第33話 仲間

 俺と博孝ひろたかは、みつるとハルと竹中が待つキャンプに戻ってきた。

 キャンプは中止になったが、ご飯は食べたいということで、皆でカップラーメンを食べることになった。数十年経ってもカップラーメンの味は変わらない。

 なぜか竹中は一人、カップ焼きそばを食べた。匂いが強烈な奴だ。嫌がらせかよ。


 食べながら、リーダー層の打ち合わせ結果を皆で共有する。

 ついでに俺の懸念事項も。

 

「想定できる最悪のケースは、火炎戦車ファイアタンクが、直接この近くに転移してくることだ。いきなり来られても太刀打ちできない」

「……今の内に罠を用意できないでしょうか」

 

 みつるは人差し指を頬にあてて言った。

 考える時の仕草らしい。

 

「俺を信じるのか?」

 

 根拠もない話なので、受け入れられるかは半々かと思っていた。俺が聞くと、みつるは当然のように頷く。

 

「私たちは神崎さんのこと、知ってますもん。ねえ、博孝さん、竹中さん」

「この中で一番戦闘経験のある旦那の言葉じゃ、無視できねえな。別に罠を張って損は無いだろう」

 

 竹中も同意する。

 みつるは話を続けた。

 

「でも罠に用意した爆薬は、無くなってしまったんですよね……」

「いや、まだ残ってるぞ。超特大のが」

 

 爆薬はもう無いと肩を落とす俺たちだが、竹中がそれを否定する。

 

「残ってる?」

「イズモの支援車両には、最終手段、車両ごと悪魔イービルを爆破するための爆薬が積まれてる」

「!!」

「そいつを取り出して加工すりゃあいい」

 

 竹中は楽しそうに言って、どこからか出したペンチを振った。

 工作道具を常時所持してるなんて、マニアか。

 

「……敵が戦術を知っているなら、火炎戦車ファイアタンクは有利を取るため私たちよりも高い位置に出現するでしょう」

 

 みつるはノートパソコンの画面を俺たちに見せた。

 キャンプしている場所付近の立体的な地図が、そこには映し出されていた。

 

「その上、あんな大きい悪魔、着地できる場所は限られます。諸々の条件を考慮すれば、出現位置はここです!」

 

 山の斜面を指して、みつるは断言した。

 

「よし! 二度目の襲撃に備え、準備開始だ」

 

 博孝がリーダーらしくまとめる。

 俺はじーんときた。

 

「……仲間って、良いもんだな」

「私は何をすればいいんだ、優?」

「お前はちょっと黙ってろ」

 

 ハルに「大人しくしてろよ」と言い聞かせながら、俺も竹中を手伝うため立ち上がった。

 

 

 

 竹中が即席の爆弾を設置して、一時間経つか経たないか。

 俺はキャンプから離れ、向かいの山の上でじっとその時を待っていた。

 ふと予感を覚えて弓を取り上げる。

 

 轟……!

 

 地響きと雷鳴のような音が同時に鳴った。

 熱風が木々を押し倒すように広がる。

 みつるの予測通りの位置だ。

 悪魔の出現位置より高い山頂に立った俺は、黒麒麟ナイトジラフの弓を引き絞る。

 閃光の中で、爆弾を踏んでのけぞる、巨大なダンゴ虫型の悪魔イービルの影が見えた。

 

「……"あけ天泣てんきゅう"!」

 

 火炎戦車ファイアタンクの腹めがけて、必殺の一撃を撃ち込む。

 赤い光の矢は吸い込まれるように敵に命中した。

 苦痛にもがくように、甲羅の下から生えた幾多の節足がわらわらと動く。俺の放った矢は貫通していない。丈夫な奴だ。弱点……魔核コアはどこだ。

 

『やりましたね、神崎さん! それでは作戦通り、私たちは他のチームメンバーに撤退を呼びかけ、彼らを守りながら後退します』

「頼む」

 

 支援車両にいる、みつるからテレパシーによる連絡。

 俺は黒麒麟ナイトジラフの弓に矢をつがえた。

 しかし、火炎戦車ファイアタンクは地面に節足を降ろし、移動を開始しようとしている。弱点の腹が見えなくなった。

 それでも駄目元で矢を放つ。

 

「くそっ、やっぱり装甲は頑丈だな!」

 

 下級悪魔なら一撃で葬る矢を弾かれて、俺は舌打ちした。

 

『……神崎さん! 一班のリーダーの矢吹さんが、抗戦すると言って聞かず戦い始めました!』

「何だって?!」

 

 黒麒麟ナイトジラフの使い手だという、矢吹花梨やぶきかりん

 だが火炎戦車ファイアタンクの頑丈な装甲に切りかかるのは、いくらなんでも無理がある。

 

「あの女、無茶しやがって!」

 

 俺は勢いよく斜面を駆け降りた。

 遠距離から狙撃したため、敵からは距離がある。

 博孝ひろたかたちの方が火炎戦車ファイアタンクに近い。

 

 現場に近付くと、火炎戦車ファイアタンクの黒い甲羅の下から、長い複数の節足が伸びているのが見えた。

 節足はイズモCESTの隊員に襲いかかっている。


「応戦せずに、支援車両でさっさと逃げてれば良かったのに!」


 ここは山中とは言え車道があるから、車に乗った方が速く移動できる。

 博孝が俺を見つけて叫んだ。

 

「神崎さん!」

 

 博孝の黒麒麟ナイトジラフは刀だ。

 こういった接近戦や乱戦でもっとも威力を発揮する。

 博孝は刀でガンガン節足を切って捨てている。

 

「博孝、お前の不知火しらぬいで防衛線を張って、さっさと車に乗れ! 俺が殿しんがりをつとめるから!」

「矢吹さんが……」

「……はあーーっ!」

 

 掛け声と共に、火炎戦車ファイアタンクに突っ込む花梨。

 その手には真っ黒な槍が握られている。

 俺の持つゼロナンバー以外、黒麒麟ナイトジラフは敵に当てさえすれば、悪魔の超再生を無効化し自壊させる特殊能力がある。しかしあの巨体に効くかどうか。

 花梨の槍に向かって複数の節足が伸びる。

 槍に触れた途端に砂になって崩れる節足。

 しかしイソギンチャクの触手のように次から次へ伸びる節足は、ついに槍の勢いを殺し、花梨の身体を拘束した。

 

「は、離せっ!」

 

 火炎戦車ファイアタンクの頭部の一部が、左右に開かれる。

 細長いスリットは口のようだ。

 奴は花梨を食おうとしている。

 

「……全く世話が焼ける」

 

 俺は矢を放って、彼女を捕らえた節足を打ち砕く。

 素早く駆け寄ると、尻餅をつきそうな花梨を黒麒麟ナイトジラフごと抱き上げ、後ろに飛んだ。

 

「あ、あんた、目の色が?!」

 

 花梨が俺の赤い目に気付いて声を上げる。

 運動能力を引き上げるため、悪魔イービルの力を使っている影響で、今の俺の目は赤く染まっている。

 節足を回避して走り、博孝が張った白い炎の壁の向こう側へ、花梨の身体を放り投げた。

 

「俺に構わず逃げろ!」

 

 炎の壁の向こうで博孝は頷き、花梨を引っ張り起こして、後退を始めた。

 俺は炎の前に立ち、火炎戦車ファイアタンクと相対する。

 熱気を放つ黒い装甲がじりじり近付いてくる。

 このままでは踏みつぶされるだろう。

 

「ってか、でかすぎるだろ。怪獣に踏まれて死ぬのは、さすがに嫌だな」

 

 小学校の体育館くらいある巨体を見上げ、俺は冷や汗をかく。

 矢が通らない装甲。

 見つからない敵の魔核コア

 仲間が逃げる時間稼ぎのため、ここを動けない。

 ここまで追い詰められたのは久しぶりだ。

 

 

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