第142話
早朝。
オレは朝食も摂らぬまま、最寄りダンジョンを訪れている。
マチルダは酷く驚いた様子では有ったが、普段と変わらないテンションでオレを迎えてくれた。
「どうしちゃったの? こんな早くに。そんなに私に会いたかった?」
「いや、実は……」
嬉しそうなマチルダに事情を話すのは、何となく気が重かったが、オレの心配とは裏腹に彼女はアッサリとそれを受け入れた。
まぁ、最初だけは不機嫌そうな表情になったのだが……。
「マイコニドは魔法が苦手な人には厄介だもんね……仕方ないよ。行ってあげて」
「すまない。代わりと言っては何なんだけど……」
「なぁに、これ? もしかして食べ物?」
「あぁ、ちょっと変わり種のパンと、缶詰……って、缶詰が何かは分かるか?」
「……分かんないや。どうやって食べるの? この絵の料理が入ってるんだよね?」
「1つ、開けてみせようか。どれが食べたい?」
「うーん……あ、これ! 久しぶりに魚が食べたい!」
ひとしきり悩んだマチルダが選んだのは、サバの水煮が入った缶詰めだった。
サバの水煮なら、まぁそこまで当たり外れは無いだろうし、最初としてはなかなか良いセレクトだろう。
持ってきている缶詰は、全て缶切りの要らないタイプのものにしておいた。
缶ジュースなどでお馴染みのプルタブが付いているヤツだ。
いわゆるプルトップ式なら、まず指先を傷付ける心配は要らないし、何より缶切りの使い方を覚える必要性が無い。
『──プシュ』
小気味良い音が響いて、缶詰が開き中身が顔を覗かせた。
マチルダの顔がキラキラと期待に輝いている。
持ってきておいたフォークを渡すと、早速マチルダが味見をする。
「……ん? 変わった味だね……でもコレ美味しいかも!」
気に入ってくれたようで良かった。
持ってきたパンも菓子パンや、惣菜パンといったラインナップで、代わり映えしないメニューばかり食べていたマチルダには、良い気分転換になる筈だった。
「あと、これ置いてくな。文字は気にしなくて良いから」
「どれどれ……あ、私には読めないね文字だね。こっちの言葉かな? でも、凄く綺麗な絵だね~。ありがとう」
筒井から借りた別荘に置いてあった風景写真が多めの旅行雑誌や、高級リゾート地の紹介パンフレットだが、殺風景な部屋に暮らすマチルダの暇潰しにと思い、ついでに持ってきておいた。
写真についての説明は……まぁ、また今度だ。
「じゃあ、もう行くな? また明日」
「うん! また明日ね!」
満面の笑顔で手を振るマチルダに、控えめに手を振り返して第1階層へと【転移】する。
よし! キノコ狩り、さっさと終わらせようか。
◆
兄達に対する言い訳として、久しぶりにオレの家に立ち寄り、息子のオモチャや絵本などを残らず持ち出す。
たった2週間やそこらしか留守にしていなかったというのに、暮らす者の居なくなった自宅は空気が既に淀んでいた。
必需品でこそ無いが、有れば助かる物もそれなりに回収できたし、作業の間だけでも換気が出来たのは良かっただろう。
また戻れる日が来ると良いのだが……。
家族の待つ別荘地に戻ると、既に引っ越しが完了した住民の姿がチラホラと見掛けられた。
これまで家に閉じ籠っていた人が多かったからか、まだ早い時間にも関わらず外に出ている人々が居たのだ。
中には犬の散歩をしている人の姿もあった。
手早く朝食を済ませ、自宅から持ってきた物を『空間庫』から取り出す。
久しぶりのオモチャや絵本を息子に見せると、嬉しそうな顔を見せてくれた。
マイコニドの退治に行く前に、オレにはまだやることが残っている。
隣の別荘を使っている柏木さんの下を訪れ、ミドルインベントリーからファハンの落とした金砕棒を見て貰う。
オレも【鑑定】はしたのだが、表面の材質がオリハルコンという伝説上の金属であることが分かったためだ。
ちなみに芯材は魔鉛という通常の鉛より曲がりにくく重たい特殊金属。
オリハルコン含有の武器とはいえ、さすがにこのままでは使えたものでは無いが、柏木さんなら何とか出来ないかと思ってのことだった。
「……あのファハンを単独で?」
クールな柏木さんが目を丸くしている。
右京君は既にワンコ状態で目をキラキラさせてオレを見ているし、沙奈良ちゃんも柏木さんや右京君に劣らず驚き、そして興奮している様子だった。
さすがに軒先や、庭には置けなかったので、道路に置いているのだが、ここは別荘地の入り口
近くのため、ずっとは置いておけないだろう。
柏木さんの質問に黙って頷き、熟練の鍛冶師の見立てと指示を待つ。
「なるほど……オリハルコンか。久しぶりに見たなぁ。結論から言うと、時間さえ貰えれば解体は可能だ。宗像君、すまないがコレを裏手に置いてくれるかい? このままではウチの車が出せない」
いったんミドルインベントリーに金砕棒をしまい、指示通り柏木さんの仮住まいの裏手に場所を移すことにした。
「芯材は魔鉛です。そちらはそちらで使い道が有るかとは思うのですが、表面のオリハルコンを使って、新しい鎗や防具が作れないかと思いまして……」
「なるほど……やってみるよ。だが、以前はコレよりずっと少量のオリハルコンを槍の穂先にするだけの作業で、1ヶ月近く掛かってしまったんだ。悪いが、すぐにどうこう出来るとは思わないで欲しい」
「はい、それはもちろん大丈夫です。まずは分解して、実際にどれぐらいの量のオリハルコンが取れるか、ですね」
「ごく薄く使われているだけだとしても、まるごとオリハルコンの鎗が出来そうだけどね。さすがに全身を覆う鎧の分となると望み薄だろうが……それでも、部分的な防具なら幾つか作れるんじゃないだろうか」
「では、取り敢えず分解からお願いします。具体的な用途については、また後日ということで……」
「あぁ、精一杯に急いで、やらせて貰うよ」
「お願いします」
◆
柏木さんに金砕棒を預けた後、兄や妻、それから柏木兄妹と一緒に、今日の集合場所になっている境界地点へと向かう。
既に佐藤さんや上田さんなど、主だったメンバーは集まっていて、路上に車が何台か止まっている。
車の中にも見知った顔が幾つも見受けられた。
今日の作戦は……オレが主力として【火魔法】を中心に魔法攻撃。
オレ以外は、魔法の発動体の杖を使い回していくのと並行して、飛び道具主体で戦う予定だ。
打ち合わせをしながら少し待っていると、参加を予定していた全員が揃い、いよいよマイコニド討伐戦が始まる。
……そこで初めて目にしたマイコニドは、オレが想像していたより遥かに酷い見た目をしていた。
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