四十七話 それぞれの戦場
アンデット強化から約一時間、未だ死者の一人も出していない各部隊の魔王達はその戦況とは裏腹に気持ちを酷く乱されていた。
「指揮を代われセイラ! 前線に出る!」
「第三部隊前へ! オルトロスは……」
「来いオルトロス!!」
「ちょっと!?」
西を任されていたオオダチとセイラ。特別大規模な広域魔法を得意としない二人は戦況を正確に見極め、戦闘員を巧みに操ることに長けている。
しかし、ミッドフォールが立てた作戦を遂行するには指示速度が何倍にも跳ね上げなければならず、アンデットがパワーアップした今どちらかがその戦闘力を測る必要があった。大軍を引き連れているということはそれぞれの戦力に大きく差が生まれ、誰一人死なせてはいけないという縛りは二人にとって過酷極まりない状況となっていたのだ。
「オルトロス! 雑魚は任せたぞ! 大物はこっちに回せ!」
「了解アニキ!」
共にセイラの補助魔法で身体強化済み。最前線を受け持って事故は考えられないが、どんどん縮小する距離に不安を覚える。
タルタロス程の大きさもある巨大な死霊をオオダチの双爪が真っ二つ切り裂く。第四系位はあろう魔力を有している強敵をいともあっさりと片付ける国王を前に、弟子のオルトロスは心を惹かれていた。
その瞬間、甘海からオルトロスの心臓に向かって小さな矢が射られた。
速度はそれほど速くない。不意打ちに刹那の動揺が生まれるも、オルトロスは落ち着いて掴みかかった。
「馬鹿避けろ!」
「ぐっ、ぐぅうううううっ!!」
小さな黒い矢は止まらない。思わず両手で掴むオルトロスだが、握り潰すどころか軌道さえ変えられず押し込まれて行く。
地面抉りながら耐えるオルトロスは死を覚悟した。その矢に込められた魔力が自分など取るに足らないほど巨大なものだと直感し、判断を間違えた自分の弱さに絶望を感じて。
しかし、死は訪れない。
遠ざかったはずのオオダチが真横に並び、視界に映らぬほどの速さで貫通矢を蹴り砕いたのだ。
「あ……あ……っ」
「ったく。お前は弱かねぇけどまだ発展途上なんだ。魔王クラスの直接魔法を受け切ろうなんて考えんじゃねえよ」
「ごめんアニキ……それより足が……」
「あん? 初めて見たのか。こんなとこで奥の手使わせやがって帰ったら説教だからな」
オオダチの足はいつの間にか髪と同じく白銀の体毛を覆い、体と不釣り合いに肥大化していた。
ケルベロスの血を引いたオオダチは、長い月日を重ね脚部限定で原始の姿を取り戻す。それは余りにも短時間で、魔王であるはずの彼の膨大な魔力をあっという間に食い尽くす。見返りとして誰一人視界に収めることの出来ない速度と全てを貫く力を手にするが、一発が限界。再び使うには数日の時を待たねばならない。
本来、その特別な足に頼らぬよう【織神】を所持していたのだが、どちらも失った以上オオダチは進んで前に出ることは出来ない。前衛部隊に矢の届かない位置まで距離を取るよう言い残すと、大きく飛んでセイラの隣に降り立った。
「すまん。ちと休ませてくれ」
「全く、過保護なくせにあんなに前までオルトロスを連れてくからそうなるのよ。バッカじゃないの?」
「んぁ〜なんも言えねぇ」
とはいえ、正確な戦力と適正距離を見出したセイラに最早隙は無くなった。将来有望な命を代償にしかけたが、ここで作戦の成功を確信する二人であった。
所変わり、東側は打って変わって安定していた。
「……なぁタルタロス。もう少し前に出た方がよくないか? 収縮指示だぞ?」
「いや、かなり、進んでいる」
「いやいやいやロックタートルだってもう少し速く動くって! 遅過ぎるって言ってんだ! 慎重にも程があるだろ!」
「いやいや、いやいや、まだ、まだまだ」
「駄目だって!! 指示だから!!」
石橋を壊れるまで叩いて結果渡らない性格をしているタルタロスが統率する東部隊は、他の部隊と比べ明らかに距離が開いていた。しかし、最前線に王二人と腕利きのクインティプルをこれでもかと固めた陣形は不安要素など欠けらも無い。さらに、広域魔法と治癒魔法を使えるスフィアが一帯のサポートに周り、さらにさらに超希少魔法である治癒を使える者がラグナ部隊にもう一人いる。その上、タルタロス領の冒険者は種族的に遠距離持ちが多く、距離を詰める必要が無いほど甘海への攻撃が行き届いていた。
二人の魔王が最前線で言い争っている様子を眺め、副将達は複雑な気持ちであった。
