16.全電甲のつくりかた

 首都の迎賓館。帝都の顔。竣工して日が浅いながらも先代の建物へ最大限の敬意を払った帝国ホテル新本館は『人類の進歩と調和』をコンセプトとして建設された。それにしても日比谷公園の真向かいに十字架型の一七階建てホテルが聳えている光景は一種異様である。建て替えにあたっては旧建物の保存を求める市民による大規模な反対運動もあった。関東大震災や先の戦争の折に帝都へ降り注いだ彗星爆弾の劫火をも耐え凌いだ建物を惜しむ者たちの気持ちは、新九郎にもわからないではなかった。

 その、本来なら人で賑わうはずのラウンジで、新九郎は北條直秀と向かい合っていた。四方見回しても、最小限のホテルマンたちと、直秀の護衛の姿があるばかり。湯気を立てる珈琲と、煙を上げる煙草があっても、これでは落ち着かない。もちろん。柱や観葉植物、壺に生けた花、照明などを巧みに配することで、広いラウンジの中でも区切りのある空間が演出されているし、よほどの大声でない限り他の利用者による会話の内容はわからないだろう。しかし、人がいない。

 直秀の足元にはジュラルミンのケースが置かれている。書類用にしては分厚く、そして大きさの割には従者に持たせるのではなく、直秀本人が持ち込んでいる。

 革張りのソファに深く腰掛け、新九郎は言った。

「豪勢なことだ。いくら支払った?」

「まかり間違っても人に聞かれるわけにはいかんのでな」

「嫁さんとの馴れ初めでも聞かせてくれるのかな?」

「この男のことだ」軽口には応じず、直秀は懐から写真を取り出し、文様が周期的に変化するテーブルの上に置いた。「見覚えはあるか、伊瀬新九郎」

 これは、と応じつつ、新九郎は珈琲に口をつける。

 〈松濤トゥルーアース会館〉地下で選留主に付き従っていた『小太り』と『痩せ』のうち、小太りの方だ。新九郎が目撃した時と同じく、ネクタイまで締めた上から工員の作業着を羽織っている。だが、白髪は写真の方が随分と少ない。

 名は――。

「うちの元社員。杉下幸之助という男だ」

「〈下天会〉の幹部格のひとりだね。博士号は持っているか?」

「東京工業大学の博士課程を出ている。工学博士だ」

「悪の三博士の一角、とね。一応こちらでも調べていた男だ」助手の小言が脳裏に蘇るのを脇に寄せて、新九郎は続ける。「渡りに船だよ。あんたに訊くのが一番だと思っていた」

「富士工場で工場長と応用開発部門の長を兼任していた。彼の就任から富士工場の生産効率は三〇パーセント向上している。極めて優秀だ。新技術の導入も彼が主導した。その功績を買って東京本社の経営企画部門への栄転が決定していたのだが……」

「突然の退職。そして〈下天会〉への関与、と。新技術というのは?」

「機械装置の三次元印刷」

「印刷……?」

 思わず首を傾げた新九郎を鼻で笑い、直秀は言った。「電子空間に三次元で描いた図面の通りに物体を印刷する最新技術だ。世界でも実用化に漕ぎつけているのは我が社のみ。鋳型も、旋盤も、溶接もなく、一個単位で部品を製造できる革新的技術だよ。これを用いた少量生産ラインを富士工場で立ち上げたのが、杉下だ」

「あー、すまない、印刷というのは、紙ではなく?」

「着想は天樹の瞬時建築だ。あれは目に見えない微小な機械群に電文で命令を与えて寄せ集めたものだが、単位体積の金属を三次元図面の通りに配置して固めることで、見かけは同じことを実現している」

「強度は大丈夫なのか」

「表面に超整列鍍金を施すことで、強度だけなら超電装の装甲板にも使える」

「まさかその鍍金メッキ、金色じゃなかろうね」

「その通りだ。最高強度の場合、金色になってしまう。これが現時点での最大の課題であり、よって、軍用品への適用が現時点では難しい」直秀は珈琲に角砂糖を落とす。「なぜ知っている」

「見たんだよ。その鍍金を施された、とんでもなく巨大な超電装を」新九郎は溜息混じりの煙を吐く。「これであの偽星物とやらを連中が建造できた理由がわかった。杉下が在職時代から、その三次元印刷とやらで、量産しないが量産品水準の品質を持つ部品をひとつひとつ製造して、樹海の秘密施設で試験される超電装に紛れて富士の工場から〈天光郷〉へ輸送して組み立てたんだ」

「……私が得ている情報とは異なるな」

「何? まだ他に、何か隠し玉があるのか」

「杉下の退職後の棚卸で、三次元印刷装置一式が富士工場から消失していることが発覚した。おそらく、その〈天光郷〉とやらに持ち出されている。運転記録一式も抹消されていた。貴様が見たという金色の超電装とやらの製造にまつわる記録が我が社には現存していないということだ」

「今知ったが言い逃れはできそう、と素直に言ってもいいんだぜ」

「持ち出されたのは、超電装部品の製造を見込んだ大型設備ではない。より小型かつ高機能な、次世代型の試作機だ。こちらも記録は抹消されていたが、出力された現物がひとつ、社内に潜んでいた」

