第3部 「黒崎寛也編」

8話 開花



黒崎寛也。確かにその名が聞き取れた。


「龍弥(あに)が以前話していた・・弟か!」


よく見れば顔立ちも似てるような気がする。


「僕はずっと重い病に侵されていた。病室で長い闘病生活を送る僕を兄ちゃんはいつも応援してくれていた。医者から余命七ヶ月だと告げられた時は絶望したよ。いきなり死刑宣告を受けるにほぼ等しいからね。

“どうせなら早く殺してくれ”と兄ちゃんに懇願したことさえあった。」


「お前・・」


「でもその度に兄ちゃんは鬼の様な形相で声を張り上げて僕を叱咤したんだ。

“何いっぱしに諦めてんだ!誰が許した!!俺が生きてる限りそんなことは許さねぇ!”と。」


桐生は返す言葉が見つからなかった。この少年にとって兄とは唯一無二の支えだったんだ。


「・・そして、七ヶ月目を迎えた朝、僕は既に死を覚悟していたが予想外な事に僕は死ななかった。いや、兄が与えてくれた“生きようとする意志”が寿命を引き延ばしてくれたんだ。そしてそこから更に八ヶ月、九ヶ月、十ヶ月、一年と、破竹の勢いで僕は回復を遂げていった。医者はまさに奇跡だと驚愕していたよ。けど最初はむしろ怖かった。寿命が延長されるのに比例して、いつ何処で訪れるやもしれない死に対する恐怖は深まっていった。でもそんな時こそ兄がそばで励ましてくれたから恐怖は和らいでいった・・・というのに!!」


龍弥から話は聞いていた。皇楼祭で彼が死の間際に告げた伝言だ。桐生はそれを一語一句

ハッキリと覚えている。

“オトウトニツタエテクレ・・。 コンドコソ、オレハオマエガマンゾクデキルヨウナ・・アニニナル・・・・・・”

あの時、龍弥が能力使用の代償でめちゃくちゃになった理性を押し殺してやっと紡ぐことができたこの伝言。桐生はあれ以来、弟に会えたら真っ先に伝えようと思っていた。忘れてしまう前に(無論忘れるはずは無いのだが)。

だから桐生はこの伝言を寸分違わず寛也に伝えた。


-だが。


「嘘だ・・。嘘だ嘘だ嘘だ・・!僕は兄ちゃんの期待に応えられなかったんだ・・。応えられないまま兄ちゃんは・・」


桐生の予想に反して寛也は兄を失った悲しみ以上に自己嫌悪がそれを遥かに上回っていた。


“悪いのはお前じゃない”。そのたった一言が言えればどれだけ楽か。桐生は思っていた。

言えるわけがないじゃないか。だって寛也にとってたった一人の“希望”が絶たれたんだから。そしてその希望を絶ってしまったのは・・。



皇楼祭で黒崎龍弥と再会したあの時、桐生は逡巡していた。戦う前に試合を中断させるべきだったのか。暴走状態の龍弥を助けるべきだったのか。


否、そんなはずは無い。そんな決断をすれば観客達だって腑に落ちなかっただろうし、何より黒崎龍弥はたった一人の弟の期待に応えるためにわざわざあの場に立ったんだ。だからこそ彼の決死の覚悟とその雄姿に敬意を表して、桐生も本気で戦いに臨んだまでだ。殺しただなんて言われるのははっきり言って心外である。確かに、彼を助ける手立てはもしかしたらあったのかもしれない。

・・でもやっぱり桐生があの時点でトドメをささなくともどのみち彼の生命力は持たなかった。

あの時の行動を正当化したいだけならいくらでも言い訳は思いつくはずだった。しかし当然桐生はそんな見っともない事をするのは元より本望じゃない。なにせ、少なくともたった一人の家族を失った寛也の気持ちは理解しているつもりだからだ。

逆に自分が寛也の立場になって考えてみれば痛い程分かる。

「(俺は、この子にどう弁解するべきなのだろうか?)」


「何ボーッとしてんだ!!死ねぇッッ」


「わっ!」


そんな迷う暇すら与えず寛也は地面を駆け出してきた。


「(恐らく口で言っても説得は出来ない。相手は既にスタートダッシュを切っている。こうなってはもはや抜き差しならない!!)」


「くらえぇ!」


パシッ。


寛也が桐生の腰あたりにぶつけたものは至って「普通のパンチ」だった。華奢な身体で低身長、その上技術もない。威勢と度胸のいい割には少し意外な攻撃だった。小石を軽くぶつけられた程度の感覚だ。

「(こ、これは・・)」


当然、体格差や年齢のハンデはあるものの、

本人には申し訳ないが『弱い』以外に当て嵌まる形容詞が思い当たらない。


「まだまだ行くゾォ!」


ポスンッ。


再び同じ感覚がした。


「う、うおりゃーーーーっ!!」


ポカポカポカポカポカポカ。


攻撃が弱いと悟った寛也は両腕を闇雲にぶんぶんぶん振り回す。


「・・・」


それを拍子抜けしてみたいに上から見守る桐生。


「はぁ、はぁ、どうして・・、僕の攻撃が・・・・効かないんだ・・?」


体力を削って息切れを起こす寛也。対して桐生は一歩も動いていない。

これでも相手は敵だ。何もせずにただ一方的に攻撃を喰らっているだけではなんだか失礼だ。


「(まだ本気を出せていないだけなのか?少し試してみるか・・)」

桐生が何か閃いた様だ。そして。


「攻守交代だ。」


今度は桐生から寛也の間合いに入り込み、 一切の動きを封じる掌を寛也の肩に当てようとした。

-が。


サッ

「おっ」

意外なことに容易く躱された。

すかさず桐生は追撃する。しかし、

ササッ

案の定、すんでのところで回避された。


「(なるほど)」

桐生の睨んだ通りだった。寛也は龍弥のような特別な能力(さいのう)こそ無いが、たった一つだけ誰よりも優れていた特性を備えていた。 それは反射神経だ。だけど今の寛也には勿体ないくらいに恵まれた才能だった。

何故ならあの腕力じゃとてもじゃないが勝負にならないからだ。その反射神経を上手く利用すれば、相手の攻撃を避けつつカウンターを叩き込める。

だが寛也の場合、『避けて終わり』になってしまうのである。あまりにも惜しい才能だ。


このまま寛也を軽くあしらい続けているだけではこちらとしてもどこかもどかしい。折角の才能を開花させてあげたい。敵ながら桐生はそう思った。

なぜか。どうしても今の寛也と昔の桐生自身を照らし合わせてしまうからである。自分にもあったのだ。


どうしようもなく弱くて『何も出来ない自分のせいで全てを失った』忌々しい過去が。




















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