「サザナミは……前に出た方がいいと思うか?」
「どっちでもいいだろうね。今のままでも十分牽制出来ているし。前に出過ぎて直接攻撃されても【炎鐵】が全てを弾く。リスクもリターンもさして変わらないと思うよ」
「だよなぁ。なんで喧嘩すんのかねぇ」
「どっちも意固地なんだよきっと」
サザナミの槍は甘海のアンデットを反応させることなく貫き、腕を上げたボルドンは既に第四系位に後れを取ることもなくなっていた。激戦を予想していた二人は少し期待はずれに肩を落とした。
「暇そうだよね〜二人ともサボってるの〜?」
「お前が雑魚を消しまくってるせいだぞスフィア。あっちこっち飛び回って暴れまくりやがって、全くドラゴンの体力は底無しかよ」
「おぉ? あっちに固まってるじゃーん。そんじゃばいば〜い」
俊足の足を持つ伝説の父親に、マザードラゴンの黒炎を操る母親。魔界最良血統にして特殊能力持ちのレアラベルのスフィア。リーシェッドの第三系位であるココアを相手に無傷で立ち回れる彼女に、甘海以外の敵は少々物足りないくらいである。
「あぁ、行っちゃったぜ……」
そんな彼女の背中を見守るだけのボルドン達は、まだ言い争いをしている魔王を視界に入れないよう努めた。
ドラゴンが強いとなれば、北側の部隊はさぞ楽なことであろう。何せ、実質ドラゴン部隊。シロイトが狭間から連れてきた戦士はドラゴンしかいないのだから。
と、思いきや、ミッドフォールの予想が当たらずとも遠からず一番の苦戦を強いられていた。
「カラタケ! そっちに三体逃したわ!」
「くそ、厳し過ぎんだろ北側!!」
「『腕』が来たぞシルビア! 氷壁で遮る! 後退しろ!!」
進行してきた甘海を囲い込むため一番彼女に近い位置での防戦を強いられたことによって、他では現れない第三系位が束となって襲いかかって来る。そして、もちろん甘海本体からの攻撃も届いてしまう。上位アンデットを副将だけで相手にしつつ、後衛は常に甘海へ攻撃魔法を放つ。たった二人死の魔力に対抗手段のあるガルーダとペティ・ジョーは全ての役割を担いつつ後衛を守らなければならない。実質北側の貢献度は群を抜き、この部隊が他と同じ距離まで下がってしまうと甘海は四方への直接攻撃を可能とする程であった。
「大丈夫かいペティ? 随分消耗しているね」
「ガルーダコソイキガキレテンゼェ! アルジハマダジカンカカルッテヨ!」
「踏ん張りどころだね。さぁ行くよ!」
甘海から大量の闇の矢が放たれ、ペティ・ジョーは身体を何倍にも膨れ上がらせて正面から受け止める。お返しにとガルーダの風の斬撃が雨のように降り注ぎ、上位アンデット達をまた細切れに消滅させる。
大激戦を繰り広げる北側は、いつ燃え尽きてもおかしくはないほど首の皮一枚で繋がっていた。
それに引き替え南と言えば……。
「あなた、お名前は……?」
「カタカタカタ」
「そう、ココアと言うの……」
南部最前線であるはずの場所で、アリスとココアは三角座りで静かにお話を始めていた。
聖域の影響で数の少ない敵を初動で全滅させてしまった広域魔法のエキスパート二人。甘海への牽制は他の者に任せてガールズトークに老け込む様子は、戦場とは思えぬほど異質なものであった。
聖魔力と闇魔力。お互いが弱点になることを裏返せば、個体のレベル差が開けば開くほど相手を瞬殺してしまう。コルカドールの第一系位ならば、同じ力の甘海の第四系位などハエを叩くようなもの。実際のところ、ココアが二割、アリスが八割のアンデットを消し去って勝利を手にしていた。
静かでお行儀の良いココアにシンパシーを感じたのか、手持ち無沙汰のアリスは柄にもなく積極的にココアに絡んでいた。
「ねぇ、ココア……」
「…………?」
「好きな……そう、好きな花はなに?」
「カタカタカタ」
「シーマンモスの……はな? 違う、そっちの鼻じゃ……ふふ、ユーモアなのね……」
「カタカタ」
「えぇ……カッコイイ、もんね」
後衛の魔術師は誰しも思っていた。
それはお泊まり会とかですればいいのにと。
『こらココア! サボっておるのなら戻ってこい!!』
「カタカタカタ!」
「あ、呼ばれた……? またね、ココア」
手を振るアリスに深いお辞儀で返すココアは、激昂している主をこれ以上怒らせないために急いで空へと飛び去って行った。
ココアはこの後、めちゃくちゃ怒られた。
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