「潜んでいた?」

「見ればわかる」直秀は足元に置いていたケースを机の上に載せた。

 自ら鍵を挿し、解錠する。そして持ち手のあたりの小さなセンサーに親指を触れると、電子音が鳴り内部から錠前が開く音がする。市井では見かけたことのない技術だ。

 そして持ち手の方を新九郎へ向けた。

「開けてみろ。慎重にな」

 新九郎はまだ長い煙草を灰皿に置き、ケースを開いた。

 掌ほどの大きさの、機械の鼠がいた。生きているものよりも動きは緩慢だが、自由を求めてケースの外へと這い出そうともがいている。

「これがどうした。今や人間を真似た小電装まで実用化されているんだぞ。動物くらい、驚くに値しない」

「その鼠は、自分の全身が機械に置換されたことに気づいていない」直秀は、反応を窺うように少し間を開けてから続けた。「生きた鼠を印刷装置に放り込み、生体の大半を機械へと置き換えたものだ。目玉と脳だけが残された、改造鼠だな。工場長室の書類棚の裏に潜んでいたそうだ」

 新九郎はケースを閉じ、今日初めて、直秀の目を見た。「……これを人間に適用すれば」

「〈下天会〉には、人体改造に長けたカッショー星人という異星人の禍学者が協力している。この技術とひとつになれば」

「全電甲の軍隊を作れることになる。我が社の資産を簒奪してな」直秀は珈琲を啜り、カップを静かに置いた。「私が君を呼んだ理由がわかったか?」

「ああ。無理筋を通して憲兵隊の拘束を解かせた理由もね」

 おそらく、頭部に五色の発光器を持つ電甲戦隊五人衆については、カッショー星人ナヤゴが手ずから改造した人間だ。得物も体格も異なっていたし、剣道を習っていた少年を剣を操る全電甲に改造するような、その人体に固有の特徴を活かす改造を行っていた。

 そして、かの五人衆で培った方法論と杉下の技術を合体させた、廉価量産版の全電甲軍団が存在する。体格も得物も似通っている集団に違いない。

「私の方でも、杉下に近しかった社員、元社員の事情聴取を行った。結果、素体となる生物の体つきにはある程度の許容幅があるそうだ。だが、痩せ型の人間で三次元図面を引いた場合、肥満体は難しい。身長もせいぜい一〇糎程度の……」

 新九郎は舌打ちした。「そういうことか。女郎たちの拉致。敵対する反社会勢力の収入源を奪う目的にしては、遠回しだと思ったんだ」

「女郎だと?」

「ああ。女衒や楼主が選り好みしてるからね。商品になる女は、だいたい皆似たような体格だ。尻や乳房が邪魔になるなら切り落せばいい」言ってから補足する。「まとまった数の遊女たちが行方不明になっているんだよ。〈下天会〉と組んでいると思われる異星人マフィアと敵対するやくざの息のかかった女ばかりがね」

 直秀は、あまり興味がなさそうに「なるほど」とだけ応じた。

 彼にとっては、市井の騒動など関心を払うに値しない。重要なのは、北條の社員だった者が悪に手を染め、北條の技術が都市に牙を剥こうとしていること。発覚すれば管理体制を問われ、企業価値は下落し、軍用超電装の製造を一手に引き受ける特権的な地位を失いかねないということ。

 正義感などではなく、あくまで経済の論理によって動く。目の前の男に、財閥の頂点に君臨する老人の思考が血よりも濃く受け継がれていることに、新九郎は軽い目眩を覚えた。

「それで。言い値を払うというご依頼の内容を聞こうか」

 迷いなく直秀は言った。「杉下幸之助の抹殺」

「探偵への依頼としては随分と物騒だ。重役にまで取り立てようとした男が立場と北條の設備を利用して〈下天会〉に加担した事実を、丸ごと消し去れというわけか」新九郎は短くなった煙草を拾い上げ、ひと口吸って消した。「理由は。杉下は、なぜ〈下天会〉に協力する。少なくとも仕事では認められていたんだろう。カルトがつけ込む隙は?」

「娘がいる。交通事故で植物状態となり、五年以上に渡り入院生活を送っている」

「その娘が走り回る姿でも見せられたのかな。腐れカルトめ、忌々しい」

「答えは」

「ノーだ。僕は天樹の狗であっても、北條の手先じゃない。杉下の行いも、他の構成員と同じく白日の下に晒すさ」

「そうか」直秀は口の端で笑った。「なら、それでも構わん」

「意外だな。断れば狙撃でもされるかと思ったよ」

「私の個人的な考えだが、この技術は、一度凍結されるべきだ」直秀は閉じたケースの表面を撫でる。なぜ、と新九郎が問うと、「拡散を制御できないからだ」と直秀は言った。

「北條だけで独占できないと?」

「そうだ。現に杉下は持ち出した。装置が流出すれば、そこから作り出される製品も流出する。我が社と同等の品質を持つ超電装用装甲が街の工房で手に入るようになっては都合が悪いのだよ」

「杉下とカッショーの兵隊が街で暴れれば、嫌でも凍結されるか」新九郎はもう一本煙草に火を着け、言った。「つくづくあんたはクソ野郎だ。被害が出た方が都合がいいってわけか」

「杉下が抹殺され、全電甲と三次元印刷技術の存在が表沙汰にならないなら、それでも構わん。君の正義は、どう転ぼうと我が社の利益になるということだ」

「なら黙っていろ」新九郎は立ち上がる。

「急ぎなら送らせよう」

「忌々しいが頼もうかな」新九郎は帽子を被った。「全電甲の群れを阻めるを、蘇らせに行く」

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