第4章

第172話

 深夜までオレを待ってくれていたため、兄や妻は少し眠そうではあったが、予定していた行動は変えられない。

 今日は、兄が発見した湖畔ダンジョンの先に避難している生き残りの人々を救出に向かうことになっていた。


 マチルダ本人の申し出で、マチルダも救出隊に加わることになる。

 マチルダは思いの外、簡単に人々に受け入れられた。

 本人の性格も有るが、スタンピード時にオレと繰り広げた激闘を見ていた人ほど、彼女の参入が大きく自分たちの生存確率を上げることになると分かっていたためだと思う。

 もちろん難色を示す人もいるにはいた。

 それでも彼らが最終的に賛成してくれたのは、普段は空気を読むことに長け不用意な発言を滅多にしない沙奈良ちゃんが、珍しく積極的にマチルダを受け入れる方針に賛同してくれたのが大きかっただろう。


 間引きを入念におこなったことに加え、救出隊には兄や妻もいることだし、マチルダまで加わったとなれば、救出隊の陣容は万全と言える。

 そのおかげでオレは心置きなく、最寄りのダンジョンの『調整』に向かうことが出来た。


 ◆


 第8層の階層ボスの間……ダンジョンに入るなり一気に【転移魔法】で、ここに飛んで来たオレは、そのまま奥の扉を開け守護者用に用意された居室に足を踏み入れる。

 そのまま生活の痕跡の無い守護者の部屋で、椅子に腰掛け悠々と『本』を開いた。


 やるべきことは既に把握している。


 まずは魔素の配分調整……ダンジョン外への流出を皆無に設定。

 ダンジョン外でのモンスターの発生は、今後しないように設定する。

 これで、このダンジョンの支配するエリア内においては、人々の日常生活の安全が以前通りに保証された。


 次に、第1層から第8層までの魔素供給量を正常化する。

 これで普段通りのモンスターリポップが行われるようになった。


 ダンジョンの構造や、出現モンスターの構成については守護者の権限では変えられないようなのは残念だが、既にオレが攻略しているダンジョンだ。

 兄や妻が鍛練の場として使ううえでの不都合はあまり無いだろう。

 まぁ、当面は第6層までで地力の強化が必要だろうが、兄に関しては魔法に関連する能力さえ上がれば、すぐにでも第8層に出入りすることが出来そうではある。


 次回スタンピードについても日程が判明した。

 明後日だ。


 非常に危ないところだった。

 もし攻略が間に合わなければ、日程も不確かなまま、天使や悪魔の大群に、周辺ことごとく更地にされることになっていたかもしれない。


 スタンピードに回す魔素の貯蓄は吸血鬼もあまり行っていなかったようだが、改めて0に設定し直す。

 管理者という上位権限を持っていた自称亜神の少年が既に貯蓄していた分は、各階層に均等に分配した。

 これでスタンピードに伴うモンスターの異常増殖は行われない。

 問題は通常どおりに発生するモンスターが、スタンピード開始と同時にダンジョン外へと出て行くことだが、その前に徹底して間引きを行えば良いだけの話だ。

 あとは当日リポップする分のモンスターの排除を12時間、ダンジョンの出入口でしっかりと行えば良い。


 それにしても……このダンジョンの魔素産出量は圧巻の一語に尽きる。

 もともとが管理者の座所として作られたダンジョンだからだろう。

 さらに、探索者が攻略を進めれば進めるほど、ダンジョン内の魔素はその濃度を増していくらしい。

 元から潤沢な量の魔素を内包していたこのダンジョンを、オレや兄達が攻略していくことで、ちょうど液体を撹拌して濃度を上げるような要領で高めていたらしい。

 一部はモンスターのドロップアイテムや宝箱の中身の高品質化で還元されていたらしいが、このダンジョンが階層数の割に強いモンスターだらけだったのは、このあたりの事情が関係しているようだ。

 特に第7層以降の難度が跳ね上がっている理由は、オレ達が熱心にダンジョン通いを続けたからに他ならない。

 ダンジョンを探索しなければモンスターに立ち向かう力は得られないのに、ダンジョンを探索すればするほど、そのダンジョンの難易度が上がるとは……何とも厭らしい話だ。


 閑話休題それはそれとして……


 本来なら、ダンジョンの守護者を倒せばダンジョンそのものが消滅する筈だった。

 そうならなかった理由については全てが判明しているわけでは無いのだが、第一にマチルダから腐れバンパイアへの権限移譲が完全に終わらないまま、ダンジョン外へとオレがマチルダを連れ出したこと。

 第二に、その状態で暫定的な守護者として君臨していた吸血鬼をオレが打倒してしまったことが関係しているようだ。


 守護者権限の移譲は本来なら、前任者の打倒か、両者間の合意が必要らしく、マチルダが完全に死なないうちに逃走したことで、バンパイアが暫定守護者として、ダンジョンに認定された状態だったらしい。

 それならオレも暫定守護者……となりそうなものだが、昨晩『本』を読んでいてこの記述に気付いて、マチルダに権限を正式に委譲して貰っている。

 しかし……これらは、あくまでもオレがモンスターないしは、守護者として召喚された存在ならばの話だ。

 こちらの世界の住人が守護者を倒せば、ダンジョンは消滅する。

 それが本筋の筈なのに何故か、そうならなかった。

 この理由だけが不明だ。

 ……まぁ、ここに至るまでに散々オレがモンスターの存在力を強奪してきたのが関係しているような気はしている。


 何だかんだと認めずに来たが、オレはとっくに常人の領域からはみ出しているのだろう。

 それにしても、嫌な形で認識させられたものだ。


 そして……ある意味、ここからが今日の作業の一番のポイントになる。


 わざわざダンジョンの外に戻る必要は無かった。

 設定を終え、守護者の居住スペースから、階層ボスの間に戻ると、最優先でリポップさせられていたらしいバンパイアが襲い掛かって来た。


 よし!


 どうやら守護者で有りながら、オレは攻略者としても認識されるらしい。

 これで完全に、このダンジョンからのスタンピードは脅威にならないことが確定した。

 厄介なモンスターの多い第7層や第8層を間引きしようにも、オレがモンスターを倒すこと自体が出来なくなっていたら、かなり兄に無理を強いることになっていた筈なので素直にホッとする。


 ちなみに、このバンパイアは、昨夜オレが倒した腐れバンパイアそのものでは無い。


 は、あくまでも召喚された存在だった。

 もちろん、設定さえいじれば同一個体をリポップさせることも可能なのだが、さすがにそれはやめておいた。

 ヤツが言っていた通り、無理やり喚ばれたことだけは同情すべきだろう。

 目の前のバンパイアは、ヤツのデータを元に復元された劣化コピーで、自我も無いらしい。


 まぁ、オレが腐れバンパイアをリポップさせないのは……二度とあのカン高い耳障りな声を聞きたくは無かったからというのが、本音かもしれないが。



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