9番目の死神〜学院の落ちこぼれは最強魔法士でした〜
@kinoko03
プロローグ
「ケホッケホッ……もうちょっとなのよ……」
うす暗い部屋に光球が一つ浮かび、埃と資料、そしてよくわからない薬草や液体の置かれた室内を照らし出している。
部屋の主はまだあどけなさの残る少女だ。黒いローブを身につつけて、フードの隙間からぼさぼさの髪が垂れていた。青白い手で鍋をかき混ぜる様子は、異国の魔女を思わせる。
ただし、少女は魔女と言われるのを好まない。
彼女に言わせれば魔女と魔術師は全く別物らしい。魔女は魔法、魔術師は魔術と扱うモノが違う。だから一緒にするな。というのが彼女の言い分だ。
もっとも、魔法士協会ではどちらも超常の力と一纏めにしてしまっている。その程度の違いである。
そんな魔術師可憐はなぜはぐれなのか。
ほんの数週間前まで通っていた東京魔術学院を、とある事情により退学させられたからだ。
しかし、彼女はそんな些細な事を気にしていない。
「超天才たる可憐ちゃんからすれば、あんな低レベルな学校退学になってせいせいしたってもんなのよ」とは実際に彼女が知人に語った内容である。
それを聞いた知人が「あーひきずってんなー」と思ったとかなんとか。
そんなわけで、仁科可憐は現在フリーの魔術師として活動していた。
無論、学院も出ていない魔術師がありつける仕事などたかが知れている。くっさい魔術触媒を作るか、逃げ出した
「ッ見えた!」
彼女が叫んだその手元には、今までかき混ぜていた鍋がある。そのドロドロの表面には詳細な地図が出来上がっていた。魔術による人探しの地図だ。
「見つけたのよ、ハインリヒ!」
鍋を覗き込む彼女の脇には一枚の紙が落ちている。
そこにはこんな事が書かれてあった。
『氏名 ハインリヒ・ギュンター
年齢 37歳
罪状 強盗、殺人等
賞金 50万G
※生死は問わない』
ご丁寧に似顔絵までついたそれは、まごう事無き手配書である。早い話が賞金首だ。超常の力による犯罪は表の法律で裁けないため、協会が賞金をかけて同族に駆らせていた。
そう、彼女の副業は賞金稼ぎなのだ。
もちろん罪を犯すような魔法士はどれも凶暴だが、知ったものかとばかりに幾人もの賞金首を捕まえてきた。普通の賞金稼ぎが一年間で5万Gも稼げないところ、彼女の獲得賞金はたったの数週間でなんと3万G! 一部では天才だの守銭奴などと言われているらしい。
そんな彼女にとって、ハインリヒはこれまでで最も厄介で、最も賞金が高かった。だからこそ、この三日間は
「待ってろ50万Gなのよ!」
彼女の瞳は完全にGになっていた。
§
ハインリヒが潜伏しているのは辛うじて都内というだけの山奥だ。標高でいったら一千メートル後半はあるだろう。可憐はローブ姿で拠点を飛び出したのを後悔しながら、道なき道を進む羽目になっていた。
慣れない山道に憔悴する可憐。
「ち、ちくしょうなのよ……なんで私がこんな目に、合わなきゃ、ならないのよ……ハインリヒのやつを見つけたら、絶対、ぜーったいに文句を言ってやるのよっ!」
やっぱり元気そうである。
遠視で鍋の地図を確認しながら歩き始めて早五時間。地図の通りならそろそろ着いてもおかしくない頃合だ。
そして、可憐のローブがボロボロになった頃に、ようやく目的地に辿り着いた。
「ぜぇ……ぜぇ……ぶっころなのよ……」
辺鄙な山奥に突如現れた屋敷。
ここがハインリヒの潜伏地である。
屋敷には【追跡阻害】【迷子】【人払い】の呪文がかかっていたが、彼女はその全てを無効化した上で、それに気付かれないための偽装魔術までかけていた。
可憐は客観的にも優秀な魔術師なのだ。
そうでなければ、短期間で数万に及ぶ賞金を得ることは出来なかっただろう。断じてただのドジっ子ではないのである。
そんな優秀な魔術師の感覚が禍々しい魔力を捉えた。
「屋敷の中なのよ」
間違いない、ハインリヒは屋敷の中にいる。
彼女はそれを確信して息をついた。
「よしっ! なのよ」
気合を入れ、【静寂】と【透明化】の魔術をかける。これで存在はほぼバレないだろう。
なんとなく忍び足で屋敷に近づく。
入り口は一つしかない――わけがない。巧妙に隠されている隠し扉の存在を可憐は見つけ出した。何も考えずに正面から入ろうとすれば、とんでもない罠が仕掛けられていたに違いない。
「こんなの引っかかる奴が馬鹿なのよ」
ニヤリと(本人はニヒルなつもりで)笑う。
念の為隠し扉を丹念に調べるが、こちらは特に罠もなさそうだと分かると、グイッと思い切りよく開けた。突然火が吹いたり矢が飛んできたりはしない。
「潜入成功なのよ」
軽くポーズを決めた。
