四十四話 姉妹
「以上の経路から仮説を申し上げますと、このまま東にから北の山脈沿いを辿った後、明日の午後にはまたリーシェッド領の北端演習場へと戻ってくるかと思われます」
「……そうか」
緊急会議から二日。コルカドールの意向により調査期間を設けられ、甘海の移動経路を割り出したシャーロットはそれを主へと報告する。
総力戦を明日に控えたというのに抜け殻のように気のない返事をするリーシェッド。魔力のほとんどを甘海に吸収されたとはいえ、作戦の要である彼女がこの調子では報告など意味の無いものである。愛するが故殺せない。しかし愛するが故殺す。唯一の家族であるお株を奪われたに等しいシャーロットとしてはそれだけでも耐え難いものなのに、この体たらくを見せられては我慢の限界であった。
「少し、散歩でもしましょうか」
「あぁ……」
リーシェッドは肯定する。今の彼女に何を言っても否定する気力はない。
夕焼けが照らし出すリーシェッド城下町。石材と木材で不器用に町を保っている小さな国には、今や誰一人として歩いていない。甘海が近付けば非力なアンデットなど簡単に飲み込まれてしまいため、ミッドフォールがそれぞれの国へと避難させたのだ。
甘海はリーシェッド領を中心に少しずつ距離を伸ばして彷徨っている。恐らく、生命力を吸収するために獲物を片っ端から殺しては食い、リーシェッド領に戻って自身の生命力へと変換することで蘇っているのだ。蘇った瞬間から死の魔力に殺され、また彷徨うの繰り返しだった。
忘れられた国のように王だけを残し誰もいなくなった城下で、リーシェッドはぼんやり空を見上げながら歩いた。
考えることは二つ。人間界での甘海のこと。そして、自分の不甲斐なさ。
アマミ姉は本当に優しいだ。とても暖かい。一緒にいるだけで日向ぼっこでもしている気分になる。
アマミ姉は本当に気楽な奴だ。どこから現れたかもしらない我の手を引いて笑顔を向ける。心根が真っ直ぐで本音を引き出されてしまう。
アマミ姉は本当に真面目な奴だ。無茶苦茶なことをするかと思えば、箸の持ち方や文字の書き方まで沢山教えてくれる。怒らず、寄り添ってくれるんだ。
そんなアマミ姉を、殺そうというのだ。
我は、なんて愚かなんだろう。
リーシェッドの目は定期的に濁る。それに気付いていながらも、シャーロットは言葉をかけずにただ一緒に歩いた。
露店が立ち並ぶ大通り。城ができて、リーシェッドが来て一番初めに作った道だ。そして裏手に大きな工房を経ち並べた。工房の前には無駄に大きな倉庫。大通りを挟んで住宅地を設け、最後に広場を各所に散りばめた。専門家や他の魔王に手を貸してもらうことなく出来上がったこの街は、とても芸術性も利便性もない。子供がブロックで組み上げたような不出来な国だった。
そんな町並みをぐるりと一周し、大通りからリーシェッド城への低い階段を前にした噴水広場で足を止めた王は、ポツリと零した。
「我は……何で死ねないのだろうな」
すっかり陽の落ちた暗闇で、リーシェッドは久しぶりに自分の言葉を吐いた。
そして、それを聞いたシャーロットは思い切りリーシェッドの頬を叩く。
「……っ」
「あぁ、すみません」
魔力のほとんどを失ったことで、シャーロットの力に呆気なく張り飛ばされる。ジンジンと痛む頬を擦りながら、リーシェッドは服に付いた砂埃を払って立ち上がる。
「聞き間違いでなければ、死にたいと聞こえたのですが?」
「…………」
「沈黙は肯定と取ります。随分と腑抜けてしまったようですね。図々しくもリーシェッド様の魔力を奪ったあの人間が原因でしょうか。やはり、人間とは厄災でしかありません。アレもろくなものではないのでしょうね」
「……アマミ姉を悪く言うな。我の力が足りなかった。我の思慮が、知性が足りなかった……厄災は、我なんだ」
シャーロットは口を噤んでただ見下ろす。それがリーシェッドには耐えられず、目を逸らして口を開く。
「だってそうじゃないか……我が人間界に行きたいと言わなければアマミ姉を巻き込むこともなかった。ラグナに大怪我させて、オオダチの神器を破壊して、魔界全土を巻き込んでいい迷惑だろう! 今も、今も死の魔力に殺され続けて地獄の苦しみを味わっているんだぞ!」
「………………」
「見ろこの不細工な町を! 王の器なんて有りもしないのに見栄を張って作り上げたのが利便性も糞もないただの積み木だ! 滑稽だとは思わないのか!」
次第に滲む視界に、リーシェッドは拭いとることもせず吐き続ける。シャーロットがどんな顔をしているのかも分からないのに、一度出た本音は堰を切ったように止めようがなかった。
それほどの不安の中、彼女は生きていた。
「我が関わると皆が不幸になる! 強情を通して他の魔王に何度迷惑をかけたか数えきれない! ここまで来るのに何人殺したかも分からない! それはお前も知っているだろうシャーロット! お前だって……ひぐっ! お前が……一番……っ!」
「…………」
「生前から共に居たお前はっ、一番の被害者だろう! 私がお前を、気に入ったせいでどれだけ拷問を受けた! 好きな男を殺されて、純情を散らされて、朽ちて死ぬまで弄ばれ続けたのはどうして……。私を壊したいから、シャルは壊されたんだ……」
「…………」
「シャル……。私に仕えなければ、私が生まれなければあなただって幸せに……」
