第34話 魔王様と家捜し

「さて、クザサ先生の家を家捜ししますよ」


 鍵を持ってずんずんと歩いていくレノル。

 鞄の中でモモちゃんが「キュー」と鳴いた。


「あっ」


 そういえばモモちゃんの事をレノルに話すのをすっかり忘れていた。どのタイミングで切り出すべきか。


 俺はモモちゃんの喉を指でぐりぐり撫でてやった。モモちゃんはゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうに「キュウ」と鳴いた。

 

 そもそもモモちゃんはどこから来たのだろう。本当に俺の体の一部なのか?


 クザサ先生は魔王の体を研究していたと言っていたし、先生の家から逃げ出したのだろうか。


 とりあえずクザサ先生の家を家捜しすれば、色々と分かるかもしれない。

 

「着きましたよ」


 レノルが、黒い外観の一軒家を指さす。


「随分でかい家だな」


「教師って、そんなに儲かるんでしょうかね」


 鍵で門を開け、奥へと進む。しばらくすると、白い壁の小屋が見えてきた。


「ここがラボですね。ふむ、ドアに結界を張っていたようですが……」


 小屋の入口は、無理矢理こじ開けられたようにひしゃげている。


「壁ごと破られてるな」


「ええ。これはかなりの力技ですね」


 これを開けたのは余程の怪力の持ち主に違いない。


「これは」


 レノルがドアの前にしゃがみこみ、黒い毛を拾い上げた。人間の髪の毛にしては硬く、太い。


「獣の毛?」


「ふむ。先生の傷口からしてそうじゃないかと思っていましたが、やはり獣型の魔物がここを襲ったようですね」


 ラボの中に足を踏み入れると、ビーカーやら試験管やらの破片が至る所に転がっていた。恐らく、クザサ先生を襲った犯人が漁ったのだろう。


「魔王様の体は……ありませんね。やはり犯人に盗まれて」


「あ、あの、その事なんだけどさ」


 俺は鞄の中からモモちゃんを出した。


「キュキュッ!」


 モモちゃんがレノルに挨拶する。


「え……これはまさか、魔王様の体の一部?」


 レノルが不審そうな目でモモちゃんを見やる。やはりそうか。


「キュキュッキュ!」


「魔王様、これをどこで」


「校内で拾ったんだよ。一週間くらい前だったかな。もしかして、ここから逃げだしたのかもと思って」


「一週間くらい前? しかしクザサ先生は襲われるまで魔王様の体はラボにあったと」


 あごに手を当て考えだすレノル。


 レノルが言うには、クザサ先生が研究材料にしていた俺の肉片は昨日までここにあったらしい。ということはモモちゃんは……


「じゃあ、モモちゃんは俺の体の一部ではない?」


 レノルがモモちゃんを掌に乗せ、しげしげと見つめる。


「いえ、これは間違いなく魔王様の体ですよ」


 ……ってことは。


「じゃあ、魔王の体を持つ者は二人いたのか?」


 レノルは神妙な顔でうなずく。


「ええ。一人はクザサ先生。もう一人が、クザサ先生を襲った犯人なのでしょうね」


 魔王の体の欠片を持つ物は二人居た。


 クザサ先生と、クザサ先生の他にもう一人。そして恐らくそいつは一連の新魔王軍騒動で生徒たちを扇動した犯人でもあるのだろう。


「でも、どうしてクザサ先生を」


「恐らくですが……ここに魔王様のがあると思ったのでは?」


 レノルが言うには、いかに不死身の俺の体と言えど、本来ならば肉片だけで動くことなどできないのだという。


「魔王様の肉片が動くためには、魔王様の核が近くになくてはなりません」


 レノルが俺の胸の辺りをトンと押す。


「ですので私は、十五年前のあの日、他のパーツよりまず真っ先に魔王様の核を探し出し、そこから肉付けしていきました。核がある限り魔王様は何度でも蘇りますから」


「そうか……」


 つまりクザサ先生を襲った犯人は、肉片が動くのを見て核が近くにあると思ったのだろう。そして、その核をクザサ先生が持っているとふんで襲ったのだ。


 実際には、魔王の核は俺の体の中にあるのだが……。


 ひょっとしたら、最近やたら耳にするようになった魔王の噂も、魔王の核の持ち主を炙り出すための作戦だったのかも知れない。


「なるほど。色々と分かったよ」


「それは良かった」


 話は段々と見えてきた。


「ところでレノル、お前はいつまでここに居るのだ?」


 先生の家とラボをあらかた見終えた俺はレノルに訪ねた。


「いつまでって……当面はここに居ますよ。シスタの村の神殿は引き払いましたので」


 えっ? シスタの家は引き払った??


「ってことは、お前、本格的にこっちに住むつもりなのか!?」


 俺はびっくりしてレノルを見つめた。


「ええ。その方が魔王様も安心でしょう。それに、元々あの村にあんなに長居するつもりはありませんでしたし」


 あっけらかんと言ってのけるレノル。


「そうなのか?」


「ええ。初めは周囲の人間に怪しまれぬよう二、三年――長くとも五年で引っ越すつもりでした。魔王様の体が中々安定しないので長引いてしまいましたが」


 レノルは少し視線を落とす。


「魔王様、我々は人間の社会から外れた存在。人間とは寿命も違いますし、怪しまれたら終わりです。一つの場所に長く居ることはできないのです」


「……そっか」


 俺たちは、一つの場所に長く留まることは出来ない。


 今まで考えたことも無かったが――俺も、卒業したらすぐにここを離れるべきなのかも知れない。


「ええ。悲しいですが、それが現実です」


 俺はいつまでもここに居られない。


 だとしたら――



 なおさらそれまでに、何としてでも理想の青春ライフを手に入れなくてはいけないではないか!!


 こんな事にかまけている暇はない!


「レノル」


「はい」


「早いとこクザサ先生を襲った犯人を見つけ出すぞ」


 俺が言うと、レノルは嬉しそうに微笑んだ。


「はいっ」


 話は段々と見えてきた。後は、新魔王軍とかいう組織を魔王である俺に断りもなく作り、クザサ先生を襲った犯人を追うだけだ。

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