第98話

 さて……今日の午前中のダンジョン探索は、正直なところ不完全燃焼という感が否めないものだったのは事実だ。


 少しでも早く探索に行かなければ……という焦燥にき動かされるかのように、手早く装備を整えたオレは、これまでの最短記録を塗り替えるペースでダンジョンを駆け抜け、第5層……磯のエリアまで到達していた。


 もちろん丹念に探索すれば戦利品を多く得られるだろうが、それは明日の朝、このダンジョンに来る予定の兄達に任せることにする。

 今はとにかく進むべきだ。

 バレットバーナクルや、ホッパーシーアーチンなどは、回避しっぱなしで放置。

 どうしても進むのに邪魔なフライングジェリーフィッシュや、ゼラチナス・キューブなどは、仕方ないので排除して先を急いだ。

 最短ルートを強引に走り抜けていく。

 スタミナもスピードも、ついでにパワーも、以前のオレとは比較にすらならない。

 あっという間にフォートレス・ロブスター(要塞エビ)が待ち受ける第5層のボス部屋まで辿り着いた。


 今回は前回のように様子見をする必要性が全く無い。

 そのため、初めから遠慮無しに魔法主体で戦うことに決めている。


 まずは、フィジカルエンチャント(風)で敏捷性を向上させ、バレットバーナクル(弾丸フジツボ)などの被弾率を下げると同時に、この魔法の特性上どうしても僅かな向上率では有るが、腕力を引き上げる。

 そして、一気に接近しレクレスシュリンプ(無謀エビ)やバレットバーナクルが反応を示す前に、ワールウインド……旋風の魔法を放つ。

 前回よりは数を減らしていながらも、それでもビッシリとフォートレス・ロブスターの巨体に貼り付いた、バレットバーナクルだったが、風魔法に劇的に弱いのは既に把握済みだ。

 さすがにワールウインド一撃で倒せるほど、フォートレス・ロブスターは脆弱では無いが、バレットバーナクルはそうもいかない。

 ポロポロと剥がれ落ち、どんどんと白い光に包まれて消えていく。

 要塞エビの大掃除、第一弾は完了だ。

 ここでようやく、反応を示したのが、潮溜まりに潜んでいたレクレスシュリンプなのだが、もしフィジカルエンチャント(風)が無かったとしても、既に潜伏位置に見当がついている伏兵に奇襲されるほど、オレもトロくはなかった。

 魔法で敏捷が強化された今なら尚更というもの。

 アッサリ回避した後、着地点でビチビチもがいている無謀なエビに駆け寄り、鎗で1匹ずつ突き刺して終了だ。


 緒戦は圧倒。


 今回は取り巻きモンスターの中に、フライングジェリーフィッシュが居ないのもあって、非常に楽にここまで来れた。

 後は、いったん鎗をミドルインベントリーに収納し翠玉すいぎょくの魔杖に持ち替え、フォートレス・ロブスターが向きを変えてバレットバーナクルの射撃準備に入るまでの間は、遠間からウインドライトエッジ……風の光輪を雨の如く降らせていくだけだ。


 自慢のハサミも届きようの無い遠距離から連発される魔法にフォートレスロブスターは、みるみるズタズタになってしまった小山の様な巨体を動かし、それでも意外なほど素早く接近して来るが、それは飽くまでも巨体にしては……という程度。

 単純な追いかけっこでオレに追い付けるハズも無く、距離が充分に離れたタイミングで足を止め、すかさずウインドライトエッジを放つ。

 らちが明かないことに気付いたのか、バレットバーナクルの射出態勢を取るべく、オレに側面を向けようとジタバタするフォートレスロブスター。

 もちろん、それはオレの術中にハマったことを意味している。

 モタつく要塞エビに、こちらから一気に駆け寄りワールウインドを連発……角度の無いところから無理やりこちらに飛んできたバレットバーナクルもいたが、こちらに到達する前に、次々と旋風に巻かれて消滅していく。

 そして、今まさに弾丸の様に跳ぼうとしていたバレットバーナクルも、フォートレスロブスターにしがみついていた不発フジツボも、等しく同じ運命を辿ることになった。


 結局、無防備な横腹をこちらに晒すだけに終わった要塞エビの回頭だったが、このチャンスタイムは、まだ終わらない。

 散々にウインドライトエッジを近距離から放ち、さらにダメージを拡大させていく。

 さすがにバレットバーナクルの一斉射出に失敗したことに気付いた、フォートレスロブスターが盛大にもがく。

 オレは万が一にも、その物騒なハサミがこちらに届く角度、間合いを取られる前に、後退を完了させることにした。

 そして、また一方的に緑色の光輪を連発。

 にっちもさっちも……という状況に、さしもの堅牢な要塞エビも陥落寸前。

 またもやバレットバーナクルに頼る姿勢を見せるが、それは完全なる悪手だ。

 先ほどの同じ攻防の繰り返しで、残された貴重な弾丸役のフジツボばかりか、片方のハサミまでも失う結果となった。


 こうなればもうオレの勝利は約束されたも同然だ。

 鎗に持ち替え、エンチャントウェポン(風)を使い、素早く背後に回って急接近……フォートレスロブスターは既にまともな反応すら見せない。

 一連の攻撃がかなり効いているようだ。

 背面に貼り付いたバレットバーナクルが、まとめて飛んで来る前に、ワールウインドで旋風の弾幕を張り、フジツボどもを根こそぎ始末する。

 魔杖のブーストこそ受けられないが、バレットバーナクルぐらいなら、これで充分に殲滅させられるのは、午前の探索でも実証済みだ。

 そして後は、風の魔法力を付与した鎗で、突き、刺し、叩き、斬るを、ひたすら繰り返す。

 残されたハサミは、ウインドライトエッジで落とした。


 前回と同じく、終盤戦は作業のような感じになってしまっていたが、これは弱点を突かれながらも異常なほどの生命力を誇るフォートレスロブスターが凄いからだろう。

 最後の最後で鎗に頼ったのも前回と同じだが、今回はいわゆるマジックポイントの温存だ。

 前回よりよほど余裕が残っているが、この後のことを考えれば、たとえ僅かな違いでも魔力の温存は必須……この後、ついに第6層へと足を伸ばすのだから。


 暫く後……白い光に包まれて消えていくフォートレスロブスターに向かってワールウインドを放つ。

 要塞エビの腹部に残っているハズのバレットバーナクルを始末するためだ。

 前回はこのタイミングで、かなり肝を冷やすことになったからなぁ……。


 これが功を奏したかどうかは、正直なところ分からない。

 しかし、そうした心構えが良かったのか、宝箱に乗られているある物を見て、オレは思わずニヤリとしてしまうことになったのだった。

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