第24話 誤解

 桜井葉月さくらいはづきは、イズモCESTを養成する学院の二年生だ。

 葉月はづきは他の男子生徒から「大和撫子やまとなでしこ」というあだ名で呼ばれている。腰まで届くような艶やかな黒髪と、清潔に整った容姿が由来らしい。葉月本人は、悪魔と戦う戦士を育てる学院に通っているのに、戦えないお嬢様と見られているようで、このあだ名は本意ではない。

 

 だが本人はどう思っていようと、葉月はイズモCESTに多額の資金援助をしているルーテル教会の娘で、お嬢様と言われても仕方のない身分だった。

 そのせいで、つい先日、葉月は不審な男たちに浚われ、放棄都市・東京に連れていかれたのだ。

 

 死を覚悟した葉月だったが、東京で偶然出会った不思議な男性・神崎優かんざきゆうに助けられ、イズモに無事、戻ってくることができた。

 恩人の神崎はしばらくイズモCESTに身を寄せるようだ。


「彼と一緒に少々訳ありの少女も引き取ることになってね。葉月、すまないが、女性用の下着や着替えを何セットか買い揃えて、届けてやって欲しい」


 夏見司令にそう電話で頼まれたのが、昨夜のこと。

 状況が分からないままに、葉月はデパートに行って女性用の衣服類を数日分、買ってきた。

 

「夏見おじさま、相変わらず説明が足りないんだから。その子の好みも分からないのに、勝手に買って良かったのかしら」

 

 葉月と、イズモCESTの司令・夏見孝なつみたかしは遠い親戚であり、家族ぐるみの付き合いがある。

 紙袋の中に入れたイチゴ柄のパンティーを見下ろして、葉月は溜息を付く。

 今朝、夏見の秘書に渡されたメモを見ながら、彼女はクラウドタワーの近くにあるイズモCEST所有のマンションに恐る恐る足を踏み入れた。

 

「えーと、五〇五号室?」

 

 ドアの横にあるインターフォンに指を伸ばそうとしたところで、唐突に目的の部屋のドアが開く。

 

「……うるさいっ、私は外に出たいのだ!」

 

 何事か叫びながら現れたのは、白髪にルビーのような赤い瞳の少女。

 シャワーを浴びた後なのか白髪はしっとりと濡れ、肌に水滴が付いている。

 少女はタオルをひっかけただけの全裸だった。

 

「え?」

 

 裸の少女の登場に、葉月は一瞬、状況が理解できずに立ちすくむ。

 混乱に輪をかけたのは彼女の後ろから出てきた男性の存在だった。

 

「おい、頼むからその恰好で……って、葉月ちゃん?!」

 

 廊下に立った男性、神崎が目を丸くする。

 神崎は裸ではなかったが下着姿で、寝起きなのか髪が跳ねている。

 裸の少女と神崎を見比べ、葉月はある結論に至った。

 

「っつ、邪魔してすみませんでした!」

「ちょっと待って! 誤解だ誤解ーっ!」

 

 勢いよくドアを閉めて背を向けると、神崎の慌てた声が追いかけてくる。

 葉月は胸を押さえて閉めたドアの前に立った。

 なぜか胸が痛む。

 

「そう、私、神崎さんが好きだったのかも。短い恋だったわ……」

 

 葉月は惚れっぽい性格で、幼馴染の博孝ひろたかに想いを寄せられていると気付かず、これまでもいろいろな男性を好きになった。だが奥手なので行動に移せず、密かに博孝を安心させていると知らない。

 マンションの廊下で落ち込む葉月が本当に誤解だったと気付くのに、少し時間が掛かった。




「ああ、まったく、勘弁してくれ!」

 

 俺は何とか葉月の誤解を解くことに成功する。

 下手な悪魔との戦いより時間が掛かった。

 今、彼女はハルに、女性用下着の着方をレクチャーしているところだ。

 

「私はこんな服を着たことはない……」

「嘘? ハルさんの年齢でブラジャーを付けないって、いったいどんな教育方針のご家庭ですか」

 

 薄い扉を隔てた隣室で少女たちが話す声が聞こえてくる。

 そこはかとなく楽しそうだ。

 

「ハルさん、スカートの方がいいですよ。絶対に可愛いですよ!」

「そ、そうだろうか」

 

 俺は部屋に備え付けてあったソファーにもたれて、煙草たばこを吸った。

 東京から持ってきた数少ない嗜好品だ。

 イズモで煙草類の規制がどうなってるか分からないから、節約して吸わないとな。

 一本の半分以上、吸い終わったところで、部屋から葉月とハルが現れた。

 

「どうだ?!」

 

 いや、どうだって言われても。

 ハルは紺色の学生服の上下を着ていた。ブレザータイプで、下がスカートのなかなか可愛いデザインの制服だ。長い白髪は、紺色のリボンでまとめてポニーテールになっている。

 俺は女性相手に使う無難な台詞を、頭の中から引っ張り出した。

 

「似合ってるぞ」

「本当か? それにしても、女性が着る服はどうも、すーすーして困るな」

 

 ハルの言動がおかしい。

 おかしいが、いつもおかしいので俺は深く考えるのを諦めた。

 

「じゃあ、イズモCE学院に行きましょう」

 

 葉月が俺の準備をうながす。

 

「夏見さん、本当にこいつを学校に通わすつもりなのか……?」

「今更、何を言ってるんですか。夏見おじさまは、神崎さんに先生になってほしいと言ってましたよ」

「先生? 教師だと……?!」

 

 俺は誰かにものを教えるような性格じゃない。

 分かっている癖に、夏見は何を考えているのか。

  

「イズモCESTの給与と、教員の給与の両方で、この前の損害を天引きすると言ってましたが。嫌なら損害賠償で一括で払えと」

「脅迫じゃねえか!」


 ほとんど選択肢がない。

 夏見は俺をこきつかうつもりのようだ。

 俺は葉月に引きずられるまま、ハルと一緒にイズモCE学院とやらに連行された。

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