第36話 魔王様と対面
いよいよ恐れていたこの日がやって来てしまった。
俺は深呼吸をしてから、恐る恐る寮のドアを開けた。
「た、ただいま……」
ドアを数ミリ開けたところでカナリスが奥からでてきた。
「おかえりーマオくん……と」
カナリスは俺の後ろにいたレノルを見上げた。
「レノル先生、いらっしゃい。どうぞ」
レノルはカナリスに微笑み返す。
「こんばんは。では、お邪魔しますね」
二人が微笑むその間で、俺の心臓がうるさく鳴り続ける。
ついにレノルとカナリスが対面してしまった!
一応事前に連絡をしておいたので、カナリスも準備してくれていたのだろう。
部屋も片付いているし、ゆったりとしたローブにズボンという格好。いつもの服ではなく、少しでも男に見えるような部屋着を選んでいる。
「お茶でも入れますね」
「いえ、お気遣いなく。マオくんが部屋でどんな感じなのかと様子を見に来ただけなので、すぐ帰ります」
言いながらもレノルは上着を脱ぎゆったりと腰かけた。言葉とは裏腹に、長居する気満々である。
「カナリス、前にも言ったけど、レノル先生は僕の育ての親みたいな感じなんだ。僕はレノル先生のいた神殿で育ったから」
思わず早口で設定を捲し立てる。
「うん。聞いたよ。よかったら僕、席を外しますか? お二人積もる話もあるでしょうし」
カナリスが気を使って立ち上がろうとする。
「いえ、お気づかいなく。君からもマオくんの普段の様子を聞きたいですし」
「ぼ、僕からですか?」
キョトンとするカナリス。何だかレノルの雰囲気に圧倒されているようである。
「どうですか、マオくん。学校では上手くやれてます?」
「あ、はい。成績も良いみたいですし、寮でもクラスでも、転校したばかりで友達のあまり居ない僕と仲良くしてくれて助かっています」
正座をし、緊張した様子でレノルの質問に答えるカナリス。
「そうですか。彼はちょっと人見知りな所あるので心配していたんですが、それを聞いて安心しました」
会話が止まる。俺は落ち着かない気持ちでカップに口をつけながら二人の様子を伺った。レノルのやつ、変なこと言わないだろうな。
「あのっ、今日初めてレノル先生とお会いして思ったんですが、お二人ってどこか似てますね」
沈黙に耐えかねたのか、カナリスが突然そんなことを言い出す。
俺とレノルは顔を見合わせた。
「そうかな」
「それは初めて言われましたね。彼とは血も繋がっている訳でもないですし」
カナリスはもじもじと下を向いた。
「いえ、何となくですけど。ふわふわしてて優しそうなのに、どこかしっかりしているというか達観した感じがあるというか……不思議な感じがするんです」
「ふむ、なるほど。確かに他人には優しくするようにとは教えましたね。特に女性にはね」
クスクスと可笑しそうに笑うレノル。
「はは、そうですね」
そんな事教わった覚えはないぞ。
どんどん身に覚えのない設定が追加されていくので覚えるのが大変である。
「へー、それで二人とも人当たりがソフトなんですね。人生の師匠って感じ」
良かった。どうやらカナリスは俺にもレノルにもそれなりに好印象を抱いているようだし、レノルもそれを感じとってる。
このまま無事に済めばいいのだが……。
「そう言えば、お二人って、デザインは違うけど、同じ石のピアスされてるんですね」
「ゲホッゲホッ!」
お前っ。いきなりそこに突っ込むか!
俺がお茶を吹き出しむせているとレノルは俺の背中を擦りながら平然と答えた。
「ええ。田舎の神殿はあまり人も来ませんので、石を掘ったり加工したりするのを趣味にしていたんです。この石は北部で昔から邪気よけの効果があると言われている竜血石ですよ」
「へー、そうなんですね」
カナリスは俺とレノルのピアスをしげしげと見つめた。
実際には、この石は竜血石では無く、竜血石によく似た血涙魔石という魔法石である。
その効果は闇属性の封印。そのせいで俺は、元々闇と光、二つの属性の魔法を使えていたのに、今は光属性の魔法しか使えないのである。
「じゃあ、マオくんのピアスも先生の手作りなんですね。ふーん……」
カナリスは何かを言いたそうにチラチラとレノルと俺を交互に見た。探るような目。
ヤバい。ついにこのピアスが魔力制御装置だと気づいたのか!?
カナリスは俺の耳元でこっそりと囁いた。
「ねぇ、ひょっとしてさ……二人はその……恋人同士なの?」
「はっ!? ど、どうして!!」
「だって二人でお揃いのピアスをするなんて。それに先生の手作りだって……」
そう考えると確かに怪しい。
でも待てよ。魔物だとバレない為にも、俺がカナリスのおっぱいに興奮しているとバレないためにも、ここはそういうことにしておいた方がいいのかもしれない。
「えーっと、確かに先生は俺の大切な人なんだ。でも先生と生徒の関係だから、このことは内緒にしておいて欲しい」
脂汗を流しながら答えると、カナリスは力強くうなずいた。
「やっぱり! うん、分かった。僕、内緒にするよ!」
ホッと胸を撫で下ろす。
「……どうしたんです? さっきからコソコソと」
レノルが怪訝そうな顔をする。
「あー、いや? それよりレノル先生、外も暗くなってきたし、そろそろ」
俺は立ち上がり、レノルに上着を渡した。
「ああ、はい。長居をしてすみませんでした。紅茶ご馳走様でした」
レノルがようやく立ち上がる。
「じゃあ僕、先生を外まで送ってくるから」
俺はレノルと共に部屋の外に出た。
カナリスは笑顔で手を振った。
「うん、行ってらっしゃい」
良かった。どうやら無事に対面は終わったようだ。
◇
「な、別に俺の正体に気づいてないし、いい子だろ?」
俺はレノルの法衣を引っ張った。
「確かに、差し迫った危険は感じませんでした。貴方を信じ切っていて、好意すら抱いているように見えます。騙すのは容易でしょうね」
「だろ? 逆に彼女は味方につけたほうがいいと思うんだよ。色々と利用価値がある」
俺が主張すると、レノルはピタリと足を止めた。
「利用価値ですか。貴方にしては珍しいことを言いますね」
「そ、そうか?」
俺は目を逸らした。
レノルは空を見上げ、小さく息を吐いた。
「でも確かに一理あるかもしれませんね。もしこのまま二人の仲が深まれば、正体がバレたとしても、貴方を見逃してくれるかもしれない」
「じゃあ、二人であの部屋に住むことを認めてくれるんだね?」
「今のところは、ですけどね」
不満そうに顔をしかめるレノル。
「しかしあの金髪クズ野郎の種からどうしてああいう素直そうな子が出来るのでしょうね。余程、母親の遺伝子がいいのでしょうねぇ」
金髪クズ野郎とは酷い言われようである。
「男装して男子寮に潜り込むとは意外と度胸もあるようだし……」
と、そこでレノルが顎に手を当て何かを考え始めた。
「どうした、レノル」
「ふむ。良い考えが思いつきました」
「良い考え? 何だ?」
見上げると、レノルは真っ直ぐに俺を見て言った。
「魔王様、女装しませんか?」
風が吹いて、木々がざわめく。
バサバサと、ハトが空高く舞った。
「……は?」
俺は思わずレノルの顔をマジマジと見つめた。
一体何を言っているのだ??
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