第89話
兄が温泉街のダンジョンから持ち帰った戦利品の山は、前回にも増してキラキラ輝いて見えた。
何しろ武具素材系、食料系が多い。
そしてドーピング剤、マジックアイテムであろうアクセサリー類、スクロール(魔)、各種の良質なポーション。
それより何より前回に同じく、結界柵は今の情勢下では最高の土産だろう。
早速、兄と手分けして、アンデッドモンスターが侵入可能に思える場所に設置していくことにした。
暗夜の作業だし、いまだに今朝の雪が尾を引いているのか酷く冷え込むが、今はそんなことも言っていられない。
さすがに【鑑定】を今から全てのアイテムに掛けるのは、時間的にキツいうえに、明日の探索にも支障が出かねないので断念。
そのため、見たことのないポーションの等級判定などは、明日の夜の探索が終わってからに回さざるを得ないのが心残りだ。
個人的には、結界柵はもちろんのこと、ウルブスファング(武器攻撃力強化アクセサリー)など、見たことのある有用なアイテムが今回も並んでいることが嬉しい。
これらは【鑑定】する必要が無いからでもあるが、既に実際に使ってみたことが有って、間違いなく生存難易度の低下や、戦力増強に役立つという確信が持てるからだ。
その他の実力未知数なアクセサリー類を1つずつ【鑑定】していく……が、眠気が酷いためか、どうにも捗らない。
さらに言えば、温泉街のダンジョンは探索難易度が、それほど高くないダンジョンだからか、有用なのは間違いないのだが、抜群の性能とまで思えるアクセサリーは無かった。
反面、武器や防具の素材となるアイテムや、食肉系のアイテムも入手しやすいようだし、ポーションの種類と等級については、最寄りのダンジョンより明らかに良いので、これは単にダンジョンごとに特性が違うという話なのかもしれないのだが……。
それでも11階層のボス、クルーエルベアから、今回はベアーズクローという、まるっきりウルブスファングの上位互換のようなアイテムが入手出来ていたりと、収穫と言えそうなマジックアイテムは確かにあるのだから、いつの間にか最寄りのダンジョンを基準にしてしまっていて、要求が贅沢になっているようだ。
そもそも、能力向上系アクセサリーの傾向が違うだけでも、今のオレ達にとっては得るものが大きい。
前回も取得していた頑健の腕輪は、対象能力こそ異なるが、盛運の腕輪と同じく、同系統の指輪系マジックアイテムの上位に位置する有用なアクセサリーだし、今回は同レベルのアイテムであろう巧妙の腕輪も新しく入手している。
他にもバイタリティ(生命力)の指輪、マインド(精神力)の指輪、デクステリティ(器用さ)の指輪も、それぞれ複数手に入った。
また、ゾンビによる負傷からのゾンビ化の原因がハッキリとしない今、同じく8階層のボスから得られたアンバーカメオ(耐呪アクセサリー)の価値は、否応なしに高まっている。
同じ耐性系では、耐暗のモノクル、耐眠のバンダナ、耐乱のハチマキ、耐毒のネッカチーフと、それぞれ1つずつでは有るが入手に成功。
……うん、やはり抜群のアイテムこそないが、質も量も良い。
眠いと人間、こんなものかもしれないな。
まだ目眩がするほどでも無いが、目ぼしいアイテムの鑑定は終わったと言えば、終わっている。
今日は、このあたりにしておくべきだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜……。
オレは、息子はもちろん、妻も起こさないように、静かに起き上がった。
まだ少し遠い……遠いが位置が良くない。
【危機察知】の反応の有る、ウチの裏手には民家が無く、そちら側に有るのは小川と、その川原だけだ。
ちょうど反応が発生したところと、ダンジョンとの直線上に位置するのがウチなので遅かれ早かれ、こちらに来るだろう。
物音を立てないように慎重に動きながら、居間に向かうと、そこには兄の姿が有った。
どうやら父は起きて来てはいないようだ。
兄は、いっそ凶悪と表現したくなるような、不機嫌な表情で、まるで睨んでいるかのような眼を向けてくる。
これは誰かを心配している時の顔だ。
この場合の誰かとは、つまりオレ達全員だろう。
「ヒデ、これ……強いのか?」
せっかちな兄らしく、端的な質問。
【危機察知】を取得してから日の浅い兄には、まだスキルの感覚だけで、敵の強弱を掴むことが、正確には出来ていないようだ。
「強いね……少なくとも、リビングアーマーなんかよりは余程。たぶんだけど、オーガあたりじゃないかな」
かく言うオレの感覚も、このぐらいの距離があると、少しばかり正確性には欠ける。
恐らくはオーガか、同クラスのモンスター。
この距離で分かるのは、せいぜいがその程度だ。
モンスターの現在地は、徐々に近付いて来ているが、川に苦戦しているのか、少し移動の遅いタイプのモンスターのように思える。
「……そんなもんか。オレが片付けるか?」
兄の基準からすれば、そういう反応になるんだな。
だが……
「魔法の方が有効なタイプの可能性も有るからね。今回はオレが行くよ。勝てないほどでも無さそうだし」
「……そうか。万が一、ヤバそうならすぐに退けよ? オレも居るんだから、無理はするな」
「了解……じゃあ、行ってくるよ。」
会話の途中でも、装備を身に付けるのは、お互いに滞りなく
フル装備でこそないが、とりあえず主要装備は身に付け終わっている。
最後に新緑の靴を手早く履いて、家の裏手へと急ぐ。
……?
先ほどから移動していない?
オレの気配に気付いて、待ち構えているのだろうか?
だとすれば、相当に用心深いのだろうし、鋭敏な感覚の持ち主か、あるいはそういったスキル、または能力を有しているのだろう。
奇襲で討伐出来たら、それがベストだったが、どうやらそんなに甘い相手ではないらしい。
いよいよ川原まで来てしまったが、モンスターの姿は見えない。
梟のピアスが暗視能力付与とかだったら、良かったのになぁ……。
そして【危機察知】の反応が、まるでジャミングでもされているかのように、ハッキリしなくなってしまった。
間違いなく、何かは居る。
反応が消えたわけではない。
そして戸惑い視線をさ迷わせているオレに向かって、急速に迫り来るモノに気付いた時には……既に手遅れだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます