入院患者は眠らない !?

森緒 源

第1話 …そして入院

 …子供の頃から小児喘息を持っていた僕は、その後身体が成長して大人になってもなかなか治りませんでした。

 10代からはいろんな医者にかかり治療を受けました。

 成人してからはそれなりに身体も鍛えて筋肉をつけると、ようやく普段は発作を起こすことが少なくなりましたが、その代わり今度は季節の変わり目の朝夕気温差が激しい時期などにひどく重い発作が出るようになったのです。

 特に秋から冬へと移り行く紅葉晩秋の時期には夜中に突然呼吸が苦しくなり、毎年辛い思いをしていました。

 20代の半ば頃、僕はまだ独り身で実家の商売を手伝っていました。

 父親は燃料店、母親はパン屋をやっていて、まぁ何となく家業を継いだ格好になっていたのです。

 …その日の昼間はお陽様が照って暖かかったものの、夕方から急に気温が下がり夜は冷え込みました。

 そうなるともう僕は夜中に布団の中で息苦しくなって眼を覚ましました。

 喉は呼吸とともにひゅうひゅうと鳴り、酸素を取り込めない身体はもはや思うように動かず、意識は苦しみの中で徐々に朦朧となりつつありました。

 いつまでも我慢していると身体を動かすことも出来なくなるので、僕は必死の思いで起き上がり、寝間着の上にジャンパーを羽織るとヨロヨロと家から外へ出ました。

 僕の家は駅前の商店なので、すぐ店先にはJR北松戸駅のロータリーがあり、夜中でもタクシーが何台かとまっています。

 苦しい呼吸に意識が飛びそうになりながら、僕はずるずるとそちらへ足を進めて行きました。

「…O病院、急いで… ! 」

 タクシーに乗り込むと、今にも心臓が止まりそうな苦しみを、それでも何とか表に出さないように押し殺して言いました。

 運転手は黙って車を発進させると、駅前のロータリーを回ってすぐの交差点を左折し、水戸街道を北に向かいます。

 O病院は市内の個人病院ながら、古くからの地元医で救急指定も受け入れる、僕が小さな子供の頃からの掛かり付け医院です。

 …移動1キロメートルほどのO病院に車はすぐに着きました。

 料金を払ってタクシーが走り去ると、僕は両ひざに手をつき、半屈みの状態でゼィゼィと苦しい呼吸をしばらくした後、最後の気力を振り絞ってヨロヨロと病院玄関へと何メートルかの距離を歩いて行きました。

「すみません…喘息の発作がひどくて…」

 いい若者の身体をして全く情けないと思いつつ、玄関脇の救急受付インターホンのボタンを押してそう言うと、玄関のガラス扉の中に蛍光灯の明かりが点き、扉の内側のレースのカーテンがシャッ !! と開きました。

 玄関扉が開いたので中に入ると、看護師さんが診察待合ロビーに車椅子を用意していました。

「森緒さん、大丈夫?…とりあえず車椅子に乗って!…3階のナースステーションでネフライザー処置しましょう」

 そう言われて僕は車椅子に乗り、看護師さんに押してもらいながら一緒にエレベーターで3階に移動しました。

 …この病院の3階は実は入院病室が並ぶフロアです。

(入院か?…仕方ないかもなぁ、この状況じゃ…)

 苦しくて今にも遠のきそうな意識の中で、僕はすでにそう覚悟していたのでした。


 ネフライザー処置というのは、喘息の発作を鎮める薬剤を専用の機器にて噴霧し、患者に吸入させる処置です。

 病棟3階のナースステーションで僕はその処置を受け、呼吸困難な状況からは脱しましたが、まだゼィゼィと息苦しさは残り、次に疲労感と背中をじわじわ攻める悪寒に襲われました。

「…この状況はもう、入院だね…森緒さん」

 …僕の様子を見て、看護師さんが言いました。

 僕は素直に頷くしかありませんでした。

 再び車椅子に乗せられた僕は、真夜中の病棟の暗い廊下を進んで入院用個室に入り、ベッドに寝かされました。

「…これから点滴するからね!…終わるまで寝ないで下さい。…終わったらナースコールボタンを押して呼んでね!」

 看護師のお姉さんはそう言いながらベッド脇のハンドルを回しました。

 喘息患者は辛い時には横になるとかえって息が苦しいので、ハンドルを回してベッドの上半身側の角度を起こしてもらうのです。

 …ぐったりした状態のまま僕は左腕に点滴の注入針を射され、さらにぐったりしたのでした。

 …寝ないで、と言われながらも点滴薬の注入が少しずつ進むうちにだいぶ呼吸も落ち着き、うつらうつらと眠気と疲労感の波状攻撃を受けて時々まどろみながら、気付くと点滴が終わりになる寸前だったのでナースコールボタンを押しました。

 …看護師さんに針を外してもらうと、精根尽き果てた僕はそのまま深い眠りにつきました。

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