第30話 魔王様とモモちゃん

「やったわ、本当にダンジョンが使えるようになってる!」


 やっと調整が終わったと聞き、俺たちは久々にダンジョンへとやってきた。


「やっとだね」


 ルリハはウキウキと制御盤に手をかざし、レベル2のダンジョンを選択する。


「よし、今日からまたレベル2のダンジョンよ」


「と、その前に」


 俺はモモちゃんを荷物から出した。


「モモちゃん、ルリハに挨拶して」


「キュキュッ!」


 モモちゃんがクネクネと体を動かし挨拶らしき動きをする。


「え、それって、この前のモンスター!?」


 あからさまに嫌な顔をするルリハ。


「うん。使い魔にしてみたんだ」


「うっそ。良くやるわね」


 若干引き気味のルリハ。気持ちは分からなくもない。


「ほら、俺たちって二人しかメンバーがいないし、少しでも戦力になればと思って」


「そうね。戦力になってくれれば助かるけど」


 少しビクビクした顔でモモちゃんを見やるルリハ。モモちゃんは「キューン」と鳴いた。


「それとこれ、マスク」


 俺はルリハに鱗粉対策のマスクを渡した。


「ありがとう。私も魔王様を見て英気を養うわ」


 ルリハは鞄から薄い本を取り出す。


 まだ持ってたのかその本!


「よしっ、気力を充電できたわ」


「それは良かったね……」


 もはや突っ込む気も湧いてこない。


「行くわよ!」


 二人でマスクを装備し、ダンジョンに足を踏み入れる。


「この間の魔物だわ」


 出てきたのは、またしても蝶の形をした魔物、ポイズンバタフライだ。


「丁度いいわ。モモちゃんの力、見せてもらいましょ」


「キュッ」


 モモちゃんが俺たちの前に立つ。そしてじっとポイズンバタフライを見つめると、ムクムクと体が大きくなった。


「何、大きくなったわ」


 そういえば初めて会ったときもこれぐらいの大きさだった。ひょっとしたら、モモちゃんは大きさを自在に変えられるのかもしれない。


 ポイズンバタフライは体当たりをしようとしたが、壁のように立ち塞がるモモちゃんに阻まれダメージを与えられない。


「攻撃を防いだわ!」


「よし、いいぞ」


 続けて、ポイズンバタフライは目の前で羽ばたき鱗粉を出しはじめた。


「うわっ」


 だがマスクのおかげが毒は効かない。モモちゃんも鼻や口が無いせいか平気な様子で、

卵形の頭から針のような触手を伸ばし、ポイズンバタフライの羽を貫いた。


 ポイズンバタフライは地面に落ち、もがき苦しむ。俺はナイフでとどめを刺した。


「モモちゃん、よくやった」


「偉いわ、モモちゃん」


 モモちゃんの頭をナデナデすると、モモちゃんは嬉しそうに赤くなった……ように見えた。


「キュウ」


 なるほど。思った以上にモモちゃんは使えるかもしれない。





 何体かポイズンバタフライを倒し終えた俺たちは、三人でそのまま奥まで進み、地下二階への階段を降りた。


 中ほどまで来たところで、肩に乗っていたモモちゃんがひょいと床に飛び降りる。


「モモちゃん?」


 モモちゃんはトコトコとダンジョンを駆けていったかと思うと、立ち止まり床を見つめる。


「何だろう」


 モモちゃんの見つめている床を俺もじっと目を凝らしてみた。暗くてよく分からないが、床の色が微かにかわっている。


「もしかして、そこに罠があるの?」


「キュイ」


「偉いわ、モモちゃん」


 ルリハがモモちゃんの頭を撫でる。俺たちは、モモちゃんが見つけた罠を慎重に避けて通った。


 地下二階を探索し終え、地下三階へと階段を降りる。


 妙に湿ってじんわりと寒いエリアを警戒しながら進む。


「何だか不気味ね。ゾンビでも出てきそう」


 ルリハの言葉通り、手にサーベルを持ったスケルトン兵たちが奥からワラワラと出てきた。


「モモちゃん、壁!」


 モモちゃんに壁になってもらい、その間にルリハの炎壁ファイアーウォールで焼きつくす。


「ちっ、しつこいわね、あいつら」


 それでも倒せなかった二体を、ナイフで切りつける。


 ――ガキン!


