第20話 Café des Servantes
”信じられない! いきなり私の体を乗っ取って(ピー!)するなんて!”
”後始末”をしながらお嬢様へ怒鳴りつけるが、返事はない。魚市場に並ぶ冷凍マグロのようだった。
”てかアンタ! いったい『何百年分』
(フフフ……”初めて”だったけど、意外と私たち、体の相性がいいみたいね)
ようやく”余韻”から眼が覚めたか。
”人聞きの悪いこと言わないで! 私はノーマルですから!”
(あら、そんなの関係ないわ。古来より高貴なる蝶は、悦楽の蜜を得る為なら”華の性別”は問わないわよ。それに大罪の書を読みあさる貴女がノーマル……フフフ……)
”アンタまさか生身時代に、百合モノでよくある、新人メイドを
(ご想像にお任せするわ。それに、人の欲望は時代や国が変わっても変われないものよ。この前の宴や本屋でもそんな書物を多数見かけましたし、大罪の書と同じようにおおっぴらに人目にさらされているのがその
……なんてこった。これじゃ爆弾を抱えているようなもんだ。
”と、とにかく! いくら溜まっているかといって、メイド喫茶や執事喫茶で私の体を乗っ取って(ピー!)するのは厳禁よ!”
(安心して、秘め事の悦楽は一人で思う存分堪能するモノよ。大罪の書を読む貴女みたいにね。フフフ……)
ふぅ……。まだ心臓の鼓動が止まらない。驚きか……それとも、初めて味わうスィーツのような甘い後味のせいなのか。
……やば! 変な考えが。
でも、禁断の果実ほど、人は食したくなる。特に
”ひょっっっっとして織音さんも、ウンベルトさんに体を乗っ取られて……”
(それもいいわね。デートが終わったらお互い見せあっこしようかしら)
”ンンンガガガガアアアァァァ!”
(どうして? それこそが貴女の望みではなくって)
”……ふん! むしろアンタの大事なウンベルトさんを、織音さんが押し倒しているかもしれないわよぉ”
(あら、素敵なシチュエーションね。取り憑いた男の霊が、宿主の男に逆に組み伏せられ、痴態の限りを
くっ! まぁいい、下手に話しかけるとこっちがストレス溜まる。
そうか、織音さんがいうストレスが溜まるって、こういうことなのかも?
やっぱり、(ピー!)の時もウンベルトさんが
『全部の指に力を込めるんじゃない! 波やひねりも加えて時には優しく!』
とか
『まだ早い! もっと溜めてから一気に!』
とかあれこれ指示を……織音さん、ごめんなさい。反省。
(あら、続きは?)
”うるさい!”
土曜日の夕方手前、その日はやってきた。
『あ、あと、くれぐれもこの店のウェイトレス姿はちょっと……。喧嘩を売りに来たとか道場破りかと思われますから。そうですね、カジュアルな服装でいいですよ。僕もタキシードではなく、そうしますから……』
デート前に男性から服装を指定されるのって、女としてどうなんだろ?
ひょっとして私、織音さんから相当イタイ女として見られているのかな?
織音さんはカジュアルで来るみたいだから、宴の時みたいに下手にブランドモノで固めると、メイドさんから
”あ、この女、もう後がないんだな”
って思われるかも……。
パンツルックは……そもそもあれは隠すようで体の線がはっきりわかるからな。
じゃあショートかキュロット……そんなもの持ってない。アレはリア充が着るモノだ。
ミニスカートは一応あるけど露骨すぎるか……これもメイドさんに
”メイド喫茶来るぐらいでなに発情してるんだよ”
って思われそう。被害妄想過ぎ?
ん~開き直って、女ヲタクの地味な服装、ジーンズにチェックのシャツにスニーカー?……って私の普段着だよな? 引っ越しの時もこれを着ていたし。
大罪の書を買う時ならまだしも、今日はさすがになぁ……。
こう言う時に限って、お嬢様は
結局、紺のワンピース姿に落ち着いた。ベルトはちょっとゆるめで。
アクセはペンダントぐらいか。おっと、仕事用のサンダルはさすがにまずいな。かといってブーツやヒールは……間を取って浅めのヒールブーツでいいか。
さすがに一緒に店を出るのはマズイと、時間差で裏口から出る。幸いにも先生達や他の男性陣には見られなかった。
ちょっと遅れたかな? 織音さんが先に観音様で待っているから急がないと。
ところで、どんな顔で会えばいいんだろう?
