第237話

 その次に攻略したダンジョンも、さらにその次のダンジョンも空振り。


 一応、無策に選んでいるわけではない。

 ダンジョンの規模が大きい順に選んでいるのだ。

 それなのに本命の守護者に行きあたらないのだから、この結果はもう仕方ないだろう。

 小さい方の2つのうちどちらか……どちらかの守護者が好戦的で、もう片方の小規模ダンジョンを呑み込み地力を養ってから残り3つに格上挑戦を仕掛けたと見るべきか。


 まぁ、守護者の強弱とダンジョンの規模は必ずしも一致しているわけでは無いのだし、そもそも推論として正しいのかどうかは知る由もない。

 トリアやカタリナはともかく、エネアに関して言えば完全にダンジョンの規模と守護者の実力の釣り合いが取れていなかった。

 基本的には大規模なダンジョンの方が、強い守護者が居る可能性が高いの話だ。

 どのみち残った2つのダンジョンを、今日中に両方攻略することぐらいは充分に可能なのだし、悩んでいないで動き続けた方がまだマシだろう。


「トム、どっちに居ると思う?」


『ニャニャニャ……さっぱり分からないのですニャー』


 ちなみに2番目に攻略するダンジョンを決める際にトムの『野生の勘』にも頼ってみたが、結局オレと同じで規模の大きなダンジョンを指し示していたので、恐らくアテにはならない。

 ここまで知恵が有ると野生では無く理性で動いているのだろう。


「そっか。じゃあ……こっちにするか」


 完全なる当てずっぽう。

 元はコンビニだった建物だ。

 ある大手コンビニエンスストアー独特の見た目をしている。

 ダンジョンになる直前に何になっていたかは忘れてしまったが、コンビニが潰れた後に介護用品を扱う店になっていた時期が有るのは何故か覚えていた。

 その後も何度か借り手が変わっていた筈だ。


 こちらに決めた理由は単に近かったからに過ぎない。

 この規模の建物なら、良いとこ5階層ぐらいまでだろう。

 もしこちらのダンジョンに守護者が居なくても、それはそれで別に構わない。

 次のダンジョンには必ず居るわけだし、そこまで攻略に時間が掛かりそうなダンジョンというわけでも無いのだから……。


 ◆


『ようこそ、おいで下さいました。私めが此の迷宮および周囲の守護者を務めております者。管理者様におかれましては、此度は如何なる御用向きでしょうや?』


 また大時代的な喋り口調のが出てきたものだ。

 実際、オレ達の目の前に現れた守護者は、恐らく相当に長生きしたのだろうと思う。

 寿命を超越してまで生き続けることを選ぶぐらいには理知的であり、それ以上に野心家なのだろうことも想像に難くない。

 まさかこれほどのに丁寧な口調で話し掛けられることになるとは、少し前までなら想像すら出来なかったぐらいだ。


 ──リッチ。


 一般にそうした名前で知られているモンスターが目の前にいる。

 しかし、それはおかしな話だ。

 アンデッドモンスターの存在は、つい最近までの世界では確認されて居なかった筈。

 このリッチが守護者であるのなら、このダンジョンが踏破済みとして扱われているのは辻褄が合わない。

 20年間アンデッドモンスターがとされていたからには、ここのダンジョンボスもアンデッド以外で無ければおかしいのだ。

 たとえ身代わりのダンジョンボスを用いていたにしても……守護者と同じ姿をしているのが身代わりモンスターである以上はリッチにしかならない。

 しかもそれだと普通の探索者が勝てるワケが無いのだ。

 不思議で仕方ないが、ちょっと考えて答えが出るような問題でも無さそうではある。


 何はともあれ……


「今日はこのダンジョンはじめ、周囲のダンジョンを管理者直轄にさせて貰うために来た。【交渉】に応じてもらえないだろうか?」


 ……まずは用件を伝えなくては始まらないだろう。


 案外に話の分かる相手だったりするかもしれないし、カタリナのように何かやむにやまれぬ事情が無いとも言い切れない。

 ハナから敵と決めて掛かるのは悪手だ。


『……管理者直轄に? またまた、ご冗談を』


「わざわざ冗談を言いにこんなところまで来るわけがないだろ。どうだろう? いったんオレに守護者権限を譲ってはくれないだろうか?」


『お断り申し上げる。私めは位階を高め続けることで再び肉の身体を手に入れ、元の世界で君臨する腹積もりが有りますれば……手始めに得たこの付近の迷宮を手放すわけには参りませぬ。何卒なにとぞお聞き分け下さいませ』


 ……このままだと話は平行線に終始しそうだ。

 こうまで今の地位に拘泥こうでいする理由も、生者の身体を取り戻しで栄華を極めることとあれば、オレがどんなに好条件を出しても答えは変わらなそうではある。

 ここらで【交渉】を打ち切って【侵攻】に切り換えるべきなのかもしれないが、こうも相手に低姿勢でいられると、やりにくいのも事実だった。


『主様の軍門に降ることは決して恥では無いのニャ。それに主様に尽くせば、ここらのダンジョン全てを保持するよりも確実に早く強くなれるニャー』


『薄汚いケット・シーごときが我と同等なつもりで口をきくで無いわ! 貴様ごときと違い、我は自力で位階を高めゆくことなどいくらでも出来る。たかが運良く亜神に成り上がった小僧にシッポを振る謂われなど無い!』


 ネコはシッポを振らないけどな。


 いつぞやのホムンクルスの悪魔遣い同様、慇懃いんぎん過ぎるほどに慇懃な低姿勢はあくまで擬態。

 まんまとコイツの本音を窺い知ることが出来た。

 手酷く叱責されたトムには気の毒だが……って、トムのヤツ。

 後ろ手にサムズアップを決めてやがる。


 ……ネコの手なのに器用なものだ。

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