二十三話 聖域の中は眠くて堪らん

「いらっしゃいリーシェッド。一緒に寝る?」

「こんな所で寝たら永眠するわ馬鹿……」


 リーシェッド領の南から西側を囲むように広がるコルカドール領の中心。神殿に似た形状の城の応接間にて、パジャマ姿の聖王は半目でリーシェッドを迎え入れた。

 怠そうに胡座あぐらをかいて片肘をつくリーシェッドの影から飛び出したペティ・ジョーは、面白そうにリーシェッドを小突く。


「ヒャッヒャッヒャ! アンデットハツライネェ!」

「やかましい」


 ペティ・ジョーの頭を掴んで影へと引っ込める彼女は、目に見えて脱力感に苛まれていた。

 聖王コルカドールは広大な聖域の中にいる。中心に近付くに連れて効果は高まり、本人の目の前など並のアンデットなら強制的に浄化させられてしまうのだ。魔王であるリーシェッドでこれほどの影響があるのだから、シャーロットやココアは数分で倒れてしまうだろう。ちなみにペティ・ジョーは闇ではなく影魔法の召喚獣なので全く影響がない。


「そう言わずにさ、見た目は同じくらいの歳なんだから寝ちゃお? リーシェッド髪の毛サラサラで肌気持ちいいね。ずっと抱き枕にしてみたかったんだよね」

「うぅ、抱き着くなぁ〜、コルの魔力は力が抜けるぅ〜……」


 猫のように全身でリーシェッドを堪能する金髪碧眼少年。まるで眠気が移るようにリーシェッドはコクコクと首を振り出した。このまま寝てしまうとコルカドール領から出ない限り眠り続けてしまう。それはもはや気絶に近い。

 無理矢理体を離したリーシェッドはコルカドールの頬にキスをして「これで満足してくれ」と距離を取らせる。リーシェッドの事がとにかく好きなコルカドールは満足した顔で対面の席に座ると、抱き枕を抱えたまま雑談に入る。


「リーシェッドが来たのは二回目? 前より抵抗力ついてるよね。うん、強くなってる」

「前回は十年前の会議だったか。会議室に入るなり気絶したんだったな。ミッド兄がいなかったらそのままお前の抱き枕になってたかと思うと怖くて堪らんよ」

「流石に起こしてあげるよ。元気なリーシェッドが好きなんだ」

「そりゃどうも。我もコルの事は好きだぞ。神人じゃなければな」


 コルカドールは魔界で唯一魔物ではない。その出世に確証はないが本人は神の子を名乗っており、不浄を浄化する聖域を操る【星魔法】を得意とする。つまり、リーシェッドと真逆の相性。魔の象徴と聖の象徴は、お互いの領地で力を奪われてしまうのであった。

 例え好意を寄せあっていたとしても決して結ばれることはない。とはいえ、リーシェッドに恋愛の概念はまだ芽生えていないのだが。


「ねぇねぇ、結婚するならリーシェッドが浄化されて星魔法で転生するのと、僕が死んでアンデットになるのどっちがいいかな?」

「はぁ、結婚する意味がわからん。それより、そろそろ本題に入ってもよいか?」

「いっそのこと同時に死んで人間として……」

「こら、あからさまに長引かせるな」

「はぁい」


 コルカドールの見えない手がリーシェッドのマントの中から書状を取り出す。宙で広げ大雑把に目を通して、そのまま従者であるエルフに渡して下がらせた。


「そうだねぇ、ガルーダも大変みたいだけどこれを受諾するには少しお願い事をしなきゃいけないね」

「それも聞いておる。ガルーダが長時間離れられんから我が引き受けるとな」

「ありゃ、そうなんだ。相変わらず正確な読みしてるよね。よし、じゃあ着替えてくるから外で待っててよ」


 コルカドールが応接間から出ていった瞬間、リーシェッドも立ち上がって城門の外へ歩き出した。やっと呼吸出来たように大きく息を吸い込むリーシェッドは、前髪を弄りながら彼の到着を待つ。

 そして程なく、聖法衣に錫杖を持ち出した聖王としてのコルカドールがリーシェッドの前に現れた。


「お待たせ〜」

「アリメスの聖法衣に五錫無常ごじゃくむじょうまで持ち出すとは、フル装備じゃないか。どうしたんだ珍しい」

「せっかくのデートだからね〜。僕だって格好つけたいんだよ」

「会議の時に寝てるクセに今更ではないか? それにデートではない」


 リーシェッドが指を鳴らすと空からラフィアが、影からペティ・ジョーが飛び出した。残念ながら四人ではデートにならない。

 分かっていたけどねと頬を膨らませたコルカドールは、一飛びでラフィアの上に跨った。それを見てギョッとしたリーシェッドが慌ててコルカドールを持ち上げ、ラフィアに触れないように注意を払う。


「ば、馬鹿! ラフィアもアンデットだぞ! 消えちゃったらどうするんだ!」

「えぇ? なんだ理解してないのに連れてきたのかい。はは〜ん、さてはラフィアもガルーダに言われて連れてきたんだね?」

「だからどうなのだ! 早く降りろって…………あれ?」


 頭の上にコルカドールを持ち上げたままラフィアを見下ろすも、彼女はケロッとした顔でリーシェッドを見上げていた。


「何ともないな?」

「マザードラゴンはもともと聖獣の区分だろう? アンデットになったところで抵抗値は君よりもウンと高いのさ。分かったらこの『高い高い』から降ろしてくれるかな」

「あ、すまん」


 リーシェッドが腕を下ろし、二人仲良く跨ったところでようやく移動が始まった。前に座るコルカドールの指示でさらに東へ、ややミッドフォール領寄りに進んでいく。

 いつまでも目的どころか行き先も言わないコルカドールにモヤモヤしていたリーシェッドは、後ろから背中をつついて問う。


「なぁ、どこへ行くのだ?」

「…………」

「コル?」

「…………ぐぅ……」

「えぇぇぇ寝てるぅううう!! 」


 そしてどこへ向かうのかも分からぬまま、リーシェッド達は空を駆けるのであった。


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