『うわあぁぁぁぁ!』
ん? この声は?
観光客みんなが笑っている。さすがにお日様は笑っていないけど、観音様は微笑んでいらっしゃる。最初からだけど。
……あ、コケた。
慌てて私が近づいていくと、鳩は
「あ……だいじょうぶですか?」
「あ、はい。あ、青田さん。ハハハ……どうもとんだところをお見せしてしまって」
飛んだのは鳩なんだけど。
ぱたぱたと砂を払う織音さんの姿は、上は白いシャツに黒のカーディガン、下はジーンズ。靴はカジュアルっぽいビジネスシューズかな?
宴でもバーでも引っ越しの時でもタキシード姿でしか見ていないから、ちょっと新鮮。
……てかぁ! ひょっとしてぇ! 私よりウエスト細いぃ!?
「あ、あの、青田さん?」
はっ! いけない! 今の私、嫉妬に狂った鬼婆の顔になってた!?
「あ、だいじょうぶです。ちょっとびっくりして。なんで鳩に追いかけられてたんですか?」
「
問題ない。信じられない出来事にあった私が、こうして男性とデートなんぞするほうが、もっと信じられないのだから。
「と、とりあえず向かいましょうか」
「はい」
いつもは”ドスドス!”と歩く商店街を”しずしず”と歩く私。
織音さん、歩幅を合わせてくれているのかな?
「あの、どちらのメイド喫茶に行くんですか?」
「はい、二つ三つ
「あ、ありがとうございます」
私も処世術なるモノを覚えた。もう少しかわいく返事を返せばよかったかな?
「あの、どうしてメイド喫茶なんですか? いや、お誘いしてくれるのはうれしいんですけど、もしかして、ウンベルトさんが?」
ん? いきなり織音さんの顔に影が落ちた。
「……そうなんです。前々から連れて行けとうるさくて。これまで同人誌やら喫茶店やバーの仕事やら、青田さんの引っ越しとかでごまかしてきたんですが……」
『体を乗っ取っても行くのだぁ!』
と、駄々をこね始めまして……」
「なんでそんなにまで……まぁ、何となく想像はつきますけど」
「はい、おそらく想像通りです。マルゲリータさんとのカフェハウスの為に、いろいろな喫茶店を勉強する必要があると……」
本当にそうなのかな?
「行ったことのない私が言うのもなんですが、それほど勉強にはならないと思いますけど?」
「ええ、僕もそうだと思ってパソコンでお店のホームページや店内の様子とか見せたら、火に油を注ぐ結果に……」
「もしや私、いえ、マルゲリータさんに”あの衣装”を着せるとか?」
「そこまでは……ありえますけど」
どっちだろう?
「ちなみに、マルゲリータさんはメイド喫茶についてはなんと?」
「織音さんからお誘いがあって、私も中須商店街のメイド喫茶のホームページを見ていたんですが、特にはなにも……」
本当はもっと前から見ていたんだけどね。それでも
(ふぅ~ん)
ってつまらなそうな返事しかしていなかったな。現代の
そういえば、昨日仕事が終わってから、まだ一度も話しかけてこないな。
やっぱり寝ているのかな?
―― 一軒目『めいどふぁんたじあ』 ――
『お帰りなさいませ! ご主人様ぁ! お嬢さまぁ!』
おお、本当に『いらっしゃいませ』の代わりに『お帰りなさいませ! ご主人様』って言うんだ! ちょっと感動。
私はお嬢様なのか。奥様と呼ばれないだけまだましか。呼ばれたらどうしよう?
店内は壁も机もソファーも明るい配色だ。
そしてメイドさんは頭には白のカチューシャ、薄ブラウンのメイド服に白のエプロンだけど、スカートが膝上どころか股下だぞ!
