第1話 魔王様、討伐される。
そもそもなぜ魔王であるこの俺が、下等な人間どもの魔法学園に通っているのかというと、事の始まりは十五年前まで遡る。
今からわずか十五年前――魔王として君臨していた俺は、誰よりも強く美しかった。
鏡を見れば、黒く艶やかな髪が光を放ち、神が作った最高の彫刻のように整った顔には、どんな宝石よりも美しい真っ赤な瞳が輝いていた。
美しいだけではない。限界まで鍛え上げられた不死身の肉体には、山をも動かすパワーが宿っており、闇の魔力が無限に蓄えられており、その力に誰もがひれ伏したものだ。
そんな俺の当時の日課といえば、水晶玉に勇者の姿を映し出しては、愛用の邪王神滅剣を手に高笑いすることであった。
「フハハハハ、ついに来たな勇者め」
水晶玉の中にはいつも、金髪で碧眼、黄金の剣を携えた男がいた。
男は全身に輝かしい金色のオーラを
こいつもまた選ばれた人間。魔王を倒すという使命を負わされた、俺と似たような存在なのだろう。
俺は勇者と戦う日が来るのを心待ちにしていた。
今まで何度もこの俺に挑むものはあったが、どいつもこいつも歯ごたえのない奴ばかりであった。
だが今度の勇者は期待できるかもしれない、そんな予感がした。
ようやく俺の相手に相応しい男が現れたのだと考えると、全身の血が沸き立つような興奮を覚えた。
最強たるこの俺に敵うとは思えんが、少しは遊べることだろう。
「四天王」
呟くと、すぐさま返事がある。
「はい、ここに」
膝をつき、頭を下げる部下たち。彼らは皆俺の忠実な部下達だ。竜人騎士、暗黒魔導師、狂乱キメラ、そして――
「ん、三人だけか。レノルは?」
四天王最後の一人、悪魔神官レノルの姿が見えない。
「ああ、悪魔神官殿なら、先ほど田んぼの様子を見に行くとか言って外へ」
思わず舌打ちをする。
「全く、こんな時に」
「長雨が続いてますからね。心配なのでしょう。すぐ戻ると思いますよ」
外ではいつの間にやらポツポツと雨が降り出していた。遠くからは微かに雷鳴も聞こえる。
「仕方ない。勇者以外のメンバーはお前たちで足止めしろ。レノルにも戻ったらそう伝えるように」
「ハッ」
「――勇者は、俺がやる」
「御意」
「フフフ。楽しみだな。ハーッハッハッハ!!」
俺は贅を凝らした玉座に腰掛け、勇者を今か今かと待ち受けた。
だが勇者はいつまでたってもやって来ない。
城の壁に打ち付ける雨音は段々と強くなってきている。
不安になり、そわそわと水晶玉を覗き込む。
「勇者のやつ、大丈夫だろうか?」
先程確認した限りでは、そろそろ城に着く頃合のはずなのだが、門番からは何の連絡も無い。
「ひょっとして雨宿りでもしてるのだろうか」
ここまで来て、よもや魔王討伐を中止するなどということはあるまいよな。
雨天決行なのか、それとも中止にするのか、それだけでも教えて欲しい。
「中止なら中止と、早めに知らせてくれればよいものを。全く」
再び水晶玉をのぞき込むも、水晶玉の中は真っ暗である。クソッ、壊れたか。
「いかがなされました?」
バンバンと水晶玉を叩いていると、竜人騎士が不思議そうに尋ねる。
「いや、水晶玉の映りが悪くて」
とりあえず壊れた物は叩けば直るという先人からの偉大な知恵に則り水晶を叩く。
「雷の影響で魔力波が乱れているのでしょう。窓の側に行けば繋がりやすいのでは」
「なるほど」
言われた通り窓際に移動する。
「ふむ、少し映りが良くなったようだ」
ザザッという音とともに映し出されたのは、雨の中、何やら金色の大筒を勇者たちがセットしているところだった。
勇者は大筒をセットし終えると、手で合図を出す。
「大砲か。ふん、火薬玉なぞが、この俺に効くとでも――」
だが大筒から発射されたのは、見たこともないほど巨大な光の塊だった。
「何っ」
何だあれは。
鼓膜が破れるほどの凄まじい爆音。大きく魔王城が揺れた。
閃光が辺りを包む。クソッ、辺りが見えない。どうなっている。
バチバチという雷音。
耐え難いほどの熱。
焦げるような匂い。
大きな振動と衝撃――
魔王城が、見たこともない強力な魔道具によって攻撃されたのだと理解した時には既に遅し。
自分の体が、見る見るうちに引き裂かれて行くのが分かった。
体だけではない。生まれてからこの方過ごしてきた魔王城が、難攻不落と呼ばれた魔王城が、見る影もなく吹き飛ばされていく。
痛みと熱さをその身に感じながら、俺は勇者を呪った。
「クソッ――クソッ!!」
生まれてからずっと、強者と剣を交えるのを心待ちにしてきた。それがまさかあのような魔道具で決着をつけられるとは。
頭の中に金髪の憎らしい顔が浮かぶ。
卑怯者め。お前は勇者であろう!?
俺と勝負をしろ!
その剣で、俺と。
俺と――
そこで俺の記憶は終わった。
こうして邪悪な
……というのは表向きの話。
俺は見事復活を果たした。ただし、子供の姿で。
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