第182話
少し前までなら裸足で逃げ出していたであろうモンスター達も、今となってはオレの力を高めるための糧でしかなくなってしまっている。
ワイバーンがエネアの魔法で墜落したのを合図に始まったこの戦闘も、一方的とまではいかなかったが、結局かすり傷すら負うことなく終えることが出来た。
オレはこの頃、すっかりモンスターの群れに囲まれながら戦うことに慣れてしまっているし、エネアの魔法による援護も非常に的確だ。
最大戦力のワイバーンが真っ先に無力化されてしまえば、その他のモンスターにはさほど苦労するものは居なかった。
問題は派手に戦っているせいで、続々と集まって来ている後続の群れが幾つも有ることだろう。
一応ここに来る前は、ある程度モンスターを避けて進むことも考えていたのだが、戦闘を重ねる度に戦力を増していくオレの特性上、本当に手に負えない状況以外では戦いを回避する意味は薄かった。
そのため開き直って派手な範囲魔法なども使ってしまったのが、いけなかったのかもしれない。
まさか、ここまでモンスターの数が多いとは思っていなかった。
それもゴーゴンや各種ゴーレムなど、頑丈で生命力の高いモンスターが多い傾向にある。
ワイバーンの飛来も一度や二度の話では無く、毎回エネアも撃墜に成功するとは限らない。
ハーピーや、ガーゴイル、挙げ句の果てにヒポグリフなど、ワイバーンの他にも空から来るモンスターの数は、時間を追うごとに増えているのだからなおさらだ。
しかし不思議なことにエネアはモンスターから、全くと言って良いほど狙われない。
これは恐らくエネアが『選別』の対象では無いからだろう。
もしエネアがモンスターにしつこく狙われるようだったら、撤退する必要も有っただろうから、これは非常に有り難かった。
おかげで、オレは常に数の不利にさらされながらも、迫り来るモンスターの撃破のみを考えれば良い分だけ、戦闘に没頭しやすかったとも言える。
そして、そうした状況下でのオレは、常にも増して集中力が冴え渡っていく。
◆ ★ ◆
奇妙な人間……。
最初はそう思っていた。
森と共に生きるニュムペーの私にとって、異なる世界に無理やり連れて来られ、しかも造り物でしかない森を内包した迷宮の守護者として過ごすのは苦痛でしかなく、それでも長い寿命のうち少しの間だけこうした不自由を味わうぐらいのことは、どうにか許容し得る苦行とも言える。
仮にも神籍の末端に連なる者として、世界の危機を傍観するだけというのも、どうかとは思う。
だからこそ、義務を果たすだけ……そう考えるように自分に言い聞かせてみたのだが、それでもつらいものはつらいし、退屈なものは退屈だった。
半ば眠るようにして過ごしていた私を起こしたあの男。
少しばかり顔の起伏は乏しいが、それでもそれなり以上に顔の造形は整っていたし、それより何より、今まで見た人間の誰よりも濃密な魔力を持っていた。
それでも全身全霊をもって立ち向かえば、恐らくは私が
なのに男の放つ思念の強さが、私に手向かいを躊躇わせた。
この男の前途を遮ってはならない。
何故か強く、そう思ってしまったのだ。
彼の提案に唯々諾々と従うことにしたのも、分体を同行させて見守ることにしたのも、完全なる気紛れ。
気紛れの筈だったのに、今は心底そうしてよかったのだと思える。
見ていて飽きない。
有り体に言ってしまえば、非常に面白かった。
判定者として呼び寄せられた元の世界の住人たる魔物を屠るたび、その魔物の持っていた力の大半を奪いとってしまう。
ほんの少しの齟齬が彼の命の火を消してしまうような時も、不思議と幸運に愛される。
そして、ひたすらに抗い、戦い、勝ち、奪い、高め、そしてまた立ち向かう。
本人が自覚しているかどうかまでは分からないが、戦いに没頭する彼がその身を投じている精神領域は、ある種の神域だ。
ああして、無意識に己を戦うためだけの装置として扱うことの出来るものは、同等以上の強さを持つ者の中でも極めて稀なのだから……。
武器を振り回し、魔法を乱発しながら、魔物を葬り嗤う姿は、一見ひどく醜悪に映ることもあるが、それでいて全く逆に鮮烈な美しさを感じる瞬間さえある。
……酷く矛盾している男だ。
エネアを通して垣間見た彼の根底にあるもの。
それは他者を護ろうとする想いらしい。
なのに戦闘に身を投じている時の彼には、恐らくそんなものは見えていないだろう。
彼の道行きを見守ることは、私にとってはこちらにいる間、最良の時間の過ごし方になるかもしれない。
ならば私に出来る限りの手助けはしよう。
判定者の仕事とは何も間引くことだけではない。
こうした逸材を選び取り、育て上げることが本来なのだから……。
◆ ★ ◆
途中から記憶が曖昧になっている部分がある。
エネアに魔法で水を盛大に浴びせられて、我にかえったオレの足元に、赤黒い水が滴り落ちていく。
また夢中になって戦ってしまったようだ。
鉄錆び臭い匂いが鼻を突くが、オレはどこにも傷を負っていないようだった。
だとすれば、これらはオレが倒した異形どもの返り血。
全身に充溢する力は、行く手を阻んだモンスターから奪い取ったもの。
何度となく【解析者】の声が聞こえた気もするが、あまりよく覚えていない。
気付けば見慣れた温泉街の、しかし見たことも無い閑散とした光景が目の前に広がっていた。
目指すダンジョンは既に目と鼻の先。
それなのに、ダン協の支部が有った場所……倒壊した建物の瓦礫の上に悠々と腰掛けているモノは、思わず目を疑うような存在だった。
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