ここは裏口なのだろう、大きな屋敷にしては内装は質素なものだ。赤い絨毯が敷き詰められている以外は普通の西洋建築という感じである。足を踏み入れると絨毯がふかふかしている。一歩歩くごとにポフって感じの音がして地味に歩きづらい。
ハインリヒぶっころなのよと物騒な事を呟きながら中へ入っていった。
魔力の反応は二階からしている。
少し歩き回って階段を探していると、正面玄関が見つかった。内側から見ると【硬直】【麻痺】【激痛】などなど底意地の悪そうな罠が張ってあるのが分かる。無警戒で正面から入ったら大変な目にあっただろう。
お目当ての階段は玄関からそう離れていない場所で見つかった。
深呼吸して精神を整える。
「さあ、いくのよ」
気合を入れて階段を上がる。
一段足をかける毎に木が軋む音がするが、【静寂】の魔術があるので遠くへは響かない。それでもボロっちい階段を上がりきり、そして、彼女はため息をついた。
階段を上った先の廊下に、ハインリヒ・ギュンターが仁王立ちで待っていたのだ。
奇襲しようとこそこそしていたが、バレていたなら全部無駄だ。今まで必死に音をたてないようにしていたのを、高みから見物されていたかと思うと腸が煮え返る。
仁科可憐は短気だった。
「ふむ、どちら様かな」
対するハインリヒは余裕綽々といった様子。
「そんなこともわかんないのよ? 私は……」
「私は?」
「賞金稼ぎなのよっ!」
叫びながら両腕を突き出すと、魔法陣がくるくると回りながら展開した。この陣から発現する魔術はとても単純で弱いが、奇襲には十分だ。
「ぶっ飛ぶのよ!」
魔法陣の中心から猛烈な勢いで【濃霧】が吹き出した。一瞬で視界が白く霞む程の勢いで、人ひとりなど簡単に飛ばされてしまうだろう。
そして、十秒もしないうちに新しい魔法陣を展開する。
「かちこちなのよ!」
今度は魔法陣から強烈な【冷気】が吹き出す。先程の霧が一瞬で冷やされて水滴となり、そして凍りつく。気付けば広い屋敷の廊下は冷凍庫のように全面凍りついていた。
霧を真正面から食らったハインリヒも例外ではなく、全身に薄い氷を纏い地面にへたりこんでいる。
「ままま待ってくれ、いい幾らだ、かかか金ならいくらでも、は払う!」
「こっちは山登りまでさせられてイライラしてるのよ。ちょっとやそっとじゃ許さないのよ。そうね……」
寒さに震える賞金首の前までつかつかと歩み寄り、宣言する。
「百万Gなら考えてやるのよ」
【濃霧】で奇襲し【冷気】で凍らせるのは可憐の黄金パターンで、今までの賞金首は殆どこれだけで捕まえられた。強力な魔術ほど準備に手間と時間がかかる事を思えば、簡単な魔術の組み合わせの方がなるほど有用である。
ハインリヒの媚びるような視線を見て、彼女は勝利を確信した。
しかし、ハインリヒの賞金はこれまでとは一回りも二回りも違う。これまでの賞金首と同じ方法でどうにかできるというのは少しばかり傲慢だったのだろう。
「それはちょっと……欲張り過ぎだな」
目の前でハインリヒの身体にひびが入り、粉々に砕け散る。
呆気にとられる彼女の足元に巨大な魔法陣が展開された。次の瞬間青白い半透明の壁が出現する。左右前後を壁に囲まれ、どこにも逃げ場がない。
一瞬の早業で立場が逆転した。
よくよく見れば砕けたハインリヒの破片の断面は木で出来ている。デク人形を魔術で動かしていたのだろう。彼女は人形相手に勝ち誇っていた自分が恥ずかしくなった。
「してやられたってわけなのよ……」
苦渋の表情を浮かべる彼女の耳にどこからか高笑いが聞こえてくる。
少し遅れて全く無傷のハインリヒが姿を現した。
悔しいことに彼女はどうやってハインリヒが姿を隠していたのか見当もついていない。人形を操っていたのだから、そう遠くにはいなかったはずなのだが。
「まだまだお前のような小娘に取らせてやるほどこの首は落ちぶれていなくてね」
「……」
「強盗? 殺人? 確かにやったさ。しかし、それだけで本当に50万もの賞金がかかると思っていたのかい? 本当はもっと……もっと冒涜的な事をしたのさ! そう、悪魔召喚をね」
ハインリヒの肩口から
おぞましい魔力はこの悪魔から漏れ出したものだったらしい。
「ドイツの寒村でミサと偽り村人を集め、彼らの首から上を半分に割って、召喚の贄とした。素晴らしい瞬間だったよ。この世の終わりのような表情をして、こちらを睨んでくるんだ。ははは、お陰でこんなに高位の悪魔を召喚できた」
「そんな……協会の倫理規定に反してるのよ!」
「その通りだとも。結果、私は協会から追われる身となり、故郷のオーストリアどころか欧州からも逃げ出す羽目になった。あの忌々しい【死神】め! いつかは仕返しが必要だろう」
「いつかなんてないのよ! 協会はあんたをすぐに捕まえるのよ!」