 嫌な音。まさかとは思ったが、ナイフが折れてしまったようだ。


「マジか。こんな時に」


「マオ!」


 ルリハがスケルトン兵が落として行ったサーベルを俺に投げてよこす。


「ありがとう」


 俺はサーベルを受け取ると、その勢いのまま残りのスケルトンに切りつけた。


 スケルトンを倒すには、周りの骨を砕くだけでは倒せない。胸や額に埋まっている核を壊さなければまた再生してしまう。


 俺は慎重に狙いを定めると、一直線に赤く光る核を突いた。キラキラとスケルトン兵たちが消える。


「マオも、かなりナイフが上達したんじゃない。戦士に転職したら?」


 以前の体の時は前線に出て剣を振り回して戦ってたから、剣を振り回す方が慣れているといえば慣れている。


 でも何度もダンジョンに潜り体力はついてきたものの、まだまだ戦士としてやっていくにはスタミナが足りない。


「まさか。体力が持たないよ」


「肉体強化の魔法でも覚えたら?」


「そうだね、考えておく」


 確認すると、レベルが上がり5になっていた。そろそろ新しい魔法を覚えてもいいかもしれない。


「それにしても、こんなに沢山のスケルトンが出るなんて」


「前にも思ったけど、レベル2のダンジョンのわりにはハードよね」


「先生は調節したって言ってたのにな」


 襲い来るゾンビやスケルトンたちを倒し、地下四階へと進んでいく。


「分かれ道だわ」


「どっちに行けばいいのかな」


「あ、そうだ」


 昨日の夜のことを思い出す。確か、モモちゃんの体は分裂することができたはずだ。


「分裂!」


 俺が命令を出すと、モモちゃんが二つに分裂した。


「右と左の道をそれぞれ見てきて」


「キュイ」


 二つに別れたモモちゃんの体は、片方が右、もう片方は左へと向かって走る。

 

「モモちゃん、こんなことも出来るのね」


 しばらく待っていると、右に行ったモモちゃんが帰ってきた。

 モモちゃんはキューキュー言いながら俺のズボンを引っ張る。


「右に何かがあるみたいだな」


 慎重に右の道へと進むと、曲がってすぐの所に宝箱があった。宝箱を開けると魔女の帽子のようなものが入っている。


「ダイアナ」


 ルリハが投影機をかざすと、人工妖精が帽子の詳細を検索してくれる。ダイアナによると、この帽子は「魔女の帽子(黒)」というアイテムで、防御力と体力を上げる効果があるらしい。


「やったわ。防御力アップの帽子みたい」


「女の子用かな。ルリハがかぶってもいいよ」


「本当?」


 黒い魔女の帽子は、ルリハの赤い髪にピッタリだ。


「どう?」


「うん、可愛いよ。ルリハの赤い髪に映えてよく似合ってる」


 俺が言うと、ルリハは少し顔を赤くして、拗ねたように横を向いた。


「……マオってたまにそういうとこあるわよね」


 そういうとことはどういう所だろう。


「あれっ、奥にも宝箱が」


 よくよく見ると、暗がりにもう一つ宝箱がある。開けてみると女性用の胸当てが入っていた。


 金属でできたブラジャーのようなプレート。俺はその大きな二つの窪みを指でなぞった。


「これはルリハには合わないね。胸が……」


 言いかけてハッと口を噤む。


「胸が……なんですって!?」


 ルリハの頬がヒクヒクと痙攣する。真っ赤な顔が今にも噴火しそうだ。


「い、いや……これは戦士用だし? ルリハは魔法使いだからこういうのは使わないんじゃないかなぁ~って」


 慌てて誤魔化したのだが、ルリハはじっとりと不審そうな目を向ける。


「そ・れ・で? 胸がなんですって?」


 ヤバい。逃がさない気だ。上手いこと答えるまで逃がさない気だ。

 頑張って無い知恵を絞る。何とかして良い方向に言い換えなくては。


「い、いや、ルリハの胸は……ほら、まるで馬の放牧でもするかのような美しい平原……じゃなくて伝説の花が一輪だけ咲いているような断崖絶壁……じゃなくて、まるで瓶の中の愛玩妖精のように可憐で……」


 しどろもどろになりながら答える。


「要するに、小さいってこと?」


「そう! こじんまりしてて収納に便利……ぐほぅ!!」


 ルリハは俺の胸ぐらを思い切り掴んだ。


「アンタねぇ、さっきから全っ然褒めてないから!!」


「ご、誤解だ! 僕はただ……」


「キュウ!」


 すると突然モモちゃんの体が突然ビクンと跳ねた。


「モモちゃん?」

「どうしたの」


 ブルブルと震えるモモちゃん。しきりに通路の向こうを気にしている。


「そういえば、左の道に進んだほうのモモちゃんが戻ってきてないな」


「そうね……」


 俺たちは、先程来た道をじっと見つめた。


 まさか反対側の道に行ったモモちゃんに何かあったというのか?

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