第2話 上っ面の日常

 学校に到着後、教室に入ると真っ先に目が合うのは次郎だった。すると次郎は何事もなかったかのように「よう」と言って近づいてくる。

 一体こいつは、どういう感情をもってこのような態度を取っているのだろうか……。圭には計り知れないし、知りたくもない。


 そんな圭は今ここで次郎に対してあいさつを返す器量は残念ながらない。一瞥するとスルーして自分の机に向かっていく。


「え? おい……、どうしたんだよ?」

 圭からしてみれば明らかに白々しいセリフを吐いて圭の後を追ってくる次郎。俺が椅子に座ると次郎がその前に立ってきた。


「圭……何怒っているんだ? なにかあったのか?」


 ……まったく、こいつの神経は一体どうなっているのだか……。一度ため息をつき、次郎に渋々視線を送りつける。

「……お前……分かっているよな?」


 そうして指を二本立てて次郎に向けて見せる。

「二回だ……。二回目だぞ、裏切りを見せたのは……?」


 そうだ、圭は過去に一度、裏切りを受けている。それはこの状況に陥ったすべての元凶ともいえるもの。次郎にはめられ、圭はネイティブに……そしてコントラクトの闇に巻き込まれることになった。


「いや……でも……契約上……しかたが」

「あぁ、仕方がなかったよな? 今回の件も契約上の話だろ? まったく……本当に厄介で、最悪最低な存在だよ」


 圭はカバンの中にしまってあるスマホに意識をそっと向ける。

「ゆえに、これ以上お前を信用するのは不可能だ。たとえ、お前がどう思っていようと、アレはそれを容赦なく捻じ曲げるのだからな。

 もう……いいだろ。離れろよ」


 最後すごみを聞かせて声を放つと、次郎は黙り込み自分の席に座り込んだ。だが、その直後圭のケータイのほうにショートメールが届く。


『お前が俺を否定するのは分かる。だけど、言ったように真の王がこの教室内の人物である可能性だって十分あるんだ。そこで、俺たちの不仲を見せれば、やつにお前が解放者だと示すことに他ならないだろ』


 ごもっともな意見だ……。だけど、それは無意味、今更過ぎる。『どうでもいいね』そんなメッセージを送り返そうとした。

 だが、バッテリーが残り少なく、送信エラーと出てしまう。もう一度試したが結果は同じで、その直後には電源事態が消えていった。


 口頭で伝えることもできたが、そこまでする理由も思いつかないため、黙ってケータイをカバンの中へと放り込み、今日の授業を淡々と受け続けるのだった。



 そして、その日の放課後のことだった。声をかけてこようとする次郎を無視して一人で下校するため、下駄箱の前にたったときのこと。


「やぁ、圭くん。お久しぶりですね」

 俺の背中に声をかけてきたのは田村零士だった。


「……お久しぶりです」

 すでにつかんでいた外靴をどうしようか迷って一度、棚の仲へと戻す。


「……なにか、ご用ですか? 一応、もう帰ろうとは思っていたんですけど」

 さっさと帰りたいという意思表示をしてみるも、田村は笑みを浮かべる。


「といいつつ、靴を棚に戻してくれたのは、わたしの頼みを聞く準備はバッチリということでよさそうですね」


「……」

 一度棚に戻された自分の靴を眺めた後、脱ぎ掛けていたスリッパをはきなおした。


「で? なんでしょう?」

 田村は満足したようにうなずくと、上を指さした。

「まぁ、立ち話もなんですから。フライハイトにでもいきましょうか」



 フライハイトに向かって歩く途中から田村は話しかけてくる。

「今日は、ケータイ……忘れたのですか?」


「え?」

 そんなことを聞かれ、思わずカバンのほうに視線を向ける。

「あぁ……いやぁ、忘れてはないですけど、充電は忘れていまして……今朝、電源が切れてしまいました」


 と、ここで忘れかけていたことを思い出す。

「そういえば、同じように今朝気づいたんですけど、休日に先輩から何度か電話していただいていたみいで……。

 もう、バッテリーもなくて、返事ができなくて申し訳ありませんでした」


 田村は歩きながらこっちに向かって振り向いてくる。

「あぁ、いえ。別に……お気になさらずに。今こうして君と会えているのだから何の問題もありませんよ」


「……つまり、要件は電話で話そうとしていたことですか?」


 その質問に対し少し中に視線を泳がす田村。

「いや……どちらにしても、君とは直接会いたいと思っていましたので……、さて……付きましたね」


 フライハイトにたどり着くと、田村はあたりを見渡した。人の数はかなり少ない。そんな中で田村は端っこの位置にあるテーブルを選んだ。


 田村に促され奥に圭が座ると、後に続き田村が座る。それと同時に、ポケットからミルクコーヒーの缶を二つ取り出し、コンと机の上に置いた。

「まずはおごりです、どうぞ。といっても時間がたってしまったので、少し温くなってしまいましたが……」


「……それはどうも」

 そういえば、初めて会った時も、たまごサンドを奢ってもらったな、なんてことを思い出したり……。


 いや、アレは交換だったか……。


 ともかく、缶の蓋を開け、まずは一口飲む。すると、田村は間髪入れずに不敵な笑みを浮かべる。


「圭くん、君にはまた是非、協力していただきたいのですよ」

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