「ふむ、それは違うな」
ハインリヒはマントを大袈裟に翻した。
「この国の魔法士は弱い。賞金稼ぎも弱ければ、魔法士協会とて極東支部の歴史は浅い。歴史は強さだ。このような惰弱な地の協会に私は捕まりはせん」
そう言い切るや否や、ハインリヒの身体から膨大な魔力が吹き出した。彼女はこれ程の魔力を見たことがない。東京魔術学院の学長でさえこれには及ばないのではないか。
こんな化物に関わろうとしたのが間違いだった。彼女はそう悟ってしまった。
魔術の心得ならば彼女は負けるつもりはないが、目の前の魔力はそれが小細工に思えてしまうくらい圧倒的なのだ。ここから生き残る手段がどうしても分からない。
それでも、彼女は諦めない。
「例え私がやられたとしても、この国には、あんたなんか目じゃないくらいの化物がいくらでもいるのよ」
苦しいまでの負け惜しみだが、それにハインリヒは反応した。
「ほう、そんなにすごい化物が居ながら、この国の魔法士達はたった二年で協会に膝を屈したのか」
「ぐっ……」
かつて、日本のアンダーグラウンドは世界から独立を保ち、独自の道を歩んできた。しかし、太平洋戦争の終結と共に乗り込んできた魔法士協会は、たったの二年でこの国の魔術結社を屈服させ、傘下へと取り込んだのである。
これをネタに大陸の魔法士は極東を嘲り、極東の魔法士はいつだって歯がみするしかなかった。
「ん?」
突然、ハインリヒが眉を顰めた。
「ふ、ふはははは! どうやら間抜けがまっ正面から屋敷に入ろうとしたようだ。お前を始末するのはお間抜けに仕置してからにするとしよう」
そう言い残しハインリヒは身体を翻す。
確か正面にはえげつない数の罠が仕掛けられていたはず。他の賞金稼ぎが来たのかもしれないが、これでは望み薄だろう。せいぜい時間稼ぎになってくれればいいのだが。
彼女は見知らぬ同業者の冥福を祈りつつ、魔力障壁を調べ始めた。僅かな時間も惜しいとばかりに、ちょこちょこと障壁の歪みを探す。
そして、
「ぎやああああああっ!」
階下から叫び声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
なにせ、先程まで会話していたハインリヒの声なのだから。
「な、なんなのよ」
同様する彼女をよそに障壁がかき消える。
「なにがあったっていうのよ」
障壁が消えたという事は、ハインリヒの身に何かがあったのは間違いない。しかし、あれだけの魔力を有する化物が遅れを取るとも思えない。
彼女の理解を越えた状況が階下で起きている。
仁科可憐は魔術師であり、未知の存在へのスタンスは解明である。そんな彼女が一階へ降りる決断をしたのは当然の事だった。
§
階段を降りた彼女の視界な入ったのは、首だけになったハインリヒと、球状結界に捉えられた半頭の悪魔と、そして黒いスーツを着た男だった。
男の胸ポケットには三つの円が絡み合う魔法士協会のエンブレムが付いている。そして、顔にはなぜか仮面をつけていた。強力な【認識阻害】の術がかけられており、その仮面の上から「Ⅸ」と書かれた紙がペタリと貼られている。
男が右手を握り込むような動作をすると、結界が徐々に狭まっていき、ついには悪魔諸共消滅した。
『対象ハインリヒ・ギュンターの処罰を完了。これより帰還する』
声帯にも何かの偽装が施されているようだ。
明らかに尋常ではないその男の存在を、しかし、彼女は知っていた。
「【死神】……なのよ……」
その呟きを聞いてか、男が彼女の方を向いた。
何を言うわけでもなく、ただじっと見つめてくる。
あれだけ強力な魔法士だったハインリヒを簡単に倒した男。それがこちらを仮面越しとは言え注視している。プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、真っ白になった頭を必死に働かせ、彼女はようやく口を動かした。
「わ、私の賞金50万Gどうしてくれるのよ!」
彼女は胸中「それはない」と突っ込む。
男はしばらく微動だにしなかったが、やがて厳かに口を開く。
『これ、いります?』
首を差し出してきた。
震えながら受け取った。
怖すぎて訳が分からなかった。
§
懲罰委員会は協会の定める倫理規定に反した魔法士を処罰する組織である。
懲罰委員会の執行官は、現人神をも凌ぐ強さを持ち、罪人を地の果まで追いかける。執行官に一度狙われればその者の命はなくなったも同然。あまりにも強く、冷酷無比な彼らについた渾名は【死神】だった。
ただし、倫理規定さえ守っていれば【死神】も優しくしてくれる、かもしれない。
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