第2話 一枚の紙

 マンションのポストの中を漁ると、見慣れた緑の封筒が新聞とともに出てきた。

 それを取り出した瞬間、思わずホッと息をついた。この不自由すぎる生活も終わりを迎えるのだと思うと――。


 クレジットカードのない生活。それはもう鉄生にとって、面倒臭い以外の何物でもなかった。

 ATMに通帳を持って行き必要な分だけカネを下ろし、支払いの時は札束と小銭を財布の中から取り出して支払う。これだけでも億劫である。

 カードがあれば持ち歩くカネの額など気にしなくて良い。

 なぜならすべてカードが解決してくれるのだから。

 支払いの時もイチイチ要求された額を手渡して払う必要もなく、お釣りで財布を圧迫しない。


 朝の寒さなど消し飛ぶくらい意気揚々と部屋に戻って、パジャマの上に羽織っていた毛糸の上着をベッドの上に投げて丸いミニテーブルの上で早速開封する。

 タイミングから考えても間違いない。既に中身は分かっていた。銀色に光るこれは十日前に再発行を頼んでおいたクレジットカード。

 キャッシュカードとしての機能もあるこれは、まさに鉄生の生活には欠かせない代物だ。


 ――そのカードをあろうことかこの前の旅行初日に訪れた、愛媛の松山で紛失してしまうのだから、一体何をやっていたのだろう。

 今の会社に就職してカードを使い始めて五年。一回もカードを紛失したことがない自分がまさかこんな目に遭うとは。


 財布の中身は五千円札か一万円札のどちらか一、二枚に小銭数個しかない非常にスリムなもの。

 面倒臭い物事を徹底的に排除し常に効率の良さを求める――今の鉄生の性格が一番表れたものである。


 どんなに薄っぺらになろうが大きくて場所を食うテレビは買わず、スマホやタブレットのワンセグに一任し、置いてある物を極力少なくしたその部屋は性格を体現したものと言える。

 カレンダーは貼ってあり、食器も棚の中に積んであるものの本棚はない。電子書籍で読んでいるためそもそも部屋の中に本を置く必要がない。


 旅行においてもこの傾向は健在だ。飛行機の座席は立ちやすい必ず通路側を選び、睡眠時はアイマスクを着用、買ったお土産はすべて郵送し、松山での移動時は地元名物の路面電車よりも一人でタクシーを使う。


 荷物は飛行機搭乗前に一切預けない。

 松山城に向かうロープウェイとリフトは、混雑する前者よりも、一人乗りかつ座れるリフトを選ぶ。

 路面電車よりタクシーを選ぶのも同じ理由だ。


 そして――クレジットカードがあればやらなかっただろう――タクシーを使うために友人からカネを借りる……旅行中もそのやり方は一切ブレなかった。

 たとえ周囲から顰蹙を買ったとしても、効率を重視して時に自分勝手と見られることも言ったり実行する――それが今の金田鉄生という男である。


 真新しいクレジットカードを一旦、胸ポケットにしまい、新聞の一面でも見ようかと思ったその時。

 今日の新聞を開くと――間に挟まっていたのか――何かが滑り落ちた。ただのチラシかと思ったが違う。

 差出人はおろか、何も書かれていない真っ白な封筒だった。開封すると一枚の紙が出てきたので開いてみる。


 “二十四時間以内に十三万を返せ。でなければお前の命を狙う。”


 ――! ……書いてある文言の内容に目を疑う。

 命を狙う……? 嘘だろう……? 城崎しろさき……残しておいて……?



 あんなメッセージ――。三泊四日の四国旅行から三日後のこと。

 旅行は無事に終わったが、しこりが出来た気がしてならなかった。だからその夜、城崎に電話を入れた。

 ――分かったんだ。クレジットカードを失くしたとはいえ、。そしてその思いは無意識のうちに肥大化していったと。


『おかけになった電話は――』


 二時間後、再度かけ直す。また同じ声。その日は諦めた。次の日の朝も……返ってきたのは既に二回聞いたものと同じ。

 城崎からの返事は今もない。旅行帰りの翌日の職場での昼休み中、スマホに新しいメッセージがあったのを確認出来たのみ。


『ちょっと仕事が忙しくなったからしばらく連絡出来ない』


 城崎は都内のITベンチャー企業に勤めるエンジニア。残業も決して珍しくない。こう返されても何ら不思議ではない。

 メッセージを見た鉄生は彼の仕事を考慮し、すぐにスマホでメッセージを送った。 


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