三十一話 あなたを選んだのはあたしなのよ
「ごめんなさい……」
「もういいって言ってんでしょ」
墜落した先、元マザードラゴンの縄張りにしてラフィアの実家が
その姿に定例会の自分を重ねてしまったリーシェッドが複雑な心境でいると、見る影もなく粉々になった縄張りを見回しながらシルビアに話しかけた。
「あたし達のこと見えてなかったくせに何で襲ってきたのかしら? こんな派手な事するタイプじゃなかったと思うんだけど」
「だって、シロイトちゃんより大きい魔力が二つも近寄ってきたら怖いんだもん。私頭領だし、みんな守らなくちゃと思って……」
「……魔神の件もあるからか。仕方ないわ。今回は大目に見て上げるけど、次あたしを殴ったら消し炭にするからね」
「ふぇ〜ん。もうしません〜」
泣き出してしまうシルビアはまるで子供のようで、リーシェッドの中の頭領イメージから酷くかけ離れていた。
ヘルコアトルも魔界にはいない種類。興味深く身体中べたべたと触りながら、リーシェッドはシルビアの顔を覗き込んだ。
「ここまで気弱でドラゴンの頭領とはなぁ。力は折り紙付きだが難儀なものだ」
「あ、ラフィアちゃんの背中に張り付いてた子? 可愛いねぇ。さっきはごめんね?」
「ん、あ、あぁ構わんよ。我はリーシェッドという者だ」
「変わった話し方するのねぇ可愛いねぇ」
シルビアは困惑気味のリーシェッドの頬をぺろっと舐める。魔神が現れても一目散に卵置き場を守りに行くほど子供好きな彼女であった。
「シルビア。あんまり子供扱いしてあげないでよ。そんな成りでもあたしの主なんだから」
「主?」
「あたし死んじゃったのよ。魔神の側近だったオーガの大軍に襲われてね。それを全滅させてあたしをアンデットにしてくれたのがそこの小さいネクロマンサーなの」
「オーガ!? 強いのねリーシェちゃん……」
「あたしより強いわよ。オーガどころか魔神を倒した賢王の一人。不死王だもの」
「え、え、あの賢王?? リーシェちゃんが??」
リーシェッドの周りをくるくると回るシルビアは、悩んだり驚いたり表情を変えながらとぐろを巻いていく。真ん中にいるリーシェッドを優しく巻き終え、うんうんと頷いた。
「可愛いからなんでもいっかぁ。リーシェちゃんありがとうね。あたし達に平和をくれて」
「あ、うん。どういたしまして……ここまでストレートに礼を言われるのも久しぶりで照れるな」
「ここに住む? 不死王から【龍王】に名乗り変えちゃってもいいんじゃない?」
「か、かっこいい……っ!」
目をキラキラさせるリーシェッド。彼女のマントを咥えてとぐろから引き抜いたラフィアは、呆れたようにリーシェッドを軽く投げた。
「そういう所が子供に見られんのよ。あたしを従えてるならちゃんとしてよね」
「龍王……はぁ……」
肩を落とすリーシェッドを愛おしそうに見つめて笑うシルビアは、思い出したかのように「あ」っと声を出す。
「そうだリーシェちゃん。魔神と戦ったんだよね。ひとつ聞きたいんだけどいい?」
「なんだ?」
「魔神のところで『白銀の毛を持つ四足歩行のドラゴン』を見なかった? 雷魔法が得意なんだけど……」
「見てはおらんが、それって……」
リーシェッドはラフィアの方をちらっと見る。彼女の表情は堅く、そして自分の求めた答えがここにはないと悟ってしまっていた。
「シルビア、あんたがマークツーを最後に見たんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「なら教えて。彼の最後。知ってる限りでいいの」
誇り高きラフィアが見ず知らずの女の子の従者として蘇った理由に気付いたシルビアは、記憶を辿って一つずつ順を追って話す。
マザードラゴンが寿命で死んだことで、一人娘のラフィアとその番であるマークツーは別々に遠征に出掛けることになった。マザードラゴンは縄張りの他に領地を沢山持っていて、その全てに報告をするためだ。
ラフィアがオーガに襲われたのはその旅の途中。進軍の知らせがマークツーの耳に入る頃には、既にドラゴンの里へ魔神軍が進撃を開始する直前だった。
戦いの最中に帰還することが出来たマークツーは、傷付いた仲間を庇うように単騎で魔神に挑む。しかし、如何に雷帝と呼ばれようとマークツーはまだ子供と変わらない年齢。成熟し切っていない身体では時間を稼ぐことくらいしか出来なかった。
彼が倒れる度に、仲間が死んでいく。窮地に追い込まれたマークツーは、生前マザードラゴンが作り出したという秘宝【龍玉】を使う決意を固める。
『数千、数万の仲間の想いが力をくれる。しかし、それを抱えられる程の精神力がなければ使用者も想いの一部になってしまう』
マザードラゴンの言葉を胸に、愛する仲間を、愛するパートナーを守るために力を求めた。
龍玉の力を手に入れたマークツー。魔神を退ける程の激闘を演じた彼を見たものは口々に
魔神が消え去ったあと、マークツーの姿が見えないと仲間内で捜索が始まった。追いつくことが出来たのは、当時マークツーに継ぐ最速を謳われていたシルビアだった。
しかし、そこでの会話はシルビアの中で秘められる。どこへ行ったどうなったかは言わない方がいいとマークツーが漏らしたのだった。
一部始終を聞いたラフィアは、パートナーの考えを想像して静かに泣いた。涙を自らの頬で拭き取るシルビアは、優しく語る。
「秘密って言われたけど、ラフィアちゃんにだけは言わないとって思ってた。戻ってくれてありがとう」
「……うん」
「彼は魔力コントロールが出来なくなってた。自分の雷に苦しみながら言ってくれたの『絶対に僕を追っちゃいけないよ。それじゃあ、みんな元気で』って。すごく痛そうなのに、最後まで笑顔で……」
「…………」
「きっと自我が暴走してるから、私達を傷付けるのが怖かったんだと思う。ようやく魔神から守ったのに、それを自分の力で壊してしまうって」
そこで会話は止まり、長い静寂が訪れる。ラフィアも、シルビアも、それぞれが抱える想いを噛み締めていたのだろう。
静寂を切ったのは、ラフィアが天に向かって打ち上げた太陽を思わせるほど巨大な黒炎を放った瞬間だった。
「ラ、ラフィアちゃん!?」
オロオロとするシルビアを背に、ラフィアは
そして、魔神を前にした彼と同じく決意を固めた。
「マークツーのくせにカッコつけて! バッカみたい! 誰があなたの言うこと聞いてやるもんか! 何がなんでも探し出してやる!!」
それは妻としての言葉。愛の宣告だ。
守ると誓った。守られると誓った。
彼女たちは番なのだから。
ドラゴンの里の上空に、マザードラゴンが存在したという爪痕が残された。それは、新たに語り継がれる恋愛譚の一ページ。
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