「懐かしいですね。正直忘れていました」
「……っ!」
シャーロットはただ懐かしむ様に微笑むと、言葉を詰まらせたリーシェッドをお姫様抱っこした。
「よいっしょ」
「や、やめて下ろして!」
「はいはい、少し我慢して下さいね」
足に魔力を溜め、胸に抱えた主を落とさないように意識をして跳躍。城門を軽々と飛び越え、空を駆けるシャーロットが向かったのは自室のバルコニーであった。
シャーロットの自室は城で一番高い場所。屋根裏部屋として作られた部屋を、リーシェッドが間違えて彼女にあてがったのだ。
綺麗に手入れされているバルコニーに主を下ろしたシャーロットは、ポケットからハンカチを取り出して泣き虫の顔を丁寧に拭く。リーシェッドが年齢として子供だった頃からよくしてあげたように。
「口調がグチャグチャになってますよ? それにしても懐かしい呼び名です。貴方しか呼んでくれない大切な呼び名」
「シャル……」
「昔からそうです。貴方は一つ不幸な事があると世界の終わりのような顔をする。だからでしょうか、逃げ出すことも出来たはずなのに仕え続けたのは。駄目な妹みたいで放っておけなかった……これ、大昔にも言いましたね。ふふっ」
ポカンと見上げているリーシェッドの手を引いて、シャーロットは空を指差した。
「私が夜空が好きだと言ったのを何百年も覚えていて、この部屋をくれたんですよね。メイド長で側近なのに物置に突っ込むのかと文句を言いましたが、少し嬉しかったんです」
次に、沈黙した町を指差す。
「初めに作った大通りは『住民が寂しくないように交流しやすくしてあげたい』。次に作った工房は『眠れない死霊達が暇にならないように、少しは暇つぶしになるかな?』。倉庫は『作った物を並べるのは達成感を感じて嬉しくなれるんだぞ。少しでも辛い記憶が薄まればいいな!』」
シャーロットの台詞に心当たりがあるリーシェッドは、顔を赤くして目を泳がせる。
「住宅を作ることを忘れていて『まずい、全員ホームレスじゃないか! なんで文句一つ言わんのだ今すぐ家を作るぞ! 徹夜だシャーロット!』 。最後の転々とした広場は『子供のアンデットを沢山拾ったんだ。やっぱり広場は欲しいよな。勇者ごっこしたいもんな!』敵になる魔王は貴方なのに。ふふっ」
「や、やめて………一言一句なんで覚えてるのよ……」
リーシェッドが王になって初めの仕事。町を作る時に意気揚々と語っていた時の記憶だった。
「忘れませんよ。リーシェッド様、誰がこの国を馬鹿にしようと私は否定します。きっと民も同じ気持ちで、領地縮小に異議はありましたが、生活や体制に対する不満は一度として上がっていないんですよ」
「…………」
「当たり前ですね。貴方は王でありながら、常に身を削って民のことを第一に考える。税金も殆ど取らないからウチはいつも赤字ですし。ここまで他人を愛せる魔族は滅多といないのです。気持ちは、伝わるんですよ」
ゆっくりと振り向いたシャーロット。月明かりを背負った彼女の表情はリーシェッドにとって、とても懐かしい顔だった。
「貴方は失敗ばかり。不幸になった者は多くいます。それは認めましょう」
「…………それならやっぱり」
「でも、どの魔王より多くの笑顔を生み出したのもまた、貴方だと断言しましょう」
手を離し、膝をつくシャーロット。小さい頃のように視線は並ばないが、それは彼女にとって少し嬉しいことだ。
「不器用で、泣き虫で、ただの女の子だった貴方に魔王の器なんてありません」
「…………」
「誰かを助ける時は必ず傷付き、力も無ければ威厳もない。ついでに頭も悪い」
「ちょっと、言い過ぎ……」
「でも、私がいます」
ここでようやく、しっかりとシャーロットと目を合わせたリーシェッド。その目に、また瞼が熱くなった。
「あの人間を、甘海を殺すなんて思っていないのでしょう? じゃじゃ馬の貴方がすんなりと諦めるはずありません」
「でも……」
「周りの声を気にする事はありません。迷惑なんて考えなくてもいい。決意を固めなさい。貴方が目指す魔王は、『不死王リーシェッド』ならどう選択しますか?」
リーシェッドは問い掛ける。自分がどうしたいのか。目指すべく背伸びを続けた理想の『不死王』ならこんな時なんと言うのか。
初めての姉、シャーロットの言葉で……。
「リーシェ、言ってごらん?」
決意が形になる。
「…………うぐぅ、だずげだい!!」
雲一つ無い満月の夜。夜空を投影したような澄んだ気持ちを吐き出したリーシェッドは、シャーロットの胸に飛び込んで泣いた。
作戦も変わる。被害も増えるかもしれない。誰に言おうと押さえ付けられるであろう我儘を通して、嫌われるかもしれない。呆れられるかもしれない。聞いてすらもらえないのかもしれない。力も失ったのにと。
それでも、シャーロットは隣にいる。魔王にしてくれた彼女がそばにいてくれるのなら、リーシェッドはなんでも出来るような気がした。
ありがとうとごめんなさい。それと真逆に向きを変える強い意志。そんな気持ちを抑えきれず、リーシェッドはずっと泣き続けたのであった。
昔からずっとリーシェッドの全てを受け止めてきたシャーロットは、妹の気持ちを零さないように強く抱いて微笑む。
「まぁ、私は甘海が嫌いですけどね」
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