第168話

 代償……そんな言葉が不意に脳裏をよぎる。


 それほど、武器をミスリルの鎗に持ち換えてからの戦闘は、急速にオレが有利な状況へと変遷していた。

 相変わらずこちらの武器で弾くことの出来ないバンパイアの持つ細剣や卓越した魔法の腕前は厄介だが、もしそういったストロングポイントが無ければば、それこそ即座に一方的な展開になりかね無いほどだ。


 目に見えて治りの遅くなった傷。

 こちらの攻撃を恐れるようになったせいで、明らかに手数の減った吸血鬼。

 魔法すらも、オレへの攻撃より傷の手当てや自己強化に手数が割かれるようになったおかけで、時折オレへと向けられる攻撃魔法さえ回避するのが容易になってしまっているし、たとえ躱しきれなかったとしても簡単に癒やせる程度の受傷に留まっている。


 弱点を残すことで、長所を伸ばしていたのだろう。

 全てを平均化するよりも、長所を伸ばすことで一足飛びに高みへと至る……分からないでも無いが、いざこうして弱点を突かれた際のリスクを考えると、とても真似したくなる手法とも思えなかった。

 まさに代償だ。


 そもそも、バンパイアやリッチなどの高位アンデッドモンスターの一部は、生まれついてのモンスターというわけでは無いのだと思う。

 より高みを目指すための手段として、その『在り方』を変えた存在に思える。

 大多数のアンデッドモンスターは元が人間なのだろうが、ゾンビやスケルトンなどは明らかに望まず『在り方』を歪められた存在……対して、バンパイアやリッチは自らの選択で『在り方』を歪めた存在。

 有り得ないほどの強さの代償は、既に支払い終えているのだろう。

 今まで悪魔の知識か、はたまた今まで目にして来た創作物に由来する知識か……何故だか確信めいた感覚を得ていた。


 オレも決して他人事では済ませられない。

 以来……戦い、戦い続けて、必死で自らの力を高めて来たのだ。

 既に普通の人生は送れないところまで来てしまっているだろう。

 だが……それで良い。

 オレが普通の人間の領域を逸脱していくことで、息子や妻を……家族を守れるならば、それこそ、その程度の代償ならばくれてやる。


『【解析者】派生スキル【存在強奪】の到達ステージが昇格しました』


 オレの決意に応えるように、またも脳裏に響く声……望んだ分以上の力を、たびたびオレにくれた声……それは悪意の塊か、それとも純然たる恩恵か。


 最悪で最高なスキルが、このタイミングで寄越した力は圧倒的だった。

 今までは敵を倒したタイミングでしか奪えていなかった『存在力』を、敵を傷付けただけでも徐々に奪えるようになったのだ。


 すなわち……手にしたミスリルの槍が、腐れバンパイアを突き刺すたび、穿つたび、たとえかすり傷でも、ジワジワと彼我の力関係が変遷していく。

 それは魔法も同じ……光弾の魔法が吸血鬼を打つたび、吸血鬼の力は落ち、反対にオレの力は高まっていった。


 腐れバンパイアの顔が、オレの攻撃が当たるたび、死人しびとに相応しく、更に青ざめていく。

 苦悶に歪む。

 焦りからとも怒りからともつかない叫び声も徐々に力なく、弱まっていった。


 吸血鬼の剣の腕は意外なほどに卓越したものだったが、既にして完全に見切っている。

 魔法も既に脅威の度合いを大きく減じた。

 魔法を放つ時に、ほんの一瞬とは言え剣を振るう腕を休めるクセが有るんだよなぁ、コイツ。


 対して、振るうたびに技の冴えを増していくオレの鎗。

 徐々に差が縮まっていく彼我の魔力と魔法行使能力。

 そして技量の差で何とか誤魔化していたに過ぎない身体能力さえも、今では逆転しつつあった。


 このまま一気呵成に勝負を決めようと攻勢に出たオレを、突如として目の前に出現した1体のミスリルゴーレムが阻んだ。

 いくら名工に鍛えられたミスリルの鎗でも、同じミスリルのゴーレムは瞬殺できない。

 仕方なく魔法を連発して排除したが、その隙に腐れバンパイアは大きく後方に退避していた。


『……まさか、我が貴様のような者にここまで追い詰められるとはな。しかし……それもここまでだ。これだけは使いたくなかった。使いたくなかったが、分をわきまえず我に逆らった貴様が悪いのだ。後悔しながらその身を四散させて我の溜飲を下げよ!』


 ……な!

 腐れバンパイアがみるみる変態していく。

 耳障りで仕方なかった甲高いキンキン声が、野太く低く変わり、苦し気に呻き声を上げ始めたかと思えば、次の瞬間にはもう先ほどまでの眉目秀麗な優男の姿は無かった。

 青ざめていた顔色は赤黒く変わり、顔だけでなく露出している皮膚は全てが同様に変色し、さらには血管が至るところにボコボコと腫張している。

 細身で中背だった身体は2メートルを優に超える長身かつ筋骨隆々たる巨体に変わり、着ていた吸血鬼らしい吸血鬼をイメージさせる洋服は所々が破れ、残りも今にも張り裂けんばかりだ。

 長く伸びた牙はさらに長くなっていき、手足の爪も同様に鋭く長く伸びていく。

 体毛さえも長く太くなっていき、今や全身が毛むくじゃら。

 背中にはコウモリを思わせるグロテスクかつ巨大な翼を生やしていた。


 まるで巨大な悪魔のような姿に変じた吸血鬼を見て、オレは唐突にある伝承を思い出していた。

 バンパイアは狼やコウモリに変身する。

 ……まさか、こんな形に変わるとまでは思っていなかったのも事実だが。

 知識としてはそんな伝承もあるということを知ってはいたが、せいぜいが逃走や隠密行動のための手段としか思っていなかったのだ。


『……たかが人間相手に、まさかこの姿を晒すことになるとはな。こうなったからには生かして帰さぬ。生かしては帰さぬからなぁ!』


 唖然とするオレを憎々しげに睨む、先ほどまで吸血鬼だった化け物から放たれたプレッシャーは、今までのものとは到底比べ物にならないほどの圧倒的なものだった。

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