第84話
単に探索するだけでも、いよいよ難易度が上がり始めるのが、この第3層からなのだが、妻も父も相変わらず安定した立ち回りを見せ続けてくれていた。
むしろ2人ともに前衛といった形で並び立ちながら、時には父が中心になって妻は援護……逆に妻がメインで戦っている時は父が上手くサポートに回っていて、その移行すら特に合図を必要とせずにスムーズに
よくよく見れば、斬撃中心で戦うべきモンスターが多い時には妻が、刺突や打撃が有効なモンスターが多い時には父が前に出ていて、完全に役割分担が為されているようだった。
同じ長柄の武器を扱う2人だが、こうして見ていると、敵との相性を常に考えながら動いているのが分かる。
決して身内びいきで言うのではないが、かなり高水準の連携だと思う。
それでもこの階層からは、敵の連携も本格化しているし、時折コボルトやゴブリンの中でも弓矢を扱うヤツらが出て来たり、意識が戦闘や移動に集中している時を見計らったかのように、ゼラチナス・キューブが網を張っていたりする。
もう少し苦戦するかと思っていた……というのが正直な感想だ。
実際には、またも全くの取り越し苦労だったわけだが……。
オークの部隊と戦闘中に横合いからジャイアントマンティスや、ジャイアントスコーピオンが群れて現れた時すらも、咄嗟にオーク達には妻が、虫型モンスターの群れには父が向かい、お互いがお互いを守りながら戦うことが出来ていた。
なお、カマキリやサソリが現れた通路の反対側にはゼラチナス・キューブが陣取っていて、慌ててそちらに退避した場合は、麻痺毒を受ける破目になっていた可能性も有る場面だったのだが【危機察知】持ちの父は勿論、妻もそれに気付いていたようだったのには、とても驚かされた。
「ヒデちゃん、ゼラチン倒しといて。こっちの豚さん達やっつけ終わったら、そっちの小部屋、調べるからよろしくね~」
こちらに指示を飛ばす余裕さえも有る。
しかも、だ……
「やっぱり有った。罠とか無いよね?」
この小部屋の中に宝箱があることまで、予測していたようだ。
ゼラチナス・キューブの居る方角の小部屋に宝箱が多い……とか、何らかの法則が有るのかもしれない。
「あぁ、特に罠も鍵も掛けられていないみたいだな。亜衣が開けるか?」
「そだね……いや、ヒデちゃん開けてよ。多分その方が良いの出そうじゃない?」
「だな。いつも、俺達が開けるより、カズが開けた方が良い物が出るんだ。ヒデもカズに劣らず運が良いみたいだからな」
どうやら、いつもは兄が宝箱を開ける係らしい。
父の話が本当なら、宝箱から出るアイテムはパーティ全体の運より、開けた人の運が作用するということになる。
最近、基本的にソロで探索しているオレよりも、父や妻の言うことの方が正しい可能性は高いだろう。
素直に頷いて、宝箱を開ける。
「お……これは確かに当たりだな」
思わず呟いてしまう。
【鑑定】したわけでも無いが、見た瞬間に当たりだろうと思えた。
比較的、入手しやすいアクセサリーでは無く、れっきとした防具だ。
グローブの上から身に付けられて、指の動きは阻害しない……つまり、どこか和風の造りをした籠手だった。
似た物を挙げるなら、戦国時代に用いられた当世具足の籠手が、最もこれに近い形状だろうか。
「やったね。ヒデちゃん、鑑定してみて~」
「うん」
あまり戦闘に参加していない分、魔法や鑑定に必要な、いわゆるマジックポイントを、ここまで全く使っていない。
ここで僅かなマジックポイントをケチって温存しておくより、鑑定してみて良いアイテムなら、早速これを今回の探索にも使うべきだろう。
「
「うわ、凄そうだけど、お義父さん向けだね~」
「だなぁ。とりあえず、お父さんが装備しといて」
「分かった……亜衣ちゃん、ゴメンな」
これも当面は使い回しだろう。
それでも父と妻に関しては、一緒にダンジョンに潜るパターンが定番化しているため、こうしたやり取りも慣れているようだった。
何ら関連性の無い名前の様でいて、効果対象や装備箇所は違えど、特性の良く似たこの3つの防具。
出来たら、それぞれ複数欲しいところだが、どうもどれも一点物の様な気がしてならない。
今は手元に来てくれたことに対して、ただ感謝する他に術は無いのだろう。
その後の探索には特筆すべきことは無く、順調に歩を進め、ついには階層ボスの部屋を残すのみとなっていた。
いよいよデスサイズ戦だ。
何ら気負うことも無く自然体のまま扉を開けた父は、そのままゆっくりと内部へと進んでいき、妻とオレもそれに続く。
ここでは父が前衛、妻は翠玉の短杖を構えて後衛、オレは妻の護衛役……というフォーメーションを取ることにしていた。
これは先ほどの宝箱が有った小部屋で、事前に打ち合わせしておいた格好だ。
まず先手を取ったのは妻。
いきなりデスサイズを狙って【風魔法】で攻撃……が、意外なことが起きた。
妻の放った魔法は、デスサイズに当たらなかったのだ。
続けて撃った魔法も、惜しいところで避けられてしまう。
驚いたと同時に、オレはあることに気付いた。モンスターの動向に気を配りながらも、妻の足元に視線を向けたが、妻は普通のダンジョン仕様のブーツを履いている。
新緑の靴は……父が履いていた。
「亜衣! お父さん! 前衛を入れ替えるよ! いったん、オレが前に出るから、その間に役割交代して!」
新緑の靴の投射武器命中率補正は、やはり魔法にも作用している。
これは、もはや確定と考えて良いのだと思う。
オレが前線で、のらりくらりと戦っている間に、準備が整ったのだろう。
妻が薙刀を
「ヒデちゃん、スイッチ!」
スイッチ?
あ、なるほど。
「了解!」
さすがに妻の方が、こうして声を掛け合い、前衛を交代することに、オレより慣れているみたいだ。
素早く前衛を入れ替わって、そのまま後退したオレは両者を守りやすい様に、父の斜め後ろに控える。
後は、さほど難しいことにならなかった。
父の放った魔法はデスサイズを確実に傷付けている。
妻は取り巻きモンスターを圧倒しながら倒していく一方で、デスサイズとも対等以上に渡りあっていた。
パリィアミュレットのアシスト付きなのもあるのだが、それより何より受け流すタイミングが上手い。
何でもかんでも受け流すことばかり考えていると、回避すべき時に回避するタイミングが際どくなったり、せっかく受け流したのに、反撃に移れなかったりするものだが、妻にはそうした間違いや、迷いが、ほとんど見られないのだ。
そうこうしている間に、取り巻きモンスターは全て姿を消し、デスサイズも今まさに光に変わって消えていくところだった。
終わってみれば、鮮やかな快勝劇。
しかしオレは……戦闘中に気付いたあることが、どうしても気になって仕方なかったのだった。
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