当然、お客さんは男性ばかりだ。その視線の先も……と思いきや、そんな露骨には見ていない。男オタクはシャイなのは本当だったんだ。
「メニューにはいろいろなものがありますね。あ、アルコールも」
織音さんはメニュー表に釘付けだ。普通、逆じゃないのかこの状況は。
私は喫茶店でお昼を食べたばかりだし、『ふぁんたじあくりーむそーだ』を。
織音さんは『ふぁんたじあこーらふろーと』を。
気のせいか、織音さんの目が『おえかきふぁんたじあおむらいす』に釘付けだったのは……見て見ぬ振りをしておこう。
あとは店内の様子とか、メイドさんの仕草とかを物見遊山のカップルのごとく話題に出しながら、他のお客さんへのサービスを長めながら過ごし、
『行ってらっしゃいませ! ご主人様ぁ! お嬢さまぁ!』
行ってきます! と心の中で挨拶しながら二軒目へと出発した。
―― 二軒目『Gotik Glosbe』 ――
『いらっしゃいませ。ようこそ。我が主の
ドアを開けると、ゴスロリ衣装に身を包んだメイドさんが、抑揚のない語り口を私たちに向けてきた。
店内はちょっと薄暗いけど、所々紅いライトが
意外にも店内は同じようなゴスロリの衣装を着た女性が多い。もちろん”ご主人様”っぽい、黒のコートを身に
『ごゆっくりと、おくつろぎ下さいませ』
私は『
織音さんは『
「思ってたより落ち着きますね」
織音さんコーラばかりだな。やっぱりウンベルトさんの注文かな。
『またのお越しを、お待ち致しております』
淡々とした見送りの声を背中に受けながら、三軒目へと向かった。
―― 三軒目『アニラブカフェ』 ――
ドアを開けるとアニメソングが飛んできた。しかも誰かのカラオケだ。
店内はアニメのポスターやキャラクターのフィギュアやぬいぐるみが所狭しと置かれている。もちろん男性向けのヤツだ。
メイドさんはメイドさんじゃなかった。アニメキャラのコスプレだ。もちろん女性キャラのコスプレだ。観たことないけど作品名やキャラ名はいくつか知っている。
それゆえかお客さんも男性が多い。あ、DJブースもある。
前の、前の前の店でも織音さんがあんまり美味しそうにコーラを飲むものだから、つられて注文しちゃった。
「よろしかったら一曲どうですか?」
織音さんに勧められるが”ブンブンブン!”と首を左右に振る。
いや、歌ってもいいのだが、さすがに見ず知らずの男性の前で歌うのは……。
「じゃあ僕が」
おいいいいい! ……でもちょっと歌声を聞いてみたい。
「♪~」
おお! なんの曲だ? でも意外といけてる? 思わずテーブルにおいてあるサイリウムを振っちゃった。
さすがに日が落ちている時間だったので、ナポリタンを追加で二つ注文した。
もちろん織音さんはコーラのおかわりで。
『ま、また来ないと、な、泣いちゃうんだからね!』
何かのアニメのセリフを真に受け、あたふたする織音さんを引っ張りながら、家路へとついた。
帰り道。まだ夜の八時ぐらいなのに、ほとんどの店のシャッターは降りて、人影もまばらだった。
「ありがとうございます。おかげで当分
「それがなにも話さなくて。眠っているんですかね?」
「そうですか、マルゲリータさんの意見も聞きたかったんですが、仕方ないですね。あ、もし今度、青田さんが行きたいところがございましたらおつきあいしますよ。あのワンボックス車もマダムが自由に使っていいっておっしゃっていましたから」
「あ、いえそんな、今日も奢ってもらっ……」
『あら、では織音”様”。お言葉に甘えまして……』
「え? 青田、さん……マルゲリータさん!?」
『もしよろしければ、今度はわたくしを執事喫茶までお連れ願えませんでしょうか? フフフ……』
……や、やられたぁ。ここで出てくるなんてぇ~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます