第5話 塩
「――と、言いたい所だけど……あたしがここにいる理由はこれよ」
降伏勧告の前に、降るのを覚悟した鉄生――が、ここで呆気を取られる。
イリアが懐から出してきたものは、一つのスマホとそれを充電するためのモバイルバッテリーだった。
黒いスマホケースに入ったそれは、心当たりがあった。そう、あの三泊四日の四国旅行も、それ以前も、外出先をともにしたスマホ。
そして青いブロック状のモバイルバッテリーは、それを充電するために常日頃セットで持ち歩いていた物。
「お前なんでそれを持ってるんだよ?」
「アンタの部屋から持ってきた。これはアンタにあげるわ」
イリアは鉄生に近づいて、それらを手渡してきたので受け取る。
どういう形であれ、これがあるに越したことはない。逃げるのに必要な情報収集が出来、助けを呼ぶのに適したこれ以上便利な道具はない。
有ると無いとでは、逃げきるための選択肢の数と可能性は雲泥の差だ。
カード一枚でのサバイバルに一筋の光が差した瞬間――だが、腑に落ちない。
「おい、どういうマネだ? お前はオレを仕留める側だろ?」
詮索を受けると、腕を組んで視線を逸らす。
「フン! アンタはここまで
意味がさっぱり分からない。威勢がいいだけで動機も弱く、そもそも答えになっていない。その場逃れの言い訳にしか鉄生には聞こえなかった。
運は良い時と悪い時はあるので無限ではない。
しかし、そもそもだ。何でも出来るスマホを送るのは、敵に塩を送るの意味を履き違えて、送りすぎているだろう。運を無くすどころか引き寄せている。
こんな物を渡せばどこへでもあっさり逃げられてしまうぞ――強がりな少女に、社会人生活五年の大人としてそんなツッコミを入れたいという衝動を抑える。
――ヘタに刺激すれば、発砲されかねない。
「それに、あたしはその気になればいつでもアンタを殺せるんだから。逃げられるものならば逃げてみなさい!」
イリアはそう強く言い残して、人混みの中に走り去る。
いつでもこちらを殺(や)れるものならばやってみろ。追って来れない場所まで逃げてやる。
鉄生はその気満々で改札口を抜け、先ほど黒服四人組が行った方とは反対側のホームへ向かった――。
走り抜けた先にて、駅の外の適当な壁に背中を預ける。
スマホを開き、十六個の様々な色をしたアイコンが整列して表示されたうちの十四番目のアイコンをタップ。
二子玉川駅を中心に南の多摩川を越えた先の二子新地方面と、都心へ続く北の用賀方面の線路が縦断し、その周囲に無数のデコボコが浮き出る。
そして、二子玉川駅の上に赤い【!】マークの吹き出しが浮かび上がる。
五分後。その吹き出しは四角い画面の上を――線路を通って北上――ゆっくりと動き始めた……
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