それから四肢の揃った猛獣の爪だ。
グリフォンと形状が酷似しているという印象は変わらないが、何しろサイズが違う。
クチバシも爪も、充分な破壊力を有している。
さらには速度。
目で見てから躱すのでは、とても回避が間に合わないレベルの速さだ。
オレに【危機察知】や【見切り】が無かったら……いや、有ったとしてもスキルレベルが1つでも低かったら、到底これは避けきれなかっただろう。
魔法の方がまだ回避が容易なほどだ。
躱しきれない場合に備えて、常に発動待機の状態で【転移魔法】を準備しておく必要が有ったし、実際に何度も転移が無ければ危うい場面に見舞われた。
先ほどまで居たダンジョンの管理者の間に飛ぶような真似は、もう出来ない。
そんな隙を見せれば、ジズはクチバシで翼の動きを阻害しているアダマントの杭剣を抜き去るだろう。
実際、何度かそれを許しそうになっている。
すんでのところジズの行動を阻害し続けているのは、ティターンの残したピルムやタワーシールド、ムスカルアーマーなどの武具や倒壊したビルの瓦礫だ。
ジズがアダマントの杭剣を抜こうとする度に、オレはそれらを『空間庫』から取り出し、すかさず【投擲】する。
大して効いているわけでも無いのだが、これらオレが投げているモノは、ジズの巨体の割には細い首を弾くことが可能な程度には重い。
グリフォンとジズの見た目で最も差異がある点こそが、この細長い首だろう。
ジズのクチバシの攻撃が厄介なのは、この首の長さも関係しているわけだが、今はかえってそれがジズの首を絞めてもいる。
オレの魔法はジズの飛翔を妨げるのと、緊急時の転移で手一杯で、とてもジズへの攻撃には使えていない。
まぁ、使えたところで魔法も通用する相手ではないのは、とっくに思い知らされているワケなのだが……。
魔法が無理なら、自然とメインの攻撃手段は武器で……ということになる。
得物の槍での刺突はそこそこ効いているように見えるが、同じオリハルコン製の武具でも、剣での斬撃や鎚での打撃は効果が薄いようだ。
あるいは相性の問題かとも思い、神使樹製の柄で叩いたり、ミスリルの剣で斬ろうとしたが、これらは完全に徒労だった。
アダマントの武具が例の杭剣以外にも見つかっていたなら良かったのだが、トムの特殊能力をもってしてもアレ以外のアダマント製の武器や防具は見つかっていない。
結局のところ、いつもの得物で愚直に戦う以外には有効な攻撃手段は無さそうだった。
◆
ようやく……本当にようやく、ジズの翼が両方ともその機能を完全に失ったのは、夕日が沈む寸前というところだった。
【存在強奪】がジズからその存在力を奪い、反対にオレを次第に強化していく過程で、ジズの身体に深々と槍が突き立つようになってくれていなければ、この時が来るのはもっと遅くなっていたことだろう。
辺りはジズの流した大量の血液で赤黒く染まり、それを夕日が照らすことで更に不気味な色合いになってしまっている。
もちろんオレも無傷では済まなかった。
痛みは【痛覚耐性】や数々の戦闘の経験が有ったからこそ耐えられたのだろうし、出血は中位の造血ポーションが造れるようになっていたからこそ、何とか失血死を免れたに過ぎない。
柏木さんに作って貰ったミスリル製のチェインシャツは、完全に使い物にならないぐらいのレベルまで壊れてしまった。
対するジズも翼だけでは無く前脚や、片眼を失いながらも、どうにか立っているような状況だ。
ジズが魔法で傷を癒さないのは、恐らくは残置したアダマントの杭剣の影響によるものだろう。
これは嬉しい方の誤算だ。
しかし……ここまでやっても、いまだに彼我の力関係が逆転するまでには至っていない。
つまりジズにトドメを刺すには、依然あと一手足りていないのだ。
それを補うべくオレが採った手段は、再びの【転移魔法】だった。
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