第26話 武器

 ハルは白髪に被せた上着を取り、真っ赤な瞳で教室の中を見渡した。

 教室内に「ほう……」と溜め息が満ちる。

 一緒に来た校長ののぞみが、生徒たちに説明した。

 

「彼女、神崎ハルさんは、イービルウイルスの鎮静治療中にこのような姿になりました。非常に珍しいケースですが、日常生活に支障はありません。皆さん、クラスメートとして仲良くしてあげてください。必要以上に騒がないように」

 

 ハルを物珍しそうに見る生徒たちは、希の説明に納得したようだった。

 悪魔と同じ赤い瞳に、僅かな緊張や恐怖が漂っていたのだが、ハルが挨拶がわりにペコリと頭を下げるとそれは霧散する。

 希は落ち着いた教室の雰囲気に安堵したように頷くと、教師に後を引き継いだ。

 

「それではいつも通りに授業をお願いします」

「ハルちゃん、こっち。私の隣に座って」

 

 葉月はハルを引っ張って、席に座らせる。

 希が去って、資料を映す大型スクリーンの前に立った教師が、授業を始めた。教科書や課題はタブレット端末に表示されるらしい。葉月がハルも見えるようにタブレットを差し出して、指で画面をタップする。

 

「さて、ハルさんも加わったので、悪魔について基本的な事項をおさらいしようと思います」

 

 男性教師は穏やかな口調で言った。

 

悪魔イービルと普通の動物の違いは何でしょう? 誰か答えてください」

 

 葉月が隣で手を上げる。

 

桜井葉月さくらいはづきさん、どうぞ」

「はい。悪魔が普通の動物と違う点は二つあります。ひとつは驚異的な再生能力を持つこと、ふたつめは短期間に劇的な身体変異、種の進化をすることです」

「正解です」

 

 教師はスクリーンに映像を出す。

 それはマーモルモの手足をナイフで切る残酷な動画だった。

 切断面から血が吹き出すが、一分ほど経つと再生が始まり、五分以上経つと元通りの手足が現れるまで、早送りで映し出される。

 

「このように悪魔は身体のどの部分を破損しても、一時間以内に再生します。例外は身体内にある魔核コアだけ。対悪魔武器CEWは、この再生力を弱める効力が付加されています」

 

 スクリーンの写真が切り替わる。

 今度は画面の左半分に普通の犬の写真、右半分に直立歩行する犬頭鬼人コボルドが表示された。

 

「右側が、イービルウイルスに感染した犬が進化した悪魔です。イービルウイルスに感染して数ヶ月以上経つと、このように身体の作りそのものが変わり、神経に異変が起きて破壊衝動が顕著となります。私たちはイービルウイルスによって進化させられた狂暴な生物を、悪魔イービルと呼んでいる訳です」

 

 説明を聞いていて、ハルは途中で眠くなってきた。

 理屈などどうでもいい。

 戦場では勝つか負けるかが全てだ。

 絶対に勝てる方法を教えてくれるなら喜んで聞くのだが。

 学校と聞いて面白半分に来てみたものの、早くもハルは授業が面倒くさくなっていた。

 

「……特別な対悪魔武器、CEX黒麒麟ナイトジラフシリーズは、上級悪魔ノーブル魔核コアで作られています。上級悪魔はイービルウイルスそのものに干渉する能力を持ち、黒麒麟ナイトジラフもその性質を受け継いでいます。黒麒麟ナイトジラフは、攻撃した悪魔の生体組織に自壊を命じる機能が備わっています。ゆえに黒麒麟ナイトジラフは最強の対悪魔武器なのです」

 

 居眠りを始めていたハルは、ぱちっと目を開いた。

 最強の対悪魔武器。

 気になるキーワードだ。

 

「……質問する」

「ちょっとハルちゃん?!」

 

 いきなり手を上げたハルに、葉月が驚愕する。

 教師は落ち着き払って新入りのハルを見た。

 

「何でしょう」

「その黒麒麟ナイトジラフはどうやったら手に入る?」

 

 教室がざわめいた。

 葉月は困った顔になっている。

 教師は淡々と答えた。

 

「……黒麒麟ナイトジラフは所有者を選ぶ武器ですからね。成績優秀者や推薦を受けた者が使い手候補として選ばれ、黒麒麟ナイトジラフと対面できますが、相性の問題で手に入れられるとは限らない」

「相性があるのか……」

 

 ハルは黒麒麟ナイトジラフに興味を抱いたが、相性が悪ければ使えないと聞いて眉を下げた。

 への字口になったハルの制服の裾を、葉月がちょいちょいと引く。

 彼女は声をひそめて言った。

 

「ハルちゃんハルちゃん、優さんが使ってた弓は、黒麒麟ナイトジラフだそうよ」

「え……?」

 

 あれがそうなのか。

 大悪魔蛙ラージフロッグを豪快に撃ち抜いた優の技を思い出して、ハルは納得する。確かに強力な武器だった。

 途中で別れた優は、今どこで何をしているのだろう。

 姿が見えないとそこはかとなく不安になる。

 授業はいつ終わるかと思いながらハルは胸に手を当てた。

 

「それにしても、ぶらじゃーとやらは息苦しいな」

 

 女性の身体は胸がたっぷんたっぷん揺れて動きにくい。

 早く男性の身体に戻りたいものだと、ハルは思った